第7話 雑食ジビエと魔物

 母親に許可をもらい、ソフィと共に庭に置いてある小屋へと入っていく。小屋の中では、父親が血抜きが終わったらしきイノシシを解体しようとしているところだった。ほんのり血の匂いが漂っており、食欲がそそられる。


「あっ!間に合った!」


「そ、ソフィ!?なんでこんなところに!?ここは危ないから近寄ったらだめっていったじゃないか!」


「お母さんがいいって言ったんだもん。冒険者になるなら、イノシシの解体ぐらい一人でもできるようにならないとね!」


「い、いや…でも、危ないし…。」


「でも、そうやって危ない危ないって遠ざけてたら、出来るようにならないってお母さん言ってたよ!」


「うっ…それは、そうなのだが…」


 父親は、娘を過保護に可愛がり過ぎているようだ。まぁ、分からないでもないが、流石に過保護にしすぎな気がする。他人の教育方針に口を出すつもりは無いけど。


「うーん…しょうがない。汚れてもいい服に着替えて、この皮のエプロンと手袋を着けておいで。」


「わかった!」

入っているポケットが振り回されて、強烈なGが掛かる。ゴキブリだけに。


 5分ほどで準備は終わり、解体小屋に戻って来た。髪を三角巾で纏めて、皮のエプロンと手袋を装着している。

 そして、ゴキブリはポケットから出て、皮のエプロンの裾に引っ付いていた。


「よし、来たね。じゃあ、まずは皮を剝ぐところからだ。こうして―――」


「うん。こうするんだね――――」


 この親子がイノシシに夢中になっている間に、小屋の中を散策する。

小屋の中には、工具と農具がたくさん置いてあり、皮鞣し用の道具まであった。皮鞣しの道具は、ネットで見たことがあるだけで、実物を見るのは初めてだ。

 小屋の奥にはドアがあり、そこから畑に繋がっているようだ。


 畑はそこそこ広く、雑草一つない綺麗な畑だ。

しかし、畑に似合わない鉄臭さがしている。小屋の横に立っている小さな木の根元から、その匂いはしていた。おそらく、そこでイノシシの血抜きをしていたのだろう。


 食欲の誘うままにその木の根元に近づくと、昨日のネズミの物とは比較にならない程大きな血溜まりがあった。

 食事の時間だ。血溜まりに口をつけ、飲んでいく。


(う、うまい!)

 ネズミの物とはまた違った味わいだ。こちらは、濃厚でクリーミーとでもいうのだろうか。重厚感があり、まったりとしている。腹に重くのしかかるような強い旨味の中に、少しの塩味と酸味を感じる。あのネズミは甘みが強い感じがしたが、このイノシシは旨味が強い。後味に残る、血の香りは野性味に満ちた荒々しい味で、強い満足感を与えてくれる。


 かなりの量があった血溜まりだが、腹に限界が無いのかあっという間に飲み干してしまった。そして、体もかなりの大きさになった。

 ソフィの服のポケットに入るにはギリギリの大きさだろう。


 血を飲み終わったので、小屋の中へと戻ることにした。イノシシの皮は上手に剝ぎ取られており、肉も10分の1ほど解体されている。


「うん、ここまでかな。これからはお父さんがやるよ。」


「えぇー!まだやりたいー!」


「上手な人のを見るのも勉強だよ。それに、これ以上時間をかけていたら鮮度が落ちて美味しくなくなるからね。」


「うぅ~…。わかった。」


 ソフィと交代して、父親が解体し始めた。

その早さは、ソフィの倍以上で、正確に部位に分けられている。


「す、すごい…。」


「はははっ。慣れていけば、ソフィでも出来るようになるさ。」


「うん!頑張る!」


あっという間に解体されていき、イノシシの心臓を取り出した時だった。

「んっ?これは…!」


父親の様子が一気に変化した。何やら、焦っているような気配を感じる。

「どうしたの?お父さん。」


「あぁ、ソフィ…お母さんを呼んでおいで。」


「うん、分かった。」


 ソフィは、パタパタと走って母親を呼びに行った。


「やは―――これは―――。それもかなりの――さだ―――」

父親は、何やらぶつぶつと呟いている。


「お父さ~ん。呼んできたよ~。」


「なぁに?一体。」


「あぁ、ヘレナ。ちょっとこれを見てくれ。」


父親は、イノシシの心臓があったあたりを見せる。そこには、黄色に光る水晶のようなものがあった。


「ちょっと、コレ!魔石じゃないの!しかも、かなりの大きさ。――――属性まで付いているわ!」


「そうだ。どう思う?」


「どうって…。このイノシシは、魔獣化してたってことでしょ…?と言うことは、他にも…」


「だろうな。早いところ魔素溜まりを見つけて散らさないと、魔獣が増えることになる。」


「えぇっ!魔獣なの!?普通のイノシシに見えるのに…。」


「あぁ、コイツはまだ成ってから日が浅いんだろう…。魔獣になると、だんだん強く、姿も凶悪になっていくからね。1年ほどで姿が変わり始めるって言われてるんだ。属性が付くのも成ってから1年だって言われてる。――――でも、コイツは恐らく成ってから半年程度だ。それなのに属性が付いている…ハッキリ言って異常だ。こんなことが起こりえるのは、スタンピードか、魔王の復活か…。」


「えぇ…確かに異常よね。魔王は10年前に倒されたばかり。つまり、スタンピードの可能性が高いわね。分かったわ。私は、冒険者ギルドに報告してくるわ。」


「えっ?えっ?何が起こってるの?」


「すまない、ソフィ。しばらくお留守番をしててくれないか?」


「う、うん。」

 よく分からないまま話が進んでいるが、何があったのだろうか。とりあえず、ソフィは家の中で大人しくしているように言われる。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 部屋の中で、ソフィはゴロゴロとしていた。俺は、窓から部屋の中へと入っていく。


(どうした?何があったんだ?)


「あっ!虫さん!ゴメンね、すっかり忘れてた!って、なんか大きくなってない?」


(あぁ、少しイノシシの血を―――って、それはいいんだよ。何があったんだ?)


「ううん、私にも分からないの。」

 ソフィはしょんぼりとして、黙り込んだ。何もできない自分が悔しいのだろう。


(そうだ。ところで、魔獣ってのはなんだ?)

話をそらすために、気になっていたことを聞いてみる。


「魔獣って言うのは、魔物化した獣のことだよ。」


(魔物化?なんだそれ)


「あのね、生き物には、魔力って言う不思議な力があってね。それを使いながら、生きてるの。その魔力が異常な活動をしている生物が、魔物だって教えてもらったの。」


(へぇ…魔力について詳しく教えてくれるか?)


「うん。魔力って言うのは、さっきも言った通り、生き物の中を流れる力のことなの。この力を使って、魔法なんかを出すんだよ。こんな風に。」

 そう言うと、ソフィは指先に小さな風の渦を生み出した。周りの塵が巻き込まれて、グルグルと回っている。


(おぉ!すごいな。魔法が使えるのか。)


「うん。これでも、この村でお母さんの次ぐらいには魔法の扱いが上手なんだから!」

 ほとんどない胸を張り、渾身のドヤ顔を見せてくる。


(で、その魔力が異常な働きをしてるってのは、どういうことだ?)


「えっとねぇ。なんか、体の中で核を作って渦を巻いてるって聞いたよ。」


(ほ~ん。わからんな。魔力の説明をしてくれ)


「う、うん。えっと、この魔力の素になっているのが、魔素って言うモノなの。魔素は、人の目には見えない程小さなモノで、誰も確認したことは無いんだって。この魔素は、空気とか水の中とかにあるんだけど、それを呼吸したり食べ物を食べたりすることで摂取するの。それで、魔力を体の中に蓄えることが出来るんだよ。」


(ん?魔素と魔力は違うのか?)


「えっとねぇ、詳しい違いは私も分からないけど、なんか、利用できるのが魔力、出来ないのが魔素って言ってたよ。」


(へぇ…。じゃあ、さっき父親と母親が言っていた“魔石”って何なんだ?)


「えっとねぇ、魔石って言うのは、魔物が心臓の近くに持ってるって言う魔力の塊らしいの。この魔石を破壊したら、魔物は動けなくなっちゃうんだって。これがさっき言ってた魔力の核って奴らしいよ。魔石には純度って言うのがあるらしくて、純度が高ければ高いほど、価値が高いんだって。強い魔物程魔石は大きく純度も高くなって、凄いものだったら家が建つぐらいらしいよ。でも、そんな魔物はとても強いから、うかつには近づかない方がいいって言ってた。」


(へぇ…。他に、魔物についての話はないのか?)


「えっとねぇ…。魔物を食べちゃダメって言われた。なんでも、体の魔素濃度が高くてうんたらかんたら~って聞いたの。なんか、体に異変が起きたり、最悪魔物化しちゃうらしいわよ。」


(えっ、ナニソレ怖い。と言うか、食べちゃったけど大丈夫なのか…?)


「んー…虫さんは大丈夫な気がする。」


(そ、そうかな…。って、体の魔素濃度って何なんだ?生物の中に入ったら魔力って言うんじゃないのか?)


「えっとね、魔力と魔素は、さっきも言ったとおり厳密には違うの。魔素は、体に悪影響を及ぼして、魔力は強すぎなければ悪影響はほとんどないの。でね、体の中には、魔力生成器官って言う内臓のようなものがあるらしくてね。これが、魔素を魔力に変換してるの。」


(へぇ…肝臓がアンモニアを尿素に変えるみたいな感じか。)


「ちょっと何言ってるかわかんない…。ちなみに、魔石はその魔力生成器官が変異したものだって言われてるよ。魔力生成器官自体は、目にも見えなくて触れられないものなんだって~。」


(へぇ~。不思議な内臓なんだな。どうしてあるってわかったんだろう?)


「それは知らない。」


――――しばらくソフィと雑談をしていた。どうやら、こっちの世界ではゴキブリをローチまたはローチ種と呼んでいるらしいことが判明。

(うん、どうでもいい。)


 と、どうでもいい話に花を咲かせていると、


「ただいま」


という若干沈み気味の挨拶あいさつとともに、ソフィ父が帰って来た。

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