第6話 みぃーつけたっ!

 目が覚めると、既に昼だった。

窓から燦々と日の光が差し込んでいる。太陽は天高くに昇っており、家には誰もいないようだった。


(ふあぁ。よく寝たな。腹が減ったぜ。とりあえず、台所でも漁ってみるか。)


腹を満たしたからか、睡眠をとったためか、はたまた不思議な異世界パワーの為かは知らないが、疲労は完全に回復していた。


(おっ、野菜クズ発見~。肉…は流石に落ちていないか。貯蔵庫はあると思うけど、漁ったらすぐにバレそうだし、何より、場所を知らないからな~。とりあえず、少しだけ野菜クズを失敬しますか。)


 台所には、まな板と包丁、それと、何故か袋に入っている野菜クズがあった。野菜クズ以外に食べられそうなものは無く、これを食べるしかなさそうだ。


(おっ、案外行けるな。うまいうまい)

しなびてしまっているが、まだまだ瑞々しい。野菜の持つ本来の味を良く感じられる野菜クズだ。まぁ、所詮は野菜クズだが。


(さーて、次はどこに行きますかね。って、うおお?なんか姿が変わってる?)

 起きてからだいぶ時間が経過しているが、やっと自分の変化に気付いた。


 体は大きくなり、テカリとした翅が生えて成虫の姿になっている。大きさは5センチ程度だ。以前見た親ゴキが推定すいてい10センチだから、その半分の大きさだ。因みに、この大きさは包丁の刃渡りが15センチだと考えた時の大きさだ。そのため、かなりの誤差ごさがあるだろう。まぁ、Gの詳しい大きさなど知りたくもないから別にいいが。


(にしても、なんで急に成長したんだろうか?あっ、そういえば昨日スパってされた兄弟はすでにこの形態だったな。…もしかしたら、食べて体が大きくなったのかな?俺はネズミの血を飲んだから成長したんだろうし…。)


 おそらく、あのGは最初に他の兄弟を食べていた奴なのだろう。命を奪い、食べることで強くなれるのだとすれば納得できる。

 この世界がよくあるファンタジーな異世界ならば、経験値とレベルと言う概念も存在しているはずだ。


(あ、そういえば。自分のステータスって見れるのかな?やってみるか…。ステータスオープン!)


―――しかし何も起こらなかった。


(あ、あれ?呪文が違うのかな…?じゃあ、ステータスチェック!…これも違うか。次は、ステータス!あっ、これも!?えっと―――)


 その後、様々な呪文、ポーズなどを試してみたが、ステータスが見える気配は一向になかった。


(お、おかしいなー?異世界転生のお約束が外されてるぞ…?)


「ただいまー。」

玄関の方から、この家の娘の声が聞こえてきた。

(あっ!やべぇっ娘の方が帰って来た!隠れろ!)

「あっ!」


急いで箪笥の隙間に隠れようとすると、家の中に入って来た娘とばったり目が合う。


(あっ、見つかった…。えっと、とりあえず隠れるか。)

開き直って、堂々と箪笥の裏に隠れようとする。と、不意に髪の毛を掴まれたような感覚がして、体が浮きあがった。


「いやいや、目が合ったでしょ。今から隠れるのは無理があるから。」

呆れたような視線をこちらに向けてくる。どうやら、触角をままれているようで、いくら足掻こうとも三対の脚は無意味に空を切るだけだった。


(いやぁ…。Gを素手で触れるなんてすごいなぁ。と言うか、見逃してくれませんかね?もう目の前に出てこないって誓うので。って、言葉が通じないから無理ですかね?)

どうにか助かろうと、少女に向かって語り掛ける。もちろん、Gに発声器官などあるはずもないので、無意味な行動なのだが。


「うえぇっ!?喋ったぁ!?」


(えっ!?言葉が通じるのかい!?ちょっ!助けてください、お願いします!何でもします!掃除でも洗濯でも、何でもやりますので助けてください!)


「うわぁっ…命乞いしてるよ。と言うか、なんで君は喋れるの?森の動物だって、思っている事をボンヤリと伝えてくるだけなのに。こんなにハッキリとした意識を感じるのは初めてだよ。」


(うぬぬ?それは僕も知らないです。女神の野郎に変な特典貰ったからじゃないですかね?もしくは、元が人間だからか。)


 少女と会話できる原因はソレしか思い浮かばない。もしかしたら、ゴキブリ独自の言語があって、それが自動翻訳されて会話しているのかもしれない。

真相は分からないが、とにかく言葉が通じるのだ。この子に助けてもらおう。


「えっ?キミ、元は人間なの?そんなすぐバレる嘘はつかない方がいいよ?」


(いやいや、ホントなんですって。元居た世界でクソ女神に殺されて、この体に転生させられたんですよ!)


「うーん、神様にそんなこと言うからバチが当たったんじゃない?」


(いやいや。俺は被害者ですよ?ちょっと文句を言うぐらいいいじゃないですか。)

 勝手に殺されたり、勝手に転生特典選んでGに転生させたり…そんな目にあったら、悪態の一つもつきたくなる。


「ただいま~。」


玄関から、母親の声が聞こえてきた。


「やばっ、お母さん帰ってきちゃった!と、とりあえず隠れてて!」


(むぎゅっ!)


 隠れててと言いながら、無造作にポケットに突っ込まれる。適当に入れられので、足がおかしな方向に曲がっていてとても痛い。


「あら、ソフィいたの?返事がないから、誰もいないのかと思ってたわ。―――ん?そんなところで何をしてたの?」


「お、お帰り、お母さん。な、何でもないよ。それより、今日はどうだった?」


「ん?あぁ、畑仕事をしてたら、こーんな大きなイノシシが山から下りてきたの。だから、今日の晩御飯はお肉よ~」


「やったぁ!お肉大好き!」


「うんうん、一杯食べて大きくなりなさいね。」


「は~い!」


 なんとか誤魔化せたようだ。だが、いつまでポケットに入っていればいいのだろうか。そろそろ、足が折れてしまいそうだ。


「フンフ~ン♪」

 頭上から鼻歌が聞こえてくる。どこかへ移動しているようだ。ガチャッと、ドアを開けるような音がした。


「フッフ~ン♪」ボスッ

 その後、強い衝撃が襲ってきた。ポケットに入っているため、身動きが取れずに逃げ場のない状態で衝撃を喰らった。ダメージは少ないが、関節がものすごく軋んでいる。

(な、なんだ!?地震か!?)


「あっ!ゴメン!君のことを忘れてた!」


 慌てたソフィによって、無事ポケットから救出される。もう少し遅ければ、足が折れてしまうところだった。


 ソフィの手の上からあたりを見回してみる。

――そこは、机と粗末なベッドが一つあるだけの小さな部屋だった。


「ふふ~ん。いいでしょ~私の部屋なんだよ~!元はお兄ちゃんと共同で使ってたんだけど、お兄ちゃんは王都に行ったからね!今はもう私専用の部屋なんだよ!」


 広さはせいぜい三畳程度だ。この部屋に二人は狭いだろう…。


(へぇ~。ところで、その王都って何だ?)


「えっ!?虫さん知らないの!?王都は、王様とお貴族様が住んでて、この国で一番進んでてイケてる場所なんだよ!」


(ほぉ、王都か。要するに、首都のことだな。日本で言うところの東京か…。確かに、都会に憧れはあるよな。)


 生前は田舎で生まれ育ったため、都会へのボンヤリとした憧れのようなものを持っていた。まぁ、東京に行く機会に恵まれないまま死んで転生してしまったが。


「うんうん!でね!今は、お兄ちゃんが騎士として王都で働いてるの!―――でも、私は女だから…。冒険者になって、強くなって、王都に行くの!」


(へぇ…。お兄さんのこと、大好きなんだな。)


「んー…そうだね。尊敬してるよ。あのねあのね、実は、お父さんも騎士で、お母さんは冒険者だったんだよ!」


(ソウナノカ)

うん、まぁ、そんな気はしてた。


「あのね、恐ろしーい魔物の討伐の時に、一緒に戦って、絆が芽生えたんだって!あぁ~。私もそんな冒険をしてみたいなぁ…。」


(へぇ。だから、冒険者になりたいのか。)


「うん!」

 夢を語るソフィの目はキラキラと輝いていた。眩しすぎて、目がつぶれそうだ。今はほとんど見えてないけど。


 自分も強く生きなければならない。そんな気がして、生きる為にまず必要なことを考える。先ほど、イノシシがいたとか言っていたか…。おそらく、父親が仕留めて解体するのだろう。

(応援してるぞ!それはそうと、イノシシの解体現場って見れるのか?)


「?うん、見れるけど、どうしたの?」


(冒険者って、獣の解体とかするんじゃないのか?見て、勉強した方がいいと思うぞ。ついでに、俺も連れて行ってくれ。)


「あっ!そうだね!教えてくれてありがとう!虫さんも行くなら、心強いよ!」


 しめしめ、何とかうまくイノシシの解体現場に行けそうだ。解体現場には血があるだろう。食べて経験値を得られるなら、強い生物の血肉ならば、とても強くなれるだろう。

―――にしても、今日初めて会ったゴキブリに心を許しすぎじゃないか?この子。素直過ぎて心配になるわ。

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