《 第26話 ふたり仲良く手を繋ぎ 》

 翌朝。



「うわあっ!? 兄ちゃんがロボットダンスしながら来た!」



 ダイニングに来た俺を、佐奈が変な例えで出迎える。


 のろのろと味噌汁を注ぎ、のろのろと白米をよそい、ゆっくり椅子に腰を下ろしてから、俺は告げた。



「ロボットダンスとかしてねえよ」


「してたじゃん! 文化祭でロボットダンスするの?」


「俺がそんなことするわけないだろ」


「でも最近オシャレしてるじゃん」


「オシャレしてるからって急に文化祭で踊り出したりしないから」


「きっと航平は筋肉痛なのよ」


「あっ、なるほど! さすがお母さん、名推理!」


「父さんもいま言おうとしてたんだけどな」


「お父さん惜しかったね~!」



 実際、俺は筋肉痛になっていた。


 運動らしい運動はボートを漕いだくらいだけど、14時間ぶっ通しのデートだったからな……。


 かなりの距離を歩いたせいで股関節がズキズキするのだ。



「昨日は帰りが遅かったものね。連絡ないから心配しちゃったわ」


「それだけ楽しかったということだろう。身体が痛むなら学校まで送るぞ?」


「いいよ。歩いていくから」



 柚花と公園で待ち合わせ、一緒に登校する約束をしているのだ。車で行けば約束を破ることになってしまう。


 たぶん柚花も筋肉痛だろうし、ふたりで車に乗れば約束を破ったことにはならないけど……一緒に乗れば付き合っていると勘ぐられるからな。実際に付き合ってるわけだけど、家族に恋人だと紹介するのは照れくさいのだ。


 いつもの兄ちゃんなら楽なほうを選ぶのに、と不思議そうな佐奈に理由を告げず、朝食を済ませると顔を洗い、部屋へ向かう。


 インターホンの音が聞こえたのは、制服に着替え終えたときだった。


 はいはーい、と佐奈の声が響き、はしゃぎ声が聞こえ、足音が近づき、ドアが開け放たれ――



「兄ちゃん兄ちゃん! 鯉川さんが来たよ!」



 ……えっ? うちに来たの!? なんで!?


 通学カバンを引っ掴み、慌てて階段を駆け下りる。


 玄関には柚花がいた。


 母さんに「今日も綺麗ね~」と褒められ、父さんに「航平の父です」と挨拶され、柚花はニコニコ顔だった。


 この空間で、俺だけが戸惑っている。



「な、なんで来たんだよ?」


「待ちきれなくて」


「待ちきれないって……約束の時間まであとほんの5分だろ!」



 公園で待ち合わせしてたのに家に来るなんて!


 たった5分も待てないくらい俺との登校を楽しみにしてくれたのは嬉しいけども。



「あらあら、一緒に登校する約束してたのね」


「どうりで父さんの車に乗りたがらないわけだ」


「仲良しさんだねぇ」



 それはそれとして、家族に知られてしまったのはものすごく恥ずかしい!


 そりゃいつかは恋人として紹介するつもりだったけど、交際翌日は早すぎるだろ。心の準備ができてないぞ……。


 ほほ笑ましそうな佐奈たちに、柚花がぺこっと頭を下げた。



「あらためまして、航平くんと付き合ってます。鯉川柚花です」


「あらためまして、航平の父です。サラリーマンやってます」


「あらためまして、航平の母です。司書やってます」


「あらためまして、航平の妹です。バスケ部やってます。ほら、兄ちゃんも」


「……あらためまして、黒瀬航平です。柚花の彼氏やってます」



 これは誰に向けた紹介なんだ? ただ俺が恥ずかしいだけでは?



「やっぱり付き合ってたんだ! 可愛い妹に隠し事なんて酷いなぁ!」


「隠してたわけじゃない。いつか紹介しようと思ってたし。あと付き合い始めたのは昨日からだし。また今度紹介するから、今日のところは登校するよ。行こう柚花」


「またご挨拶に伺いますね」



 ニコニコ顔の家族に見送られ、俺たちは家をあとにした。


 家から遠ざかり、公園を通り過ぎたところで、うしろの柚花に話しかける。



「家に来るなんて聞いてないぞ」


「いいじゃない。ズルズル紹介を先延ばしにするより、スパッと顔見せしたほうが、家族に隠し事せずに済んで気が楽でしょ?」


「それはそうだが、心の準備ってものがな……。むしろよく堂々と顔見せできたな」


「びくびくする理由がないわ。航平の家族に歓迎されるのは知ってたもの」



 夫婦関係が冷え切った原因に、俺の家族は一切関与していない。


 心から俺たちを祝福してくれたのだと思うと、誇らしい気持ちになってくる。


 予定より早まってしまったけど、ちゃんと柚花を紹介してあげないとな。


 そんなことを思いつつ、先へと進む。



「ずいぶんゆっくり歩くのね」


「昨日散々歩いたから、筋肉痛になったんだ。佐奈に『ロボットダンスみたい』って言われたよ」


「たとえが上手ね」



 くすっと笑う柚花を見ていると、ほっこりとした気持ちになる。



「柚花は痛くないのか?」


「あたしはそうでもないわ。地元じゃかなりの距離を歩いてたもの」


「そっか。俺のペースにあわせたら遅刻するかもだし、先に行ってもいいぞ」


「嫌よ。このままのんびり登校デートを楽しみたいわ。航平は違うの?」


「柚花と一緒に歩きたいよ。これからも毎日しような、登校デート」


「うんっ。……ところで、繋がないの?」


「もちろん繋ぐよ」



 俺たちは手を繋ぎ、通学路を歩いていく。


 飽きるほど見てきた通学路なのに、恋人と一緒に歩くと違った景色に見えてくる。ただ歩いてるだけなのに幸せが溢れ出てくるし……。いつまでも学校に着かなければいいのにと思えるくらい楽しくなってきた。


 もちろん、登校デート以外にも楽しいことは盛り沢山だが。



「ねえ、学校終わったらなにする? 今日こそ勉強会する?」


「今日はゲームの気分だ」


「中間試験が迫ってるのに?」


「明日から頑張るよ」


「明日も同じこと言ってそうね」


「ちゃんと勉強するって。柚花が教えてくれるんだろ?」


「ええ。ちゃんと指導してあげるわ。でさ、試験が終わったらなにする?」


「カラオケで盛り上がりたいな」


「いいわよ。力の差を思い知らせてあげるわっ」


「だったらボーリングにも行こうぜ。力の差を思い知らせてやるから」


「スコアそんなに変わらないじゃない」


「勝ちは勝ちだ」



 昨日、俺たちの関係は変わった。


 友達から恋人になったけど、やることはいつもと変わらない。


 ゲームしたり。


 漫画を読んだり。


 カラオケしたり。


 ボーリングしたり。


 ちょっと違うのは、それらの最後に『デート』って言葉がつくくらい。


 なんにせよ――



「……そういえば数学の宿題した?」


「やべっ。忘れてた! 柚花は?」


「忘れてたわ……。ふたり揃って説教コースね」


「だな。……ま、それはそれで楽しそうではあるけども」


「……あんた、マゾなの?」


「そういう意味じゃないよ。柚花が一緒だからだ」



 ぼっちで灰色だった前回と違い、今回の高校生活はなにをするにも楽しめそうだ。



 俺のクラスに若返った元嫁がいるのだから。


















【【【【 あとがき 】】】】


航平と柚花の恋人(夫婦)生活はまだまだ続きますが、

ふたりの復縁という物語の目的は無事に果たすことができましたので、

これにて一区切りとさせていただきます。


これまでケンカップルはあまり書いたことがなかったのですが、

油断すると1話のほとんどが痴話喧嘩で埋まりそうになるくらい、楽しく書くことができました。

読者の皆様にもお楽しみいただけたなら幸いです。


それでは最後まで読んでいただき、まことにありがとうございました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

俺のクラスに若返った元嫁がいる 猫又ぬこ @wanwanko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ