《 第20話 憧れの作家 》
誕生日の翌日。
その日の放課後。
「今日はなにして遊ぶっ?」
校門を出ると、いつものように柚花が追いかけてきた。
声を聞いただけでどきどきしてしまい、まともに目を合わせられない。
ここで話せば挙動不審になってしまう。かといって、無視を続ければ柚花が機嫌を損ねてしまうし……。
「ちょっと! 無視しないでよ」
「べ、べつに無視とかしてないだろ!」
「話しかけたのにスルーしたじゃない!」
「スルーっていうか、考えごとをしてたんだよ」
「だったらいいけど……どこ見てしゃべってるの?」
「首の運動をしてるんだ」
「なんのために?」
「健康のためだ」
「健康に気を遣うのはいいけど、そのやり方だと首筋痛めちゃうわよ。ちゃんと上下左右バランスよく動かさなくちゃ」
「わ、わかってるよ。あと5分くらい続けたらそっち向くから――まわりこまなくていいからっ!」
「ど、怒鳴らなくたっていいじゃない! あんたが話しやすいように場所変えただけなのに!」
「べ、べつに怒鳴ったわけじゃないから。びっくりしてデカい声が出ちまったんだ」
「ならいいけど……どうして白目剥いてるの?」
「……変顔の練習してるんだ」
「なんのために?」
「佐奈に変顔写真送ってやろうと思って」
「通行人にバカだと思われるから、練習は部屋でしなさいよ」
「わ、わかったよ。……これでいいだろ」
「……どうして目を泳がせてるの?」
「目の運動をしてるんだ」
「……どうして声が裏返ってるの?」
「裏声の練習をしてるんだ」
「……怪しいわね。なんかあたしに隠してるでしょ」
「隠してない!」
もちろん隠している。
昨日の誕生日パーティで可愛い笑顔を見せられたせいで、再び恋愛感情が芽生えてしまった――柚花のことを、また好きになりかけているのだ。
そんな想い、ぜったい悟られるわけにはいかない。知られてしまえば男女の友情が崩壊してしまうから。
俺たちの友情は永遠なんだ! ズッ友でいるためにも、この想いは消し去らねば!
「まあいいわ。今日も暇よね?」
恋愛感情を消すためにも一緒に過ごす時間を減らしたいのだが、柚花は俺と遊ぶ気満々だ。
なんとか柚花が傷つかない方法で断らないと……。
「いや、暇では……」
「なんか用事あるの?」
「用事というか……体調が悪いんだよ」
「体調が?」
柚花が顔を覗きこんできた。
可愛い顔が間近に迫り、じわじわと身体が熱くなる。
「……たしかに顔が赤いわね。風邪?」
「風邪かどうかはわからんが……とにかく今日1日はゆっくりするよ」
「そうしたほうがよさそうね。しっかり寝て、さっさと体調治しちゃいなさい。じゃないと退屈なゴールデンウィークを過ごすはめになっちゃうわ」
明日からゴールデンウィークに突入だ。
せっかくの長期休暇、柚花と遊びまくりたいと思っていた。
だけど……
一緒にいるとどぎまぎしてしまうので、心の整理がつくまではひとりで過ごしたいのだ。
まあ、そうは言っても帰り道は同じなので、公園前までは柚花と過ごすことになるのだが。嬉しそうにキミウタ画集の話をする柚花にどきどきしつつも、家に帰るまでポーカーフェイスを貫くことができたので一安心だ。
「……やべ」
忘れ物に気づいたのは、家に帰りつき、牛乳で喉を潤していたときだ。
これが教科書ならスルーするが、体操服は持ち帰らないと。じゃないと最悪かびてしまう。
面倒だけど引き返すか。
そうと決めた俺は快晴の空の下、学校へと引き返していき――
「おや、黒瀬くんじゃないか。忘れ物かい?」
校門前で、赤羽根先輩と鉢合わせた。
「体操服を忘れまして……。あ、そうだ、先輩の漫画読みましたよ。去年の文化祭で出したっていう部誌。正直言ってめちゃくちゃ面白かったです。お世辞とかじゃなく本当に」
感想を伝えると、赤羽根先輩は嬉しそうに笑ってくれた。
「気に入ってくれてなによりだよ。一昨年出した部誌もあるけど読んでみるかい?」
「読みたいですっ!」
先輩とともに部室へ行き、漫画を読ませてもらう。
事前に読んでいた漫画と同じく、アクションだった。
一昨年描いただけあって、画力は去年のものに劣るけど、迫力のある構図は天性のものらしい。ページ数は短いのに起伏があり、ラスト数ページは息をするのも忘れて読んでしまった。
神作家だ……。
「先輩って、実はプロデビューしてたりします……?」
「まさか。どこにでもいる普通の女子高生だよ」
「普通じゃないですって! めっちゃ面白い漫画描けるじゃないですか! 持ちこみとかしないんですか?」
「実を言うと、夏休みに持ちこみするつもりだよ」
「持ちこみ! すごいですね! うちの学校からプロ作家が生まれるなんて誇らしいです!」
「ふふ、大袈裟だね。まだ担当がついたわけでもないのに」
「ぜったいつきますって! ほんと面白いですから! デビュー間違いなしですよ! いまのうちにペンネームとか考えてたほうがいいですって!」
「ペンネームは本名の赤羽根千鶴を縮めて『赤鶴』にしようと思っているよ」
「……えっ? 赤鶴?」
「変かい?」
急に戸惑う俺に、先輩はちょっぴり不安そう。
赤羽根千鶴で赤鶴。変じゃない。変じゃないけど……
「赤鶴!? 本当に赤鶴ですか!?」
「なぜそんなに驚くんだい?」
「い、いえ、かっこいいペンネームだと思いまして!」
かっこいいことに違いはないけど、驚いた理由はほかにある。
俺は赤鶴先生を知っているのだ。
受験シーズンに赤鶴先生の漫画を読み、勉強そっちのけで何度も何度も読み返し、危うく浪人しかけるくらい大好きな作家だ。
当然、柚花と仲良くなったあと真っ先にオススメの作家として紹介したし、柚花も赤鶴ワールドにハマってた。ほかにオススメの漫画はないのかと聞かれ、次々と紹介していくうちにオタクに染まり、急速に親睦を深めていった。つまり赤鶴先生は俺と柚花にとって恋のキューピッドなのである。
どうりで俺に絵柄が似てると思ったよ。俺が絵柄をマネたんだから。
あの赤鶴先生が、まさか同じ高校の卒業生だったなんて……。
俺が未来の知識を持っていなければ、感動で泣いていたかもしれない。
だけど俺は未来から来た。
赤鶴先生の身に起こることを知っているので、喜ぶことはできなかった。
「なぜ暗い顔をするんだい?」
「ちょ、ちょっとお腹が空きまして!」
言い訳にしては下手すぎる。
思考が上手くまとまらないのだ。
赤鶴先生は10年後に急死するのだから。
「購買に行くかい? 漫画を褒めてくれたお礼にパンをご馳走するよ」
「あ、いえ、その……」
どうしよう。どうすればいい?
俺が知ってる情報を伝えるべきか?
そうすれば死の運命から逃れることができるか?
だけど『10年後に急死しますよ』なんて言っても信じてもらえない。嫌な気分にさせるだけだ。
だったら……そうだ。
「もしかして、近々遠出の予定とかあります?」
「よく知っているね。漫研の伝統で、ゴールデンウィークに合宿をすることになっているのさ。ひとりで合宿もどうかと思うけど、伝統を壊したくはないからね」
赤鶴先生の死因はスズメバチに刺されたことによるアナフィラキシーショックだと発表された。
そして過去のインタビューに目を通したとき、『作中のキャラクターたちは何度も危ない目に遭っていますが、赤鶴先生にとって一番の恐怖体験は?』という質問に、『高校3年生のとき合宿先でスズメバチに刺されて死にかけたこと』と答えていた。
アナフィラキシーショックには詳しくないが、一度目は死なずに済んだのだ。
合宿中にスズメバチから守れば、10年後が一度目になる。
死にかけることになるかもだが、死の運命を回避することはできるのだ!
「俺もついていきたいです!」
このことを知っているのは俺ひとり。
大好きな作家を――恋のキューピッドになってくれた赤羽根先輩を守るためにも、スズメバチから守らねば!
「だったら鯉川さんも誘うといいよ」
「ど、どうして柚花を……」
「合宿は泊まりになるからね。男子とふたりきりだと、いろいろとあれだろう?」
たしかに男女がふたりで合宿するのはいろいろとあれだ。
危ない場所に柚花をつれていきたくはないが……安全な場所で待機させとけば問題ないか。
「わかりました。ちょっと電話してみます」
先輩に聞かれないように部室から離れ、柚花に電話をかける。さっきまでどきどきしてたけど、先輩の生死がかかってるんだ。いまはそれどころじゃない。
『もしもし? どうしたの?』
「柚花に大事な話があるんだ」
『どうしたのよ、あらたまって。話ってなに?』
俺はありのままを話して聞かせた。
忘れ物をして学校に戻ったこと。
赤羽根先輩と鉢合わせて赤鶴先生だと知ったこと。
死の運命を回避するためスズメバチから守りたいこと。
『あたしも行くわ! 赤鶴先生を死なせたくないもの!』
さすがはガチファン。柚花に一切の迷いはなかった。
だけど――
「スズメバチは俺がなんとかするから、柚花は安全な場所に隠れてろよ」
『嫌よ』
「そこをなんとか頼むよ。お願いだから、危険なことはしないでくれ。柚花になにかあったら困るんだよ……」
『あたしだって航平になにかあったら困るわよ。だからこそふたりで立ち向かうの。お互いの背中を守りつつ、赤鶴先生を守るのよ!』
力強く叫ぶ柚花。
これは説得できそうにない。
柚花を蜂の前に晒すのは嫌だけど……ふたりで協力したほうが守りやすくなるのは確かだ。
しっかりとスズメバチ対策を練って、なにがあろうとふたりを守り切ってみせる!
通話を切り、部室へ戻る。赤羽根先輩に柚花も来ることを伝えると、詳しいことはあとで連絡するからとアドレスを教えてもらうのだった。
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