《 第19話 メイド喫茶でバースデー 》

 誕生日当日。


 タイムスリップしたての頃は柚花と鉢合わせずに済むように早めの登校を心がけていたが、もうその必要はなくなった。


 最近は日に日に起きるのが遅くなってきて、登校する頃にはクラスメイトの大半が揃っていた。


 柚花も席についている。


 だけどお互いに会話はしない。学校にいるときは友達ではなくクラスメイトとして過ごすというのが暗黙の了解になっているから。



「(遅かったわね)」


「(お前が早すぎるだけだろ)」


「(その調子だと本当に遅刻するわよ?)」


「(本当にヤバいときは佐奈が起こしてくれるから問題ない)」


「(あたしがモーニングコールしてあげてもいいわよ?)」


「(しなくていいよ。毎朝家事で忙しいだろうし)」



 そんなわけでいつものように視線でやり取りを交わし、俺は席についた。


 ケータイをいじり、柚花にメールを送る。



【今日の放課後って暇?】


【今日はものすごく暇よ!】


【じゃあメイド喫茶に行こうぜ!】


「メイド喫茶!?」



 柚花が急に立ち上がって叫んだ。


 び、びっくりした……。


 驚いたのは俺だけではないようで、教室は静まりかえっていた。


 クラスメイトの注目を浴び、柚花は顔から火が出そう。真っ赤な顔をうつむかせ、恥ずかしそうに着席する。


 正面を向いて待つことしばし。ケータイが振動した。



【あんたのせいで変な奴だと思われたじゃない!】


【俺のせいじゃないだろ】


【あんたがメイド喫茶に行きたいとか言うからよ!】



 怒られるのは想定外だ。柚花をメイド喫茶に誘うのは、これがはじめてではないのだから。


 ひとりでメイド喫茶に行くのは恥ずかしかったので、大学生のときに柚花を誘い、ふたり揃ってメイド喫茶デビューした。


 あのとき柚花は楽しそうにしてたので、誕生日パーティの場に選んだのだ。


 ちゃんと席の予約をしてるし、連れが誕生日なのでケーキをバースデー仕様にしてください、とも伝えている。


 柚花のことだから二つ返事で了承してくれると思ったが……



【メイド喫茶が嫌いなのか?】


【好きよ! メイド喫茶も、メイド服も!】


【そういや一緒にメイド服買いに行ったな。安っぽいコスプレ衣装は嫌だとかロングスカートがいいとか散々わがまま言われたっけ】


【わがままじゃないわよ! 妥協したくなかっただけ! あんただって『柚花が満足するまで付き合う』って言ってくれたじゃない】


【まさか県外のメイド服専門店まで行くことになるとは思わなかったがな】


【悪かったわね。付き合わせて】


【いいって。旅行みたいで楽しかったし】


【ほんと? 怒ってない?】


【怒ってないよ。またいつか買いに行こうぜ!】


【そんなにあたしのメイド服姿が見たいわけ?】


【似合ってたしな。お前も気に入ってただろ? 一時期メイド姿で家事してたし】


【あれ着ると家事が捗るのよ】


【メイド服で思い出したけど俺がプレゼントした猫耳は1回しか付けてくれなかったよな】


【さすがに恥ずかしかったもの。でも写真は撮らせてあげたでしょ?】


【実は一時期スマホの待ち受けにしてた】


【なんて恥ずかしいことを……! 知り合いに見られなかったでしょうね?】


【問題ない。自慢したい気持ちを抑えたからな】


【なんて自慢したかったの?】


【忘れた】


【本当に?】


【忘れたってば! てかメイド喫茶はどうするんだ?】


【行くけど、どうしてよりによって今日なのよ……】



 ……ああ、そういうことか。


 今日は柚花の誕生日だ。なにも催促してこないけど、俺に誕生日を祝われるんじゃないかって期待しているのだろう。


 なのに俺がメイドに会いたがるものだから、不機嫌になってしまったわけだ。



【今日は柚花の誕生日だろ。だから特別な場所でお祝いしたかったんだよ】



 プレゼントはサプライズだけど、誕生日を祝うことは秘密にする必要はない。


 それも直前まで隠してたほうがサプライズ効果は見込めるが、柚花を不安がらせてまで実行するようなことじゃないしな。



【そういうことは先に言いなさいよね! あたしの誕生日忘れてるんじゃないかって不安になったじゃない!】


【悪い悪い。来年からは事前に予告するよ】


【来年も祝ってくれるの?】


【当たり前だろ。友達なんだから】


【ありがと! でも近くにメイド喫茶ってあるの?】


【3駅先にあるぞ】


【どういうお店?】


【調べた感じだと以前デートで行ったメイド喫茶と同じようなシステムだったぞ】


【行ったことないの?】


【当時は恥ずかしくてひとりじゃ行けなかったし、柚花と仲良くなった頃にはすでに閉店してたからな】


【だったら売り上げに貢献してあげないとねっ!(≧▽≦)】



 よかった。乗り気になってくれたみたいだ。


 柚花が喜んでくれていることがわかり、俺は安心するのだった。



     ◆



 放課後。


 俺たちはメイド喫茶にやってきた。



「おかえりなさいませ、ご主人様、お嬢様」



 アキバ系のメイドさんに出迎えられ、席へ案内される。


 平日の中途半端な時間だからか、客は俺たちしかいなかった。


 まるで貸切だ。これなら心置きなく柚花の誕生日をお祝いできる。



「ご注文がお決まりになりましたら、そちらのベルでお呼びください」


「あっ、すみません」


「はい、なんでしょう?」


「俺、黒瀬ですけど……ここではあれなので、ちょっと向こうでいいですか?」



 柚花に勘づかれないよう遠回しに用件を告げると、察してくれたみたい。にこりとほほ笑み、「ではこちらへ」と厨房のほうへ連れていかれる。



「すみません、ケーキの話ってちゃんと伝わってますか?」


「もちろんです。大切な日に当店を利用していただけて嬉しいです」



 よかった。誕生日の話は伝わっているみたいだ。


 だったらケーキの心配はいらない。



「ケーキは食事が終わってから出してもらえますか?」


「かしこまりました。あと、もしよければですけど、彼女さんを喜ばせるお手伝いをしましょうか?」


「彼女じゃないんですけど……協力って?」


「ジャンケンタイムでご主人様が勝てるように協力しますよ」



 ジャンケンでメイドに3連勝すれば写真撮影とスペシャルドリンクをサービスしてもらえるんだっけ。


 写真は記念になるし、スペシャルドリンクが無料になるのも嬉しい。


 だけど……



「八百長じゃなくて、実力で勝ちたいです。友達を騙してるようで悪いので」


「そうですか。提案しておいてなんですけど、私もそっちのほうがいいと思います。ではでは、彼女さんとのお食事を楽しんでくださいねっ」


「ありがとうございます。彼女じゃないですけどね」



 そうして席に戻ると、柚花がむすっとした顔で出迎えてくれた。



「おかえり。なに話してたの?」


「なんでもないよ」


「あたしに言えないような話? まさかナンパじゃないわよね?」


「柚花の誕生日にナンパとかするわけないだろ」


「誕生日じゃなければナンパしてたってこと? もしかして、今日はその下見に来たとかじゃないわよね?」


「違うって。純粋に柚花の誕生日を祝いに来たんだよ。だいたいさ、俺にナンパとかできると思うか?」


「できないと思うけど……さっきのメイドさん可愛いかったし、勇気を出してナンパするだけの価値はあるわ」



 柚花がしつこい。


 いつもの俺なら『俺が誰と付き合おうが関係ないだろ!』と言い返すところだが、今日は我慢だ。


 だって柚花の誕生日だから。


 バースデー計画を成功させるために機嫌を取らないと。



「俺にそんな勇気はないって! 柚花とはじめて話したときだって、話しかけたのはそっちからだろ?」


「あれはナンパとは違うわよ。大学でもぼっちになりそうだったから……となりに元クラスメイトが座ってることに気づいて、講義が終わるまで悩みに悩んで、あんたに話しかけたのよ」


「あのとき柚花、ものすごいカタコトだったよな」


「緊張したのよっ。あとその話するの何回目? 恥ずかしいんだから忘れてよね」


「忘れられるわけないだろ。はじめて柚花と会話した、大事な思い出なんだからさ。あのとき話しかけてくれて本当に嬉しかったよ。俺もぼっちになりそうで不安だったから。おかげで楽しい大学生活を送ることができた。ありがとな柚花」


「い、いいわよべつに、お礼なんて。あたしもあんたと過ごせて楽しかったし……。ていうかお腹空いたわ。さっさと注文しちゃいましょ」



 柚花は照れくさそうにメニュー表で顔を隠した。


 よかった。機嫌をなおしてくれたみたいだ。


 ほっと胸を撫で下ろし、俺もメニューを確認する。



「今日は俺の奢りだから、好きなの頼んでいいからな」


「ありがとね。そうさせてもらうわ。じゃあ……オムライスにしようかしら」


「俺も同じのにしようかな」



 ベルを鳴らし、メイドさんに注文を伝える。それから先日オススメしたラブカノの感想を聞いていると、オムライスが到着した。ケチャップを手に取り、メイドさんが「リクエストはありますか?」とたずねてくる。


 オムライスに『こうへい』『ゆずか』と書いてもらい、さっそくいただく。



「うん。美味しいわね」



 頬を緩ませる柚花を前に、俺は顔をこわばらせていた。


 俺の通学カバンには、柚花へのプレゼントが入っているのだ。気に入ってもらえる自信があるけど……いまさらながら、ちょっと気合いを入れすぎたかもしれない。


 恋人ならまだしも、俺と柚花は友達だ。


 友達をメイド喫茶へ連れていき、バースデーケーキを用意して、5000円もするプレゼントを渡す――。


 これが逆の立場なら、気があるんじゃないかと勘違いする。


 かといって『お前のことなんて好きじゃないからな! 勘違いするなよなっ!』と言うのは違う気がする。


 ていうかオタクの柚花にそれを言えばツンデレだと誤解されかねない。



「……柚花ってさ、ツンデレについてどう思う?」


「急になに?」


「いや、ふと気になって」


「そうねぇ……。可愛いと思うわね。ついでに言うと、額面通りに受け取る主人公にイラッとするわね。勘違いしないでよね、って言われて本当に勘違いしないって……あたしだったら普通に勘違いするわ」



 だめだ! 勘違いするな作戦は使えない!


 こうなりゃ変に気負わず計画通りに進めるしかないか……。



「チャレンジタイムですっ!」



 食事を終え、空き皿を回収してもらうと、メイドさんが張り切った感じで来た。


 チャレンジタイムの説明を受け、俺がチャレンジャーに名乗り出る。


 結果は見事3連勝! 八百長なしの完全勝利だ!



「すごいじゃないっ!」


「俺ってジャンケンの才能あるからな!」


「今日はそういうことにしといてあげるわっ!」



 メイドさんを挟んで3人で記念撮影。写真に『柚花ちゃん、誕生日おめでとう』と書いてもらい、柚花はとっても上機嫌だ。



「スペシャルドリンクをお持ちしますが……どうなさいますか?」



 メイドさんが目配せしてきた。一緒にケーキを持ってきていいかの確認だ。


 俺がうなずくと、厨房へと引っこんでいき――



「誕生日おめでとうございます、柚花お嬢様!」


「えっ、ケーキ? 頼んでませんけど……」


「俺が予約したときに頼んでおいたんだ」


「わざわざそんなことしたの?」


「当たり前だろ。俺の一番大切なひとの誕生日なんだから。誕生日おめでとな!」



 俺とメイドさんたちに拍手され、柚花はぽかんとしている。


 ひとまず火を吹き消したが、状況が上手く飲みこめないのか、なかなか喜びを顔に出してくれない。


 だったらこれで感情を爆発させてやろう。


 俺はカバンから厚手の本を取り出した。



「じゃじゃーん! プレゼントだ!」


「これ、キミウタの画集……」


「そうだよ。ほら、昔欲しがってただろ?」



 柚花がキミウタにハマるのは数年後。あのとき画集は激レアで、手に入れることはできなかった。


 俺が持っていれば譲ってやってもよかったが、あいにくと俺も持っていなかった。当時はお金がなくて買えなかったのだ。


 アニメが好きで、先日キミウタを見たばかり。これなら柚花も大喜びに違いない!


 そう思っていたのだが……


 柚花は、笑顔になってくれなかった。眉を下げ、瞳を潤ませ、困っているような、悩んでいるような、喜んでもいるような……なにを考えているかわからない、複雑な表情をしていた。



「……気に入らなかったか?」


「ううん。そんなんじゃないの。ただ、こんなに祝ってもらえるとは思わなくて……心の整理ができなくて……あたし、どうすればいいんだろうって」


「そこは素直に喜べよ」


「もちろん嬉しいわよ! 嬉しいけど……」



 柚花は目を伏せ、うつむいてしまった。


 嬉しいけど、なんだよ。気になるところで止めるなよ。不安になっちゃうだろ。


 続きを待っていると、柚花は顔を上げた。


 気持ちの整理がついたかは定かじゃないが、さっきに比べると顔に喜びが滲み出ている。


 目を細め、幸せそうにほほ笑んで――



「ありがと。本当に嬉しい」


「――ッ」



 静かに放たれた一言に、心臓がどくんと跳ねた。


 じわじわと胸の奥が熱くなり、顔にまで上ってくる。


 火照った顔を隠すようにうつむくが、鼓動は加速するばかり。



「……どうしたの?」


「ど、どうもしてないっ。ちょっとトイレ行ってくる!」



 席を立ち、トイレへ駆けこむ。


 鏡を見ると……めっちゃ赤面してた。


 おまけに表情もぐちゃぐちゃだ。ニヤついてるのか困っているのかわからない謎の表情をしている。


 頬を叩き、深呼吸して、心を落ち着かせ、席へ戻る。


 アニメの話をしつつケーキを食べ、ドリンクを飲み、店を出る頃には胸の高鳴りは収まっていたが……



「ねえ、どうしたの? さっきから変な顔してるけど」


「ど、どうもしてない。柚花こそさっき変な顔してただろ」


「し、失礼ね。変な顔なんかしてないわよっ」



 ぷいっと顔を背ける幼い仕草も可愛くて。


 声も、口調も、身振りも手振りも、なにもかもが愛おしく感じられ。


 公園前で柚花と別れてからも、再び芽生えた感情が消えることはなかった。


 もちろん、この感情を認めるわけにはいかないが。

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