《 第10話 カップルシート(不本意) 》
目的が同じだとわかり、俺たちは競うように入店した。
同時にカウンターにたどりついた俺たちを、店員さんがにこやかに出迎える。
「2名様でご利用ですね?」
「「いえ、1名です」」
「大変申し訳ございません。ただいま混み合っておりまして、1席しか空きがないのですが……」
「では俺が」
「いえ、あたしが」
「ここは俺に譲れよ」
「あんたが譲りなさいよ。漫画いっぱい持ってるでしょ」
「今日は朝からネカフェで過ごしたい気分だったんだよ」
「あたしだって朝から読みたい漫画いくつか考えて来てるんだから」
「俺が持ってる漫画なら貸してやるからこの場は譲れよ」
「あんたの本棚に読みたい漫画全部揃ってたけど借りるのは嫌よ」
「なんで俺の本棚のラインナップ知ってるんだよ」
「こないだ雨宿りさせてもらったときに見たのよ」
「だったらカギ渡すから今日は俺の家で過ごせよ。家族は夕方まで出払ってるから」
「なんでひとりであんたの部屋で過ごさなくちゃいけないのよ」
「俺がひとりでネカフェ利用したいからだよ」
「あの……お知り合いということでしたら、相席になさいますか?」
「……相席、ですか?」
「それって、どういう席ですか?」
「カップルシートです」
「「カップルじゃありません!」」
「カップルシートという名称にはなっておりますが、カップル様限定という意味ではございませんので……」
店員さんは困り顔だ。
これ以上迷惑はかけられない。
「どうする?」
「どうするって……店員さんに迷惑かけられないし、カップルシートに座るしかないじゃない」
「そうするしかないか……仕切りがないのは落ち着かないけど、べつにしゃべるわけじゃないしな」
「当たり前じゃない。ただ黙々と漫画を読むだけよ。そのためにネカフェに来たんだもの」
「お時間はどうなさいますか?」
「「フリータイムでお願いします」」
俺たちは支払いを済ませると部屋へ向かう。
この店は昔よく利用していたが、カップルシートははじめてだ。入ってみると……ふたりで利用するにはちょっと狭い。
ワイドソファに腰かけると、柚花がカバンを置き、さっさと出ていってしまう。
……不用心だな。
念のため柚花が戻ってくるまで待ってやり、帰ってきたところで俺も漫画を選びに向かう。
そしてギャグ漫画を手にシートへ戻ると、柚花がメガネをかけていた。
「なにじろじろ見てんのよ」
「じろじろは見てないだろ」
「……どうせ似合ってないな、とか思ってるんでしょ」
「そんなこと思ってねえよ」
「本当でしょうね?」
「本当だっての。視力悪いんだから普段からメガネかければいいだろ」
「嫌よ。いまさらメガネ姿で過ごすとか恥ずかしいじゃない」
「気にしすぎだろ。誰もそこまで注目しないって」
「こういうのは気持ちの問題なのよ。あんただっていまさら指ぬきグローブ姿で登校できないでしょ」
「メガネと指ぬきグローブを同列に語るなよ……。そもそもメガネが恥ずかしいとか言うけど俺に見られてるだろ」
「あんたはいいのよ。何度も見せてるし。……ほんとに変じゃない?」
「しつこいな。似合ってるって言ってるだろ」
「似合ってるとは言ってなかったけど……」
柚花は顔をうつむかせ、勝手に話を中断すると読書を始めた。
そんな柚花のとなりで、俺も漫画を読み始めた。
最初は柚花が気になってたけど、しだいに漫画にのめりこんでいき――
「……ぷ」
「……なによ?」
「べつに。ただ笑っただけ」
「そ」
「……」
「……」
「……気になる?」
「気になるわよ。なに読んでるの?」
「これ」
俺が噴き出したページを見せると、柚花がぷっと笑う。
「あー、それね。アニメ化ってまだなんだっけ?」
「5年後にされるぞ。時代がやっと追いついたと思ったよ。アニメ企画通したひとはマジで見る目あるよな」
「ね。序盤は打ち切り寸前だったって聞いてたけど普通に面白いわよね?」
「だな。全然人気出ないから俺の笑いのツボがおかしいんじゃないかって思ったし。柚花がゲラゲラ笑ってたのを見て安心したぜ」
「あのときはお腹がよじれるかと思ったわ」
「寝てるときも急に思い出し笑いしてたよな」
「講義受けてるときも思い出し笑いして大変だったわ」
「お前あのとき『笑わないように腕つねって』とか無茶ぶりしてきたよな」
「無茶ぶりではないわよ」
「無茶ぶりだろ。お前をつねれるわけないんだから」
「あんたにつねられても痛くないから平気よ」
「じゃあつねる意味ないだろ」
「それはそれ、これはこれよ。読み終わったら置いてってね。あたしも読むから」
「へいへい。で、お前はなに読んでんの?」
「これよ」
「あー。その作家さん好きだったもんな」
「ええ。特に3作目がね。半端なところで過去に飛ばされたから続きを読むのが待ち遠しいわ」
「人気投票の結果も気になるよな」
「来月発表だったのに、いまじゃ12年後に発表だものね。ま、1位はアントニーに決まってるけど」
「は? アンジュだろ」
「少年漫画なのよ? 主人公が1位に決まってるじゃない」
「ヒロインが1位になるケースもあるだろ。アンジュはマジで可愛いし」
「たしかにアンジュは最強に可愛いけど、クロエと票を食い合って4位あたりに落ち着くわよ」
「あー……たしかに。けどさ、人気投票の締切直前にアンジュ回があっただろ。あの活躍を見たらアンジュに投票したくなるって」
「たしかに神回だったわね。……ちょっと暑いからエアコンつけて」
「暑くないだろ」
「暑いわよ」
「暑くない。暑いならカーディガン脱げばいいだろ」
「えっち」
「えっちじゃない」
「すけべ」
「すけべでもない」
「じゃあつけて」
「つけてやるから読書に集中しろ」
エアコンをつけ、読書に戻る。
冷気が纏わりつき、ぶるっと身体が震えた。
「……さむ」
「なんか言った?」
「言ってない」
「寒いって言ったわよね」
「聞こえてるなら聞き返すなよ」
「いきなり『寒いの?』とか言えばあんたのこと心配してるみたいじゃない。これで寒いって、ほんと寒がりね」
「お前が暑がりなだけだろ。エアコン切っていいのか?」
「だめよ。手汗で漫画に染みがついちゃうじゃない。……仕方ないからカーディガン貸してあげるわ」
「このタイミングでカーディガン脱ぐのかよ」
「いいでしょべつに。となりで寒そうにされると落ち着いて読書できないのよ。風邪引く前にさっさと着なさい」
「俺の匂いが染みついたってあとで文句言うなよ」
「そんなことで文句とか言わないわよ」
「ならいいんだが……。あと寒かったらすぐ言えよ。となりで寒そうにされると落ち着いて読書できないから」
「そのときは無言で剥ぎ取るわよ」
「えっち」
「えっちじゃないわよ」
「すけべ」
「すけべでもない。バカなこと言ってないでさっさと着なさい」
「へいへい」
カーディガンを着ると、甘い香りが纏わりついてきた。
柚花の香りに包まれて読書を再開。
読み終える頃には小腹が空き、フライドポテトを買ってシートに戻る。
「匂いが服についちゃいそうなんだけど」
「お前も好きだったろ。ファミレス行くたびに注文してたし」
「あのときはあんたの運転だったから気兼ねなく食べてたのよ。電車だと、となりのひとに『あ、この娘フライドポテト食べたな』って思われるじゃない」
「どうせ俺のとなりに座るんだから問題ないだろ」
「あんたにフライドポテト臭いって思われるとか屈辱すぎるわ」
「思わねえよ。てかフライドポテトってそんな匂いきつくないだろ。ほら」
顔に近づけると、くんくんと匂いを嗅いでくる。
小さくお腹を鳴らし、じんわりと頬を染め、
「……食べていいの?」
「好きにしろ。ひとりで食うには多いしな」
「だったら手伝ってあげるわ」
「全部食うなよ?」
「そんな意地汚くないわよ。……あ~ん」
「俺が食べさせるのかよ……」
「つまんだら手が汚れちゃうでしょ」
「わがまま女め」
「またわがままって言ったわね?」
「言ってない」
「言った。……んむ」
無理やりポテトを口にねじ込んで黙らせる。
「ケチャップもつけて」
「……」
「いまわがまま女って思ったでしょ?」
「思ってない」
ポテトにケチャップをつけ、口に近づけると――
ぽたっ、とワンピースに垂れた。
やべっ。
「す、すまん」
「いいわよべつに。それにあんたって食べさせるの下手だったものね。風邪を引いたあたしにおかゆ食べさせてくれたときも、布団にこぼしてたし」
「正しくはお前が咳で吹き飛ばしたんだろ」
「風邪引いてたから記憶にないわ」
「都合のいい記憶だな。そう言うお前だって、りんごを食わせてくれたとき思いきり口にねじ込んできただろ。喉につまるかと思ったぞ」
「食欲なさそうだったから無理やりにでも食べさせようとしたのよ。あたしのほうが食べさせるの上手だって証明してあげるから口を開けなさい」
ケチャップをたっぷりつけ、口に運んでくる。
ぽたっ、とズボンに垂れた。
「……おい」
「ご、ごめん」
「べつにいいけどさ。やっぱりお前も食べさせるの下手じゃねえか」
「い、いまのはノーカンよ。寒くて身体が震えちゃったのよ」
「はいはい。言い訳上手でちゅね」
「言い訳じゃないし! だいたい、まだ引き分けじゃない。勝負はついてないわ」
「いつの間に勝負になったんだよ」
「逃げるの?」
「誰が逃げるか。乗ってやるから食わせてみろ」
俺たちはお互いの口にポテトを運び、あっという間に完食する。
決着はつかなかったが、お互いにもう満腹だ。2回戦は開催せず、日が暮れるまで漫画を読み、ネカフェを満喫したのだった。
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