《 第9話 人生二度目のアドレス交換 》

 土曜日の正午過ぎ。


 昼食を済ませると、俺は家をあとにした。


 目的地は商店街にあるネカフェだ。仕事が忙しくなってからは寝床として利用するだけだったが、今回は漫画にアニメにフリードリンクを楽しみ尽くす所存である。


 そんなわけで、ぽかぽかとした陽気のなか駅へと向かい――



「……なんでお前がいるんだよ」


「それはあたしの台詞よ」



 駅のホームで柚花と鉢合わせた。


 ワンピースにカーディガン姿だ。服装だけ見ると可愛いのに、俺を見る目は可愛くない。いまにも飛びかかってきそうな眼差しで、こちらを睨みつけている。



「ストーキングしてるんじゃないでしょうね?」


「お前こそ俺の思考を読んで先回りしてるんじゃないだろうな?」


「そんな特殊能力ないわよ。ま、あんたの考えてることはお見通しだけどね。いまも『その服似合わねえな』とか思ってるんでしょ」


「お前に思考を読む力がないことはわかったよ」


「とか言って本当は図星なんじゃないの?」


「不正解だ」


「じゃあ、この服どう思うわけ?」


「服は可愛いと思う。服は」


「オシャレに無頓着なあんたに褒められても嬉しくないわね」


「なんて言うのが正解なんだよ」


「駅を出るのが正解よ」


「あいにくだが駅を出るつもりはねえよ」


「だったら車両を移りなさい」


「お前に従う義理はない」



 バチバチと火花を散らす俺と柚花。


 柚花がふと思い出したように、



「そういえば毎年バレンタインデーにチョコあげてたわよね。あのときの恩をここで返しなさい」


「ホワイトデーにお返ししたからチャラだ」


「は? こっちは愛情こめて作った手作りチョコなのよ?」


「こっちはたっぷり時間をかけて選んだプレゼントだぞ。お前こそ深夜にどうしても出かけたいって言うからドライブデートに連れてってあげた恩を返せよ」


「お礼にマッサージしたからチャラよ。そういえばあんた『白いワンピースに麦わら帽子の女の子ってアニメにしかいないよな……』とか言ってたわよね?」


「言ったが?」


「あんたのためにその格好でひまわり畑に行ってあげたからチャラよ」


「それはお前が欲しそうにしてたからプレゼントしてあげたひまわりのネックレスで打ち消す。あとお前、一時期ラテアートにはまってたよな?」


「SNSで紹介されてたやつね。写真集も買ったわ」


「お前のためにラテアートが飲める店に連れてったし、いつでもラテアートを飲めるようにラテアートの練習して上手に淹れてやっただろ。ターン終了」


「あたしのターンね。あんたが『逆に壁ドンされてみたい』って言うから壁ドンしてあげたでしょ。それで打ち消すわ」


「エピソードとして弱い」


「でも喜んでたじゃない! 意外とどきどきするんだな、って!」


「それとこれとは話がべつだ。ていうか2個言えよ」


「なんでよ!」


「俺がエピソードを二つ言ったからだ。ラテアートの店に連れてって、練習した――な? 二つだろ?」


「ひとつにまとめなさいよ!」


「だめ。二つ言わないと俺の勝ち」


「けちくさいわね。ま、いいわ。思い出くらいいくらでもあるし」


「俺の台詞だ。お前を喜ばせたことは100や200じゃ足りないからな!」


「あたしの台詞よ! あんたを喜ばせたことは300や400じゃ足りないもの!」



 思い出を弾にして放ち続ける俺と柚花。


 決着がつく前に電車が来たので、俺たちは競うように車両に乗りこんだ。


 休日の昼だけあって、けっこう混んでいる。


 2人掛けシートがひとつ空いていたので、いち早くそちらへ向かう。


 窓際に座ると、柚花がとなりに腰かけてきた。



「なんで横に座るんだよ」


「ほかに空いてないからよ」


「ぽつぽつ空いてるだろ」


「知らないひとのとなりに座るのって緊張するじゃない。あと狭い。もっと詰めて」


「……わがまま女」



 ぼそっと言うと、睨まれた。



「いま『わがまま』って言ったわね?」


「言ってない」


「言ったわよ」


「言ってない。ていうか車内でしゃべるなよ。迷惑だろ」


「だったらケータイ貸しなさい」


「なんでだよ」


「いいから」


「……壊すなよ?」



 ガラケーを渡すと、ぽちぽちと操作して返してきた。


 柚花は自分のケータイに文字を打ちこみ――



【わがままって言った?】



 知らないアドレスからメールが届いた。


 確認するまでもなく送信主は柚花だ。


 車内でしゃべれないからって、メールで問い詰めるって……。


 ひさしぶりのガラケー入力に苦戦しつつ、返事をする。



【ええと、どちら様ですか?】


【あたしに決まってるでしょ!】


【迷惑メールはやめてください。通報しますよ?】



 太ももをぺしっとされた。



【暴力反対】


【やっぱり気づいてるじゃない! わがままって言ったわよね?】



 しつこいな……。


 話題を逸らすため、佐奈の変顔写真を送る。


 柚花は画面をじっと見て、不安げにぼそぼそと、



「……怖い写真じゃないわよね?」


「そんな意地悪するか。いいから開いてみろ」


「ならいいけど……ぷ」



 柚花が小さく噴き出した。


 そして、太ももをぺしっとされた。



【笑わせないで。まわりのひとに変なひとだと思われるじゃない】


【悔しかったら笑わせてみろ】


【じゃああっち向いてて】



 窓の外を見ると、ぱしゃっとカメラの音がした。


 すぐにメールが届く。


 添付画像を開いてみると、柚花の顔写真だった。



【笑いなさいよ】


【笑う要素がないだろ。てかなんでキス顔してんの?】


【タコ口よ! あたしキスするときこんな顔してた!?】


【俺のみぞ知る】


【怒らないから素直に言いなさい!】


【言わない。それ怒るときの常套句だから】


【怒らないって言ってるじゃない!】


【ほら怒ってる】


【怒ってないわよ!(*^_^*)】


【やっぱり怒ってる(T_T)】



 めっちゃ睨まれた。


 話題を逸らすためさっきとは違う佐奈の変顔写真を送ると、小さく噴き出した。



【何枚持ってるのよ?】


【いっぱいあるぞ】


【佐奈ちゃんのこと好きすぎでしょ】


【あいつが勝手に送ってくるんだよ】


【あと何枚か送って。イライラしたときに見て癒されたいから】



 いくつか厳選して送っていると、目的の駅に到着した。


 席を立とうとしたところ、柚花も立ち上がる。


 休日出かける先と言えばショッピングモールか商店街で、どちらもこの駅が最寄りなので、ここで立つのは想定内だ。


 互いに言葉を交わすことなく駅を出る。俺のほうが歩幅が大きいが、柚花が早足で競ってきた。おかげでほとんど隣り合わせだ。



「ついてこないでよ」


「そっちがついてきてるんだろ。てか話しかけるのかよ」


「外で話すのは迷惑にならないでしょ」


「そもそも関わらないって約束しただろ」


「あんたが関わってきてるんじゃない。関わりたくないなら道を譲りなさいよ」


「なんで休日までお前の都合に付き合わなきゃいけないんだよ」



 言い合いながらも立ち止まることなく歩いていき、商店街にたどりつく。


 立ち止まったのは、ほとんど同時だった。



「お前もネカフェかよ!」「あんたもネカフェなの!?」



 叫んだのも、同時だった。

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