第4話

 夏休みもあと7日。本人曰く、毎日休むことなく掘り続けた穴は直径100メートルはあろうかという大きさになっていた。深さの方はそれほどでもないが、10メートルほどはある。最近は、掘り進めるおじさんと話をしている。これほど大きい穴に誰も気が付かないのは、やはりおじさんの不思議な力のお陰なのだろうか。

 考え事に熱中していた僕は、泥だらけのおじさんが上がってきたことに気が付かなかった。


「やぁ、終わったよ。」

「毎日見に来ていたけど、大きいね、穴。変な形してるけど。」

「ありがとう。これはね、おじさんの足の形になっているのさ。」


 泥まみれの足を上げて見せるおじさん。しかし、靴の上からでは何とも言えない。


「おじさんはこれからどうするの?」

「そうだね。これが上手くいかなけりゃこのまま消える……かな。」

「後ろ向きだね。」

「ははっ。もう夏休みも終わりだろう?君の学校が始まる前に、夏が終わってしまう前にケリをつけたくてね。柄にもなく本気を出したから、もう後がない。」


 おじさんは偶に難しい言い方をする。そしてその目はいつも遠くを見つめている。


「別にこのおじさんの姿でも何もしなければ、百年くらいは生きられたかもしれない。でも、何もかも諦めようとしたあの日、巴君を見つけた。まぁ、そこでおじさんの話を聞いてくれるかは賭けだったけどね。」


 口を挟むのがためらわれる。その想いはおじさんに伝わったらしい。

 ごつごつとした手が僕の頭にそっと触れる。


「君の目は生きていた。何かを求めていた。その目は、その姿は希望に満ちていた。だから思ったのさ。たとえ失敗しても、どうせなら希望ある人生を選びたい、ってね。」

「おじさん。」

「君はいつか大人になる。このことだって忘れてしまうかもしれない。でも、その方がいい。おじさんみたいなモノとヒトが触れ合うのは良くないからね。」

「どこかに行っちゃうの?」

「そうだね。為すべきことはもうない。果報は寝て待て、と言うだろ?おじさんの生存報告はテレビがしてくれるさ。」


 照らす太陽、頬を伝う一滴。

 熱いものがこみ上げてくるのを必死に抑え、口に出す。


「――楽しかった。」

「それはおじさんのセリフさ。ありがとう。」


 曖昧になる視界。手で拭った頃には既におじさんは消えていた。


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