第3話

 今日のおじさんはいつもと雰囲気が違った。


「どうかな。今日のおじさんは少しやる気なんだけど。」

「何をする気なんですか?」


 おじさんはいつものスーツ姿ではなく、つなぎを着ている。そしてその手には大きなスコップ。

 今から非合法的な何かをしますよ、とでも言いたげな見た目だ。


「穴を掘るのさ。とびきり大きい、ね。」

「穴……?」


 スコップあるから穴を掘るのは分かっていた。でも、穴からおじさんの目的が想像できない。

 おじさんは僕の疑問に答えることなく、先を続ける。


「ところで、巴君はスマートフォン持ってるかな。」

「はい。持ってます。」

「じゃあ、何かSNSはやってるのかな?」

「それもいくつか。」

「そいつは僥倖ぎょうこう。」


 おじさんは嬉しそうに頷いているけど、意味が全く分からない。

 それとおじさんの恰好、どこに関係があるのだろうか。

 しかし、全て想定通りに進んでいるようで、おじさんは嬉しそうだ。


「うん。それじゃあ、始めるよ。」


 そう言って、おじさんは地面にスコップを突き立てた。

 酔狂でも冗談でもなんでもなく、本当に穴を掘るつもりみたいだ。


「ここに穴を掘るの?」

「あぁ。おじさんは『バズ』を目指すよ。」

「バズ……もしかしてバズらせようってこと?」

「そうだね。」

「穴掘っただけではバズらないと思うけど。」

「ははっ。そうとは限らないよ。」


 おじさんの熱意に水を差さないか心配になったが、そんなことはなかった。

 その目に陰りは見えない。


「おじさんはこう見えてもだいだらぼっち、それは覚えているかな?」

「うん。」

「この公園で巴君といる時、人はおじさん達を気にしないだろう?それはおじさんがちょちょいと不思議な力を使っているからなのさ。」

「急に超常的な存在感出してきた……。」


 言われてみれば、怪しいおじさんと話す子どもを心配する大人に出会ったことはない。

 そして突然の超常的存在ムーブ。そのお陰でおじさんが何をするつもりなのか、見当がついた。


「つまり、おじさんが穴を掘っている間、その穴は認識されない。おじさんが掘り終えたら……」

「いきなり大きな穴が現れる。」

「正解。そんな不可思議現象、バズること間違いなしだろう。」


 自慢げに胸を反らすおじさん。確かにその通りになるかもしれないが、バズらせる意味がまだ分からない。

 あともう少しで解けそうな疑問に頭を悩ませる僕を、おじさんはそっと撫でた。


「前に言ったじゃないか。おじさんは信仰によってその存在を維持できるんだ。そして、信仰の少ない今がこの姿。元に戻るには多くの人から信仰を集めなきゃならない。」

「そのためにバズらせる……?」

「そうだ。不思議な現象が起きた時、人は必ずそこに神秘的で超常的な何かを視る。いや、視ようとする。関係ある武蔵野に現れた巨大な穴、人々はそこに必ずだいだらぼっちの姿を視るはずだ。そうして、だいだらぼっちは再び人々の胸に宿るというわけさ。」

「だから掘るんだね、穴を。」


 頷いたおじさん。その目は既に数センチめくれ上がった地面へと向けられていた。

 


 

 

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