クロ

「倒れてた...ですか?」


角の生えた男の子は不安そうに呟いた。


「うん、じゃなきゃ運ばないしね」


冷たくそう返すと男の子は俯いて泣き出してしまった。


「ご、ごめんなさいです...。

ボクは迷惑をかけてしまったのです...。」


プルプルと震えながらシロに謝罪する。


「目が覚めたから家に帰すよ。

家はどこ?一人で帰れれば帰ってほしいけど」


「おうち...ついほうされたです」


「追放?何で?」


「ボク、見ての通り鬼なのです。

鬼族の子供は五歳になるまでに人を一人以上狩って来て喰らうです。

ボクは出来なかった...から邪魔になったです、

鬼の里の人から出てけって言われた...です。」


鬼なんて物語でも最近あまり聞かないような

夢見たいな話だ。

けれど、彼には本当に角が生えているし、

シロは信じた。


「そう、なら名前は?」


「取られたです。

追放する時、名前を取って鬼である資格を奪うことが決まりです。

だから、今はないです...。」


涙を浮かべた彼を見て、シロは良い案を思いついた。

案というより予想だ。


「貴方、主食は?」


「鬼の権利は奪われたけど、体は鬼です。

だから、人のお肉...食べるです。」


シロの予想は当たった。


「わかった、ここに住んでいいよ。

名前もあげる。」


「本当です!?でも何で?」


ちゃんと理由があった。

シロが長年したかったことは、あの事故の現場のようなものをもう一度見たい・作りたいという普通ではないこと。

普通ならば法律で禁止されていて許されないことだ。


けれど、それは人間のための法律だ。

シロ自体は人間だけれど、人間の自分達だって

豚や牛の肉を食べるのだから異種族のためなら禁止されている行動をしたっていいのではないかという思考に辿り着いた。


勿論、それはいけないことだ。

けれど作り上げた遺体はこの子が食べてしまうから上手くやれば証拠なんて残らない。


この子はシロの欲求を満たすための道具に

なれる存在なのだ。


「貴方の名前はクロ。

私がシロって呼ばれてるから、黒い部分の多い貴方はクロ。」


角や髪の毛が黒色だったため、安直だが

そう名付けた。

別に名前なんてどうでも良かったから。


「ありがとです!クロ...可愛くて好きです。

シロさん、よろしくお願いするです。」


「うん、よろしく。」


自分の欲のためなら使えるものは何でも使わなくては...。

それがシロの学校では隠している本性。





その日の深夜


ぐぅぅぅ。

クロの腹が鳴った。


流石にシロでも何時間かで人を殺めて始末するなんて出来ない。

武器もないし、方法もまだ考えてなかった。

だから当然、クロのご飯はお預けになっていてお腹が空いていたらしい。


「ご、ごめんなさい...です。」


「いいよ!ちょっと私頑張ってくる!」


シロはクロに嫌われてしまわぬように猫を被った。

クロに嫌われて出ていかれでもしたら、

計画が狂ってしまうからだ。


「クロ、行ってきます!」


「行ってらっしゃい」


バッグに包丁を詰めて外へ出る。

深夜なだけあってとても暗い。


誰かに発見されないように人通りの少ない路地に入る。

この辺りは治安が結構悪いのに防犯カメラがないから一向に良くならないと有名で

見つかる心配はない。


「あぁ〜ダメじゃないかよぉ。

こんなとこに女の子が居たらぁ〜

変な人に拐われるぞぉ、例えばさぁ...

俺みたいなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


サラリーマンの中年のおじさん。

大方、仕事終わりの飲み会か何かで泥酔して

路地裏へフラフラと入り込んだというところだろう。

自分のことを変な人の例にしている辺り、

相当酔っているのだろうと読んだ。


「私ね、貴方みたいな素敵な方を待ってたの。」


シロの白髪は月に照らされて輝いて見えた。

男性はまともに立てない様子で左右に揺れながらシロに近づく。


「あ〜そうだったのぉ!

俺みたいな奴のぉ、相手してくれんの?」


「そんなこと、貴方は素敵な人よ?

まだよく知らないけれどね、スーツを着て

そんなに泥酔しているところから見て、

上司か何かに付き合っていたのでしょう?

辛かったね、私が救いになってあげようか?」


正直、上司に捕まっていたかどうかはどうでもいい。

泥酔しながら自虐する人はきっと自分に自信がないのだ。

味方になってあげることが大切。

その答えを導き出したからこんな反応をして見せたのだ。


「そんなこと言ってくれるのは君だけだよ。

でもねぇ、おじさん悩んでるわけじゃないんだよね。ただ、君みたいな可愛い女の子と

触れ合いたいだけで。」


悩める中年男性なのかと思いきや、

ただの変態だったらしい。


だったらもっとやりやすいじゃないか。

こんなセクハラの権化みたいな人が一人いなくなって困る人間なんているのだろうか。


いたとしたってシロにその気持ちはわかるはずがない。

だってシロは普通の人間の気持ちだってわからないんだから。


「そっか、私も触れ合いたい気持ち。」


別にスタイルに特別自信があったわけでもないが、最低限露出する。

そういう行動は汚らわしくて嫌いだが、

目標のためだ。


「おぉいいねぇ。暗くてよく見えないけど

おじさんにとっていい日になりそうだよ。」


「私にとってもすっごくいい日!だって。」


グサッ。


近づいて来た男性の腹部に持ってきた包丁を突き刺した。


「がぁぁぁっ!」


「だってこれずっとやってみたかったの」


男性は恨めしそうにシロを見つめる。


「い...じょう...しゃだ...」


「貴方には言われたくないけどね?

私とそういうこと、する気だったんでしょ?

ダメですよ?健全な女子高生に手出しちゃ」


もう一度包丁を力強く突き立てると、

男はビクッと痙攣したきり動かなくなった。


「あれ、こんなに汚らわしかったっけ。

まぁいいや。」


バッグの中を漁る。

一応、どんな人物だったのかを知っておきたい。

勿論、手袋をつけて。


「ふーん、なるほどね。

この写真...誰かを脅していたのね。」


そこに写っていたのはシロの同級生の少女、

藤山香澄、通称・フジだった。


「そっか、あの子お金持ちだもんね。」


写真をポケットにしまってニヤッと微笑み、

誰も見ていないことを確認して遺体を解体し始めた。


理由は当然持ち運ぶため。


「臭いがしないうちに早かしなきゃ。」


持ってきた袋を何重にも重ねて欠片を入れていき、それを綺麗なバッグに入れて路地を出る。




走って家へ帰ると玄関の前でクロが正座していた。


「おかえりなさい...」


「正座なんかしなくていいんだよ?

中へ入って。」


「はい...です」


彼は解体された遺体をむしゃむしゃと食べた。

食べこぼしの血液がテーブルの上へ落ちる。


その姿を可愛いと思ってしまった。


この好意が遺体を食べているからなのか、

この子が子供だからなのかはよくわからなかった。

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