第16話 ゲーム

 たけると話し合った、その夜。

 スマホの画面を見て、俺は一人でエントランスに来ていた。

 そこで待つ俺。

「どうしたんだ? 呼び出して」

 後ろに来た女子を見て訊ねる。

「わたしのこと、ちゃんと見ている?」

 不安そうに聞き返してくる明理。

「わたし、祐介のお姉ちゃんじゃないよ?」

「分かっている。でも、どうしてそれを?」

 俺は分かっているつもりでいた。でも分かっていなかった。

 明理を不安にさせるには十分な態度をとっていたことを。

「嘘。祐介はすぐ顔にでる。わたし、恋する乙女よ。それは分かってほしいな」

「自分で言うんだな」

「だって、そのくらいしないと祐介はドキドキしてくれないんでしょ?」

 そうなのかもしれない。実際。

 でも、俺にだって。俺なりの考えや気持ちがある。

 やっぱり、お姉ちゃんっぽいんだよなぁ。

 家族感が抜けないのだ。これは明理が悪いわけじゃない。ずっと一緒にいたから。それが原因だ。

 分かっている。それがいけないことだって。ドキドキしないって。

 家族を恋人にする人はいないだろ。そういうことだ。

 でも明理は幼なじみ。家族ではない。

 無理矢理にでも意識しないとそんな実感湧かない。

 でも明理はどうあっても、俺に意識させたいらしい。

 強めの香水をつけ、浴衣をはためかせる。女子として意識して欲しいのだろう。

 それは分かる。分かるけど……。

 俺はどうしらいい。

「ねぇ。わたしと付き合ってよ。祐介」

 俺にはどう応えていいのか分からない。

 まだ気持ちに整理がついていないんだと思う。

「ごめん。今は分からない」

 逃げている。

 たけるに情けないと言いながら、俺は逃げている。

 そのことが辛く胸を刺す。

「そう。呼んで悪かったわね」

 明理はそう言い終えると、目を伏せて考え込む。

「ど、どうした? 明理」

「なんでもない。これからみんなでカードでもしよっか?」

「え。まあ、うん」

 いきなりの発言で戸惑う俺。

 みんなと一緒にカードか。どうしたものか。

 いつも通りに行けばいいんだ。

 そうだ。あまり臆することなく、進んでいけば道が開けることもあるはずだ。

 俺はその提案にのり、女子部屋へ向かう。もちろんたけるも呼んでいてくれたようで、部屋前でばったり出会う。

「よう。元気にしていたか? 相棒」

「いつからお前の相棒になったんだよ」

「固いこというなよ」

 たけるはニカッと笑い、腕組みをしてくる。

 それがこそばゆく、歯がゆい気持ちにさせる。

 たけるのためにも俺がはっきりしないといけないよな。

 部屋の中に入ると柑橘系のいい香りがする。

「あ。稲荷くん」

「あたしはやらないって」

「そう言わずに」

 俺に気がついた様子の菜乃。その手前では釘宮と麻里奈が言い争っている。

 その奥、ベッドの上でふくれっ面を浮かべているのは桃だ。

 まあ、あんな風に突き放したらそりゃ怒るわな。

 分かっている。これからはお兄ちゃんとして接するよ。

 俺は胸中に強く思う。

 みんなが集まり、トランプを並べ始める。

「ババ抜きでもするか?」

 たけるの案にみんなが一様に頷く。

 ルールも簡単、誰でも知っているトランプゲームの登竜門みたいなものだ。

 お互いに隣の人とカードを引き合い、二組のカードを捨てる。ババを残したら負け。そういうゲームである。

 じゃんけんで先行を決めて、いざ行かん。

 たけるから始まって菜乃、俺、明理、麻里奈、釘宮の順だ。

 ポーカーフェイスのうまいたけるは見事にババを引かせる、が……。

 やべー。たけるの奴菜乃を前にしてわざと負ける気らしい。

 静かに戦っていると、たけると菜乃が残ってしまった。

 そりゃそうだ。

 たけるが気を遣いすぎているからな。

「むむむ」

 悩む菜乃。

 ババを引かせたくないたける。

 一騎打ちが今始まった。

 そしてババを引いた菜乃。

 その顔が焦りでにじむ。

 というか菜乃はポーカーフェイスを知らないのか、ずっと顔に出ている。

 そんなこんなでたけるが気を遣い、菜乃に勝たせてやった感じになっている。

「やった! 我でも勝てるかな」

「くそ。負けた」

 嘘ばっかり。たけるよ。その気の使いすぎは自身を滅ぼすぞ。

 その後も、大富豪、ブラックジャック、七並べなどで楽しんだ。

 が、

(菜乃、弱すぎだろ。今までこういったゲームをしたことがないから仕方ないけど)

 頭を抱えるたける。

 どうやって負けるか、を必死に考えていった結果。

 たけるの順位も落ちたが、どうしようもなく菜乃が弱い。

 そんな菜乃は涙目になっており、もうしたくなさそうにしていた。

「じゃあ、次はゲームでもするか?」

 たけるがそう提案してくる。

 うまい返しだ。

 電子系のゲームなら菜乃の得意分野。

 そして、このホテルにはゲームの貸し出しもある。

 俺はうなずき、麻里奈と一緒に貸し出しを受け付けでする。

「私、あまりやったことがないんですよね」

 麻里奈が不思議そうに目を瞬く。

 初めてみたらしい顔をしている。

 部屋に持って帰ると、たけると菜乃が驚く。

「それ、何世代昔のゲームよ」

 そう。これはナンテンドー32。

 平成十年にはやった昔の世代のゲームである。

「まあ、それでもいっか」

 たけるは仕方ないと言わんばかりに頭を掻く。

 ここにいるみんなよりも昔に産まれたゲームなのだ。

 知っているのはたけると菜乃しかいない。

 だからか、菜乃とたけるは二人で話し合いながらゲームを起動させる。

 古くて文句言われるかと思ったけど、これはこれでありだったな。

 二人の仲がもっと良くなるように。

 ふと気がついた。

 これって菜乃から見たら、最悪なことをしているんじゃね? と。

 自分の好きな人から、他の人を勧められる。それって単なるクズじゃね。

 ちゃんと応えるつもりもなく、そんな曖昧な態度でお茶を濁して。

 俺はハッキリとさせないといけないのに、それをためらっている。

 なぜ?

 そう問われると、俺の中でも疑問が生まれる。

 俺はやはり妹をとられるみたいで嫌なのかもしれない。それとも何か、本当に恋をしているのか?

 だとしたらもっと厄介かつ、キモい男じゃん。

 どうしたらいいんだ?

「ほらやるぞ。祐介」

 たけるに言われ、俺はふと顔を上げる。

 そこにはコントローラを手にするたけるがいた。

「なんだ? やんないのか? じゃあ、明理さんどうよ?」

「えー。しょうがないなー。わたしも強くないよ」

 明理はそういいながらコントローラを受け取る。

 明理と菜乃、それに麻里奈と釘宮がやっている。

 みんなで場外に吹っ飛ばすと勝てるゲームだ。ダメージが蓄積するとより遠くに飛びやすくなるというシステムが、シンプルかつ大胆なアクションゲームへと昇華している。

 そんなゲームをやる中、俺は悶々もんもんと菜乃のことを考えていた。

 これだけ意識するようになったのはたけるとの会話で、だ。

 それまでこんなに執着していなかった。

 でも、これは……?

 いや違う。

 たけるに言われて魅力に気づけただけだ。

 俺はたけるが思っている以上に悪い奴なのかもしれない。

 たけるとの恋を応援しているふりをして、本当は菜乃が好きなのか?

 違う。

 そうではない。

 俺は、そんな気持ちで接してはいない。いなかった。

「ほら、稲荷くんもかな」

 菜乃が自分のコントローラを差し出してくる。

 そこに汚れはない。

 純粋に楽しんで欲しいという気持ちの表れか。

 澄んだ瞳に、形のよい唇。

「ああ」

 おもむろにコントローラを受け取ると、画面を見やる。

 先ほどの結果リザルト画面が出ている。

「菜乃、連勝しているじゃないか。そうとうやりこんでいるな」

 感心するほどの結果だった。

 少し胸がドキッとした。

 俺が暗い顔をしていたのがバレたのかもしれない。

 分からない。

 俺は誰が好きなのか。

 俺は誰が好きなのだ?

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