ガラスのPALMTREE

イノウエ マサズミ

Never say goodbye,never again…

「もう…あたし達はダメなのかな…」


 知子が助手席でそう呟いた。


「俺は…知子次第だと思ってる」


「もうっ、正志君…」


 夜の首都高の大黒パーキングエリアに停めた車の中で、俺達は最後かもしれない話し合いをしていた。


 2人の中がギクシャクし出したのはいつだろう。


 夏に海で出会った頃には、互いが互いを必要としていた。


 必然的に俺達は惹かれ合い、どちらからともなく告白し合い、付き合うようになった。


 そしてデートを重ね、互いの心の傷痕を埋め合う日々を過ごしていた。


 だがいつからだろう、傷痕を埋め終わり、季節が過ぎ去り、お互いに真正面から向き合うと、何故か違和感が残るようになった。


 デートを重ねても、いつも知子から挑発気味に不満を切り出され、それに対して俺が反論すると、知子がより激しく口答えするようになっていた。


 今夜はそんな俺達が、これからも付き合うのか、もう別々の道を歩むのか、決着をつけるためのドライブだった。


 大黒パーキングエリアでしばらくエンジンを止めて話をしたが、知子からの言葉を最後に、車の中は沈黙に覆われていた。


「そろそろ…出ようか」


 俺はエンジンを掛け、車を出発させた。知子は無言のままだった。




 しばらく大黒パーキングエリア独特のらせん状の合流路を上がると、ウインカーを出し、首都高湾岸線の東京方面に入った。


 高速に入っても、知子は黙っていた。


 このまま行くと、ジャンクション次第でどこへでも走っていける。


「次の…大井ジャンクションで、俺たちのこれからを決めよう。もう終わりと知子が思うなら、そう言ってくれ。左に入って芝浦で降りるから」


「あたしに…決めさせるの?」


「ああ。俺達が最近上手くいかないのは、知子が俺のことを好きじゃないから…って思うようになったんだ。だからいつも知子から喧嘩を吹っ掛けてきてただろ?」


「……」


「俺のことを本気で好きじゃないんだって分かった今、いくら俺が知子のことを好きだって言っても、受けてもらえやしない。だから知子に、これからの俺達を決めてほしいんだ」


「…そんな…意地悪…」


 その間も車は首都高湾岸線を快調に走っていく。羽田空港は夜のラッシュなのか、次々に飛行機が降り立っては離陸していく。

 その羽田空港付近を過ぎ、少しずつ大井ジャンクションが近付いてきた。


「もうすぐだ。知子の答えは?」


「……」


「まだ決められない?」


 知子は静かに頷いた。


 正志の運転する車は、大井ジャンクションで左分かれ道に入ることなく、そのまま真っ直ぐ進んだ。


 だが知子はそこで言った。


「なんで…こんな…あたしの心を…試すようなことするの?」


 気が付くと知子は泣いていた。


「…正直に言うよ。俺は、知子のことが好きだ。だけど知子はもう俺のことは好きじゃない。そう思ってる。直接聞いたことはないけど。だから、その確認をしたいんだ」


「あたし、一度でも正志君のこと、嫌いになったなんて、言った?」


「だから、言ってない。だけど態度はもう嫌いだって訴えてるじゃないか、いつも」


 デートに出かけても腕を組んでくれなくなっただけではなく、手すらも繋がず、知子が俺の真横に立つことは減っていた。


(出会った頃は、こんなこと、なかったのに…)


 良く晴れた真冬の夜空だ。リアウインドに月明かりが集まっているようだ。


 最近はすれ違ってばかりの2人だったが、付き合い始めの頃は楽しくて、正志には忘れられない思い出があった。




 付き合って一ヶ月経った日、知子は俺のために星の砂をプレゼントしてくれた。


「これからも仲良くしてね」


「ありがとう。じゃあ俺からも…」


 俺は『トモちゃん』と名前が入ったキーホルダーをプレゼントした。


「えっ、正志君、用意してくれてたの?」


「当たり前じゃん。付き合って一ヶ月記念だもん」


「嬉しい…。これからも一緒にいてね」


 と言って、知子から俺に抱き着いてくれた。


 付き合って一ヶ月記念日は、互いに胸の奥で大切な思い出になったはずだった。


 でもそんな思い出は、知子はもう忘れてしまったのだろうか…。




 車はまだ首都高湾岸線を走り続けている。大井ジャンクションを過ぎると、次々と首都高へと分かれていくジャンクションが現れる。まるでジャンクション毎に、俺と知子の2人の気持ちが試されているようだった。


「俺の気持ちを、最後に言っとくよ」


「うん…」


「俺は別れたくない。今夜でサヨナラなんて、嫌だ」


「正志君…」


「今日、知子をこのまま帰したら、二度と会えない気がする。知子が流星になって消えてしまう気がする。そんなの、嫌だ」


「……」


「だから、もし知子が俺のことをもう好きじゃないとしても、俺は知子のことを思い続ける」


「正志君…」


 知子は乾いた涙が、再び溢れていた。


 俺は首都高湾岸線が終わってしまう手前の、葛西ジャンクションで左へ折れ、中央環状線へ入った。宛もなく走っているが、一応今来た道を別ルートで戻っているような感じだ。


「…正志君の気持ちは、よく分かったわ。あたしの気持ち、言ってもいい?」


「うん。聞かせてくれよ」


「あたしが最近、正志君と喧嘩ばかりだったのはね…」


「うん」


「正志君が好きだから…。だから、正志君の気持ちを試すようなことばかりしちゃってたの」


「えっ…?」


 正志の運転する車は、横浜の方へと折り返して向かいつつあった。綺麗な三日月が、リアウインドからフロントへと位置を変えて見えてきた。


「それって…」


「あたしも、正志君のことが好き。正志君以外の彼氏なんて、考えられない」


 俺は初めて知子の本音を聞いたような気がした。


「じゃあ俺達…」


「別れたくない!ごめんね、正志君の気持ちを弄ぶようなことばかりして。あたしが全部悪いの。途中からはやり過ぎちゃったと思ってた…。だからフラれても仕方ないと思ってたの。でも正志君の気持ちを聞かせてもらって…。やっぱりあたしには正志君がいてくれないと、ダメなんだって再確認したの」


 その知子の言葉を聞いた俺は、アクセルを踏み込んだ。車が加速していく。


「え?正志君?そんな急加速して大丈夫?」


「大丈夫だよ。それと…もう知子のことを逃がさないって意味。これからもよろしくな」


「…うん!」


 車のフロントガラスには、綺麗な三日月が輝いていた。まるで俺達に向かって、恋の矢を放つ弓のように…。


 Never say goodbye,never again…

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ガラスのPALMTREE イノウエ マサズミ @mieharu1970

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