　福島正則隊の傍を通り抜け、最前線に出ようとするその隊はただ１人を除き、一様に赤い甲冑に身を包んでいた。

　徳川四天王の１人、赤備えの井伊直政率いる隊であった。

　直政は家康の意を汲んで、この戦の先鞭をつける気であった。そのための先行である。ところが福島正則隊の足軽頭、可児才蔵がこれに気付き、大声で呼び止めた。

「先鋒は福島正則隊のもの。これより先は如何な御仁とてお通し出来ませぬ」

「役目、大儀。されど、こちらに御座（おわ）すは家康公の御子息、松平忠吉様なるぞ」

「これはご無礼を。されど、これ以上はまかり通ること、なりませぬ」

「うむ。先陣を務める正則殿の邪魔をする気はない。なに、この忠吉様は此度の戦が初陣でな。後学のために、先陣の布陣を見ておきたい――と、こう申されておる」

「それは……。左様でございますか。しかしながら……、後ろに控えておられる方々は鉄砲をお持ちになられておられまする。火縄が点（とも）されておるようですが……？」

「うむ。見分のためとはいえ、先陣の前に出るに、護衛がなくば、忠吉様が危うかろう？　火縄は点っておらねば、いざという時に間に合うまい？」

「はっ、それは左様でございますが……」

「それとも、忠吉様の身に何かあったなら、その方、何とする？」

「はっ……。ご無礼仕りました」

「では、通るぞ」

「はっ……」

　井伊直政が家康の四男の忠吉を建前に持ち出したため、一兵卒の才蔵の身分では、それ以上は咎められようもなかった。才蔵は仕方なく道を譲った。

　さらに先に進み、最前線に躍り出た直政は馬上で鞭を撓らせ、配下の者たちに合図した。供回りの者たちは横に広がり、片膝を付いて、西軍に鉄砲の狙いを定めた。

　もう一度、直政が鞭を振るうと、鉄砲が一斉に火を噴いた。

　火縄銃の怒号を聞いた福島正則が怒鳴った。

「今の鉄砲はどこのものだっ!!」

「分かりません！　ですが、我が隊ではありませぬっ」

「何を～？　先鋒はこの正則のものぞっ!!　抜け駆けは、どこのどいつだぁ!?」

　正則の誰何の声を掻き消すように轟音が轟き、今度は西軍の鉄砲が正則の陣に撃ち込まれた。

「殿っ！　危のうございます！」

「ええい、掛かれぇっ!!　鉄砲隊！　撃てぇ!!」

　正則の号令一下、福島正則隊の鉄砲が、正面に布陣した宇喜多秀家隊に目掛けて、轟音を上げた。

　こうして、　うやむやの混沌の中、のちに〝天下分け目の戦（いくさ）〟と評される〝関ケ原の戦い〟の火蓋が切って落とされたのである。

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