夏休みにクラスメートがようやく付き合い始めたと思ったけどまだ付き合ってないらしい

くれは

さっさと付き合え!

 学校の友達(男子)何人かと夏祭り。

 そりゃあ、可愛い女の子と二人きりで行けたら良いなとか、そんなことも頭をよぎらないでもないけども、その可愛い女の子っていうのを具体的に想像しようとしても、うまくいかない。アイドルの誰っぽい感じとか、アニメのなんとかってキャラとか、なんかそういう「ああいう感じが良いな」みたいなのってあると思うんだけど、それって別にクラスの誰とか隣のクラスの誰とか、そういう感じじゃないんだよな、と思ったりする。

 まあつまり、「浴衣の女の子と夏祭りデート」みたいなシチュエーションに対するもやもやした気持ちはあるにはあるけど、だからと言って具体的に誰かと何かしたいわけじゃないみたいな。

 でもって結局、友達同士で夏祭りにきて、それだって「お祭りだ!」って感じでもなく、屋台で食べ物か飲み物でも買って、だらだらくっちゃべりながら飲み食いして、解散! という、まあ、いつもの放課後の教室じゃん、夏休みなのに何してんのって感じだけど、でも夏なんて案外そんなもんかもねと思いながらたこ焼き食べたりラムネ飲んだりしてた。


 誰かが「アイス食べたい」って言い出して、俺も俺もってなって、なんだじゃあみんなで買いに行くかって笑って移動をはじめてすぐくらいのところだった。

 先頭を歩いていたヤツが、急に両手をばっと広げて足を止めた。

「なんだよ……」

 と言いかけたヤツに向かって「しっ」と潜めた声を出した。

「静かに。黙ってこのまま下がれ、後ろの屋台の向こうに行くぞ」

 なんだそりゃと思ったけれど、誰かがふざけて小声で「ラジャ」と応えてしまったものだから、そこから俺たちは気配を殺して屋台の向こうまで移動した。対戦ゲームで潜む時みたいな感じで移動したつもりだけど、実際のところわらわらと移動する男子の群れは、どのくらい人混みに紛れただろうか。

「あそこ」

 と、先頭だったヤツが顎で指し示した先、そこに見覚えのある顔を見掛けて、みんなで「うわ」と変な声を出してしまった。

 ひょろりと背の高い、クラスメートの男子。その隣にいるのはクラスメートの、小柄な女子。浴衣まで着てる。肩につかないくらいの長さの髪が、こう良い感じに後ろでくるっとなっていて、そこに黄色い花っぽい飾りがあって、うなじの白さが晒されている。

 男の方──プライバシーを考慮して名前は出さないが、まあターゲットAとしよう。ターゲットAはりんご飴を──ちょっと待て! りんご飴だぞ! そんな、ふんわりとイメージする夏祭りデート定番アイテムのりんご飴!! それを当たり前のように買えるか!? そんなさりげない感じで差し出せるのか!? 彼女の方──こちらはターゲットBと呼ぼう。ターゲットBもはにかんだように笑って──いや、その笑顔どこから出てきた!? え、何、二人きりのときはいつもそんな感じなの!?

 待て、ちょっと落ち着こう。落ち着いて観察するんだ。ターゲットBはターゲットAからりんご飴を受け取る。右手にりんご飴、左手にうちわ。ターゲットAはすかさず、ターゲットBの手からうちわを取り上げた。ターゲットBの左手があく。ターゲットAはうちわを左手に持ち替えて、右手を──空っぽの右手をターゲットBの左手の近くで彷徨わせて──ターゲットBは気付いてない、りんご飴に夢中だ、ターゲットAはためらっている、ためらっている、手を握るのか、と思ったその時に、ターゲットBは左手を持ち上げてりんご飴の棒を両手で握り締めた。ターゲットAの右手は空振りだ!!

 その場にいた全員がうめいた。


 いや、まあ、なんとなくそんな気はしてた。というのは、ここにいる全員が思っていたことだと思う。みんな思ってたはずだ、付き合うのは時間の問題だって。

「ようやく、付き合ったんだな、あの二人」

 誰かの言葉に、誰かが反応する。

「いや、付き合ってないんじゃないか、さっきのあれだと。付き合ってるなら、さっさと手くらい握ってるだろ、普段の距離感を考えたらさ」

「付き合ってないのに二人で! 浴衣で! 夏祭りで! りんご飴とか! あるか!?!?!?!?」

「だってあの二人だろ!?!?!?!?!?!?!?!?」

「まあ、待て、落ち着け」

 白熱した議論を止めたドヤ顔。にやりと唇の端を持ち上げた。

「あいつらはな、この間、動物園に行ったらしいぞ、二人で」

「動物園!?」

「二人で!?」

「デートだ! デートじゃないか!」

 ざわざわと騒ぎ始めた俺たちを、そいつは止めなかった。俺たちはひとしきり騒ぐと、静かになって次の言葉を待った。静かになった俺たちを見回して、そいつはふっと笑った。

「俺も思ったよ、お前らなんで付き合ってないんだってな。その時に、あいつは言ったんだ『付き合ってないし、デートじゃない』って」

 しん……と、沈黙。祭りの喧騒の中だというのに、俺たちは静かに静かに、その言葉を噛み締めた。その意味が脳みそに浸透するかどうかという頃になって、そいつは言葉を続けた。

「つまりだ、あいつらはこれもデートだと思ってない可能性があるってことだ」

「……え?」

「休日に! 二人で! 動物園! デートじゃない! 意味わかんねーよ!!!!」

「夏祭りに! 二人で! 浴衣で! りんご飴! デートだろうが!!!!」

 別の誰かが、はあっという溜息と共に、さらなる情報をぶち込んでくる。

「そもそも、その前から二人で出かけてるみたいだしな。休みの日に。やっぱりその時から『デートってわけじゃないけど』とか言ってた」

「なんだよ『けど』って! わけじゃないならなんなんだよ!!!!」

「落ち着け。情報を整理しよう」

 ぴんと立てられた人差し指に、みんなの注目が集まる。

「あの二人は、仲が良い。これに異論はないな」

 全員が頷く。そう、仲が良い。別の言い方をするならば、距離感が近い。ターゲットAがかがんで、ターゲットBの顔の前に自分の顔を近付けるのなんか、よく見る光景だ。あるいは、歩幅の違うターゲットBに合わせて、ゆっくり並んで歩くターゲットAの姿。

 いや、そもそもだ、なんでそんなに並んで歩いてるんだ、あの二人。割としょっちゅう二人で一緒に行動してるってことじゃないか。

「あの二人は、どうやら休日に二人で出かけているらしい。これには確かな証言がある、そうだな」

「本人の自白だ。隣のクラスの第三者による目撃情報もある。間違いない」

 みんなで、うんうんと頷く。

「本人たちは『付き合っていない』と言っている、これも間違いないな」

「そうだな、どちらのルートからも『付き合ってない』という話しか出てきていない」

「彼女の一番の友人にも探りを入れたが、それをくつがえす発言は今のところ見付かってないな」

「ちょっと待ってくれ」

 うつむきがちに、右手の人差し指を額に当てる。左腕を腹の前に置いて、左手の甲に右腕の肘を乗せて、重々しく口を開く。

「それがフェイクって可能性はないのか? 付き合ってるけど隠してる、よく聞く話だろう」

 顔を上げると、目の前でふっと笑われた。

「そんな簡単なこともわからないのか、失望したよ君には」

 正面から指を突きつけられる。

「付き合ってることを隠してるやつはな、そもそも一緒に並んで帰ったりしないし、休日に出かけることも隠したりするんだよ! 一緒に出かけることは隠さずに、付き合ってることだけ隠すようなことは、普通はしないんだよ!!」

「なん……だと……」

 目を見開いて、呆然とした表情を作ると、そのまま地面に膝をつく。両手をついてうなだれる。

「気持ちはわかるよ。あいつらを見てると、嘘だろって思うよな。まだフェイクであってくれた方が、わかる。でもあいつらそうじゃないじゃん!!!!」

「だってどう考えても両思いとか付き合ってるとか、そんな空気感だっただろ!」

 くっと唇を噛んだ後、ちょっと冷静になったので、立ち上がって両手で膝を払った。

「これ、盗み聞きみたいだから、言おうかどうしようか迷ってたんだけど」

 ぼそりと、誰かが言う。俺たちはまた、しん……と押し黙った。

「前に彼女が『こないだウチに来た時』って言ってるのが聞こえて」

 沈黙は、沈黙のままだった。

「別の誰かの話をしていた、という可能性もあるだろう」

 おずおずと切り出された可能性は、だけど、即座に否定された。

「その後に出て来たのが『兄さんがまた遊びに来てって言ってた』だったんだ……っ!」

「家族公認かよ!?!?!?!?」

「さっさと付き合え!!!!!!!!」

 俺たちが騒いでいる間に、ターゲットAとターゲットBはいなくなっていた。結局あの二人は手を繋いだのだろうか、いや、まだ繋げてないに違いない。ほんと手くらいさっさと繋げ。

 みんなでおかしなテンションのまま、祭りの会場を離れてコンビニまで行って、店で涼む。コンビニの効きすぎた冷房の風に頭を冷やされて、全員なんとなく蝉の抜け殻のようになってしまった。みんなでアイスを選んで、コンビニの外でアイスを食べる。ガリガリ君、折半してパピコ、アイスボックス、ピノ。

 みんなで店のゴミ箱の前で無言でアイスを食べて、そのままなんとなく解散することになって、無言のまま帰宅した。その頃にはまだ、ターゲットAとターゲットBは夏祭りを楽しんで、夏休みの思い出を作っていたのかもしれない。


 結局、まだ付き合ってないらしいけど。だからなんでまだ付き合ってないんだよ!

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夏休みにクラスメートがようやく付き合い始めたと思ったけどまだ付き合ってないらしい くれは @kurehaa

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