第6話 真摯な告白。


 アルベールがエルヴィユ子爵家を訪れた、その日の夕方。食事の前に一度自分の部屋へと戻ったカミーユは、ベッドに腰かけて深く息を吐いていた。ベッドサイドに置かれた低めの家具の上には、アルベールから贈られた、見るからに豪勢な木製の小箱が置かれている。


 万が一壊してしまったらと思い、本来ならば私室になど持ち込みたくなかったのだけれど。その中身と言い、受け取った理由と言い、別の場所に置いておくのも気が引けて、ここにあるのだった。




 ……こんなに綺麗な箱、初めて見たわ……。




 普通の邸宅よりも、美術館の方が似合うであろうその装飾。

 この箱を選んだのは彼自身ではなく、この木箱を売っていた店の者らしかった。なんでも、騎士として剣を握って汚れてばかりの自分の美的感覚が優れているとは思えず、店員に見繕ってもらった、とか。


 店員としては、公爵家の嫡男である相手に下手な物を提示するわけにもいかず、最終的にこの木箱が選ばれたのだろう。その様子が目に浮かぶようである。


 おそるおそる手を伸ばして、木箱の蓋に指を添わせる。少し力を入れて開いたそれの中には、見間違うはずもない、銀色の髪の束。

 ぱたん、と軽い音を立てて、蓋を閉じた。同時に、思い切り首を傾げる。


 やはり、分からない。

 なぜ、自分なのか。




「……でも、大丈夫よね」




 一つ息を吐き、呟く。

 どれだけすごい肩書があっても、穏やかに接してくれても。

 彼が、男の人であるという事実に変わりはない。


 途端、脳裏に甦りそうになる光景に、感触に、感情に、カミーユは僅かに息を止めて首を横に振る。

 あれからもう三年も過ぎたというのに、気を抜けばこうして襲い掛かる恐怖。男の人が近付くだけで、息が止まり、何度周囲を驚かせた事か。

 今では、そこまで酷くはないけれど、それでも。


 このような状態で、公爵家の夫人に、なんて。

 『有り得ない』という言葉が、自分には一番よく似合っていた。





「……私の状態はもちろん、お父様も反対してくれている以上、この婚約は成立しないから」




 返却されるまで、傷一つないように大事に預かっておこうと、木箱を前にそう思った、その翌日の昼過ぎ。

 カミーユは今までにないほど着飾った姿で、玄関ホールに立っていた。他でもない、父の指示で。


 信じられない、というのが、心の底からの感想である。




「そんな顔しないの、カミーユ。大丈夫よ。ブラン卿はあなたが男の人を怖がっていることもちゃんと知っておられるから。お父様がそうお伝えしたそうよ。だから安心して、お話してらっしゃい」




 隣に並んだ母、アナベルが、先日の心配そうな様子とは一変して、なぜか嬉しそうにさえ見える表情でそう告げてくる。思わず怪訝な顔をしてしまうが、それにさえもアナベルは機嫌よさげに「もうすぐいらっしゃるわよ」と笑った。

 まだ約束の時間より半時以上も早いのだけど、と思ったが、そのあまりの上機嫌ぶりに何も言えなくなってしまう。


 なぜ、一夜にしてこうも状況が変わってしまったのだろうか。おそらくは、昨日カミーユが部屋へと下がった際に、アルベールと父、バスチアンが話した内容によるものだろう。アナベルもまた、その後にバスチアンから話を聞いているはずだから。


 騎士の家系である父も、その一族と共に過ごしてきた母も、貴族と言えど本人の気持ちの伴わない政略結婚を推し進めるような人たちではなく、男の人に対して恐怖を覚えるカミーユに、結婚を強要するつもりなどないと、そう言っていたというのに。


 昨日、二人は一体どのような言葉を交わしたというのだろうか。




「……あら。いらしたみたいだわ」




 考え込んだカミーユの耳に、アナベルの朗らかな声が届く。再び時計を見るが、急にその針が進んでいるというわけもなく、やはりどう目を凝らしても約束より半時は早い時刻。


 驚き、顔を上げた先には、大きく開いた玄関扉。その向こうに見える、白銀の髪を持つ、すらりと背の高い男の姿。彼はその美術品のように美しい容貌に、昨日この屋敷を訪れるまでは見たこともなかった、嬉しそうな笑みを浮かべていた。




「ようこそ、ブラン卿。昨日ぶりですわね」


「ごきげんよう、カルリエ夫人。お出迎え頂きありがとうございます」




 アナベルが挨拶をすれば、アルベールは昨日とは違って貴族の挨拶ではなく、胸に手を当てる騎士としての礼の形を取る。ぴしりとした態度で挨拶をする彼は、失礼と感じない程度の間を空けた後、カミーユの方へと向き直った。




「ごきげんよう、カミーユ嬢。今日はまた、一段と美しい」




 さらりと告げられた言葉はあまりにも自然で、しかしあまりの意外さに一瞬呆気に取られてしまう。


 お世辞とはいえ、自分はもちろん、他の令嬢にそのようなことを言っていると聞いたこともない。令嬢たちの間で、彼の言動は常に筒抜けであったから。彼の不愛想具合はと言えば、挨拶をして、無表情のままに「ごきげんよう」とでも返してくれたら運が良いと言われるほどなのである。


 あまりに驚いていたものだから、「カミーユ嬢?」と不思議そうに首を傾げられて、はっとする。挨拶を受けて何も返さないのは、さすがに失礼だ。

 慌ててドレスを摘まんで礼の形を取り、カミーユもまた「ごきげんよう、ブラン卿」と応えた。




「閣下の方こそ、今日も素敵ですわ。お召し物もとてもよくお似合いですわね」




 自分の衣装も、質素倹約を心情とするカルリエ家には珍しいほどに華美なものであったが、アルベールの衣装はそれに輪をかけて、今から王宮のティーパーティにでも行くのかという程には質も良く、精緻なデザインが施してあった。

 昨日の衣装と言い、公爵家の物としてはこのくらいの物が普段着なのだろうかと僅かに眩暈を覚えたカミーユに、しかしアルベールは嬉しそうにその麗しい顔を緩めると、「本当か?」と呟いた。




「貴女に会うから、似合う物を選んで欲しいと侍女たちに頼んだのだ。貴女がそう言ってくれるのなら、着飾った甲斐があった」




 「後で侍女たちに礼を言わねば」と続けるアルベールの表情は、男性への表現として正解かどうか分からないが、まるで花のように綻んでいて。そこまで大袈裟に受け取られるとは思わなかったカミーユは、少々怯みながら、ただ「そうでしたか」と当たり障りのない言葉を返した。




「昨日もそうだったが、普段は服装になど気を使わないものだから、侍女たちが張り切っていた。……ああ、そうだ。忘れるところだった」




 言うと同時に、彼は背後に控えていた侍従に何やら合図をする。侍従は一度頭を下げて後ろに退がり、次にアルベールの元に戻ってきた時には、淡い色合いの花束を抱えていた。




「花が好きだと人伝てに聞いた。君が好む花かは分からないが……。よければ飾って欲しい」




 侍従から受け取った花束を差し出し、アルベールはそう言って微笑む。それほど大きくはないものの、ところどころにレースやリボンが編み込まれており、とても手が掛かっていることが一目で見受けられる、愛らしい花束である。


 両手で受け取ったそれに顔を近づければ、甘い香りに知らず頬がほころんだ。





「わざわざありがとうございます。ブラン卿。部屋に飾らせて頂きますわね」




 本当に自分の好みの花を知らなかったのだろうかと思う程、好きな花たちが溢れる花束。

 「とても綺麗ですわ」、と心から思ってそう言えば、アルベールの方が一層嬉しそうに笑みを深め、「気に入ってくれたならば、良かった」と呟く。そのあまりの屈託なさからは、英雄と称される騎士としての彼の姿は想像も出来なかった。




「さぁさぁ、カミーユ。閣下を玄関先で立ち話させるわけにはいかないわ。庭の方にテーブルを用意していますから、案内して差し上げなさいな」




 アルベールの予想外の表情に固まったカミーユに、アナベルがそう声をかけてくる。その言葉にはっとして、カミーユは頷いた。「それではブラン卿、こちらへ……」と、踵を返そうとして。


 「アルベール、と呼んでくれないか」と、彼は呟いた。




「昨日も伝えた通り、私は君と、そしてエルヴィユ子爵家の方々と、気兼ねない仲になりたいと思っている。どうか」




 まるで切実な願い事のように、胸に手を当てて言うアルベールに、カミーユは逡巡した後、アナベルの方へと顔を向ける。

 求婚されているとはいえ、本人も伯爵の地位にある公爵家の嫡男の名を、気軽に口にして良いものか判断出来なかったから。


 しかしアナベルは穏やかに微笑むと、「そのように呼ばせて頂きなさい」と呟いた。「せっかく閣下がそう仰ってくださっているのですから」、と。

 本当に良いのだろうかと思うも、反論するというのもおかしな話なので、カミーユは一つ頷き、もう一度口を開いた。




「庭の方へ案内いたしますので、こちらへどうぞ。……アルベール、様」




 躊躇いながら言えば、アルベールはまたその美しい顔を綻ばせて、「ああ。頼む」と応えた。


 昨日と同じように歩き出したカミーユの横を、数歩分の距離をとってアルベールは足を進める。背後に男の人がいることを怖がるカミーユの事情を、父、バスチアンから聞いたのだろう。何を言うわけでもないが、視界の隅にアルベールの姿が映るため、思ったよりも緊張することなく案内することが出来た。


 屋敷の中を通り、裏手にある扉をくぐってから、庭へと向かう。エルヴィユ子爵家の庭は、他の貴族の屋敷とは違って、随分とこぢんまりとしていた。

 それというのも、このエルヴィユ子爵家の成り立ちが関係しているのだろう。


 国内でも四つの家門にしか許されていない、騎士団を持つことが許されている家門の一つが、エルヴィユ子爵家である。古くから続く名家であり、初代のエルヴィユ子爵から現代に至るまで、数多くの有名騎士を輩出している騎士の家門だ。


 中でも、バスチアンの祖父に当たる、先々代のエルヴィユ子爵は、その実力だけでギャロワ王国の王国騎士団長となった傑物であった。度重なる隣国からの侵略を防ぎ切った功績を称えられ、騎士の育成とギャロワ王国の守護のために騎士団を持つことを許された、国内でも有数の人物なのである。


 ちなみに、現当主である父、バスチアンは、本人も十年前までは王国騎士団に勤めた騎士であったが、育成へと力を入れるために早々に職を辞している。現在は家門の騎士団であるエルヴィユ騎士団の団長として、訓練所で日々を送っていた。


 そんな経緯があるため、先々代のエルヴィユ子爵の代に、屋敷は大幅に改築されたのだとされている。屋敷の敷地の半分近くは、騎士や騎士見習いたちが訓練に使う訓練所と、それに伴う休憩施設や、彼らが住んでいる寮が建っており、カルリエ家の者たちが生活空間として使っている敷地は残りの半分なのだった。

 敷地自体は、他の同位貴族たちよりも少し小さいだろうかというほどなのだが、そのような内訳のため、どうしても屋敷の余裕部分ともいえる庭の面積が狭くなってしまったというわけだ。


 もっとも、だからと言って何が困るわけではなく。エルヴィユ子爵家としては、貴族としての体裁よりも、家門の騎士たちの快適さが優先されるため、誰も気にも留めていないのであった。


 遠くから、訓練中の騎士たちの声が聞こえてくる。エルヴィユ子爵家の、当たり前の日常。腕の良い騎士を輩出するとして有名なこの家の騎士見習いには、貴族の子息だけでなく、騎士の位もない平民の者もいる。広く門戸を開き、互いに切磋琢磨する彼らは、エルヴィユ子爵家の誇りでもあった。




「……さすがはエルヴィユ子爵家だな。訓練にも気合いが入っている。私の家の騎士団にも、エルヴィユ騎士団を得て配属された者がいるが、やはり基礎がしっかりと身についていた。教え方が良いのだろう」




 声の聞こえる方に視線を向けながら、アルベールはそう真面目な顔で呟く。

 家門の自慢の騎士を褒められ、思わず頬を緩めるも、ふと思った。彼は、私と話すよりも、きっと。




「あちらに行った方が、アルベール様は楽しいでしょうね」




 知らず、ぽつりと呟く。

 怖がって近寄ることも出来ず、上手く話すことも出来ない自分といても、面白いことはないだろうに。


 騎士たちの相手をした方が、話も合うだろう。それに、英雄と名高いアルベール・ブランと言葉を交わせると知れば、エルヴィユ騎士団の者たちも嬉しいだろうから。


 そんなカミーユの言葉を拾ったようで、アルベールはちらりとこちらを見た後、ふっと優しい笑みを浮かべた。「そう思うか?」と言いながら。




「英雄にしても、公爵家の嫡男にしても、ただ言葉を交わすとすれば、彼らにしては扱いづらい相手だろう。交わすものが剣であれば、お互い、それなりに楽しめそうだが、残念ながらこの服でそれは出来そうにない。……それに、俺としてはこうして君の傍にいる方が遥かに楽しい」




 「剣の手合わせならば誰とでも出来るが、君は一人しかいないからな」と、彼は続けていて。こちらを見つめるその楽しそうな表情に、カミーユはただ「そう、ですか」という、曖昧な返事をすることしか出来なかった。


 庭先に準備されていたテーブルにアルベールを案内し、自分もまたその向かい側の席につく。テーブルの上には、良い香りの漂うダージリンの紅茶に、お茶請けとして用意されたいくつかの柔らかそうな焼き菓子。


 美味しそう、と思いながら焼き菓子を眺めるけれど、さすがにアルベールが目の前にいるこの状態で好きに手を伸ばすわけにもいかず。カミーユは内心で軽く溜息をついた後、姿勢を正してアルベールへと向き直って。

 思わず固まってしまった。真っ直ぐにこちらを見る、深い藍色の目に驚いたから。


 長い銀色の睫毛を僅かに伏せ、嬉しそう、というよりも幸せそうな表情で、彼はカミーユの方を見ていた。少しも視線を逸らすことなく、ただ、じっと。

 その雰囲気の柔らかさに、普段ならば男の人の視線から感じる恐怖もなく、むしろ戸惑いだけが胸の内に湧き上がる。


 一体、なぜ彼は、これほどまでに幸福そうに自分を見るのだろうか。


 居た堪れなくなって、失礼にならない程度に顔を逸らし、再びちらりと目だけでアルベールの方を覗う。案の定というべきか、その藍色の目がカミーユから外れることは、一度としてなくて。

 数分の逡巡の末、「あの……」と、堪らず声をかけた。




「あの、何か私の顔についておりますか……?」




 特別におかしな化粧を施したつもりもなければ、面白い表情を作っているわけでもないのだが。いや、自分がそう思っているだけで、なにか奇妙に見えるところでもあるのだろうか。それにしては、彼の表情はそういった類のものを見る顔ではない気がするが。


 ぐるぐると思考を巡らせるカミーユの言葉に、アルベールは少し驚いたように瞬きを数度繰り返した後、「ああ、すまない。そうではないんだ」と、再び嬉しそうに笑った。




「君が、こんなに傍にいることが嬉しくて。その愛らしい様相を、全てこの目に映しとれたらと考えていただけだ。驚かせてしまってすまないが、許して欲しい」




 恥ずかしげもなく告げられた言葉にたじろぐも、謝られるほどの事ではないため、「い、いえ、別に構いません……」と応える。カミーユの知っている、周囲の人たちから聞いた彼の姿とのあまりの違いに素直に驚きながら。




 皆さんが知らないだけで、案外遊んでらしたのかしら……?




 あまりに自然な言葉は、どちらかといえば口説き文句に近いものだ。彼の容貌でそれを口にすれば、カミーユのように特殊な事情がない限り、彼の虜となるのにそうかからないだろう。

 そう思う程には、アルベールはうっとりと、幸せそうな顔をしていた。


 けれどそれならば、と思うのだ。

 やはり、合点がいかないのである。なぜ、自分に求婚したのか。その根本的な点が。

 まずはそこから聞いてみなければと、カミーユは息を決して、「あの……」と再び口を開いた。




「不躾を承知でお聞きしたいのですが、……なぜ、私に求婚されたのか、お聞きしても構いませんか?」




 自分を哀れんだためだろうと思っていたけれど、はたしてそれだけの理由で公爵の地位につくことが決定しているほどの人物が、たかが子爵家の令嬢に求婚するだろうか。もし何らかの理由があるとしても、家門の信用に足る人物をあてがう方が理にかなっているはずだ。それなのに、なぜ。


 考え続けても答えの出なかった問いを本人へとぶつけ、カミーユは静かにその返答を待つ。

 アルベールはまた数度瞬きをした後、ゆったりと組んでいた長い足を組み替え、柔らかく微笑んだ。「決まっている」と、呟きながら。




「ずっと、君を愛していたからだ。君が、クラルティ伯爵家の次男と婚約を発表する前から、ずっと」




 静かに告げられた言葉。その単語の一つ一つは頭に入って来たけれど、その意味が上手く呑み込めず、カミーユはこてんと首を傾げた。

 一体、どういうことだろう。


 そんな考えが顔に出ていたのか、途端、アルベールがその目を柔らかく細める。何やら口許だけで言葉を紡いだ後、「そう、悩むようなことではないはずだが」と、今度はカミーユにも聞こえる声量で呟いた。




「言葉の通りの意味だ。私は、ずっと君を愛していた。だからあの時、君が婚約を解消すると聞いて、すぐに求婚した。……また誰かに奪われたくはなかったからな」




 「それだけの話だ」と、彼は真っ直ぐに答えてくれる。気負うこともなく、まるでそれが当然のように静かな表情で。

 けれど。




 その『それだけの話』が、信じがたいのですが……。




 アルベールは自分を愛しているという。彼からすれば格の違う、ただの子爵家の令嬢である自分を。

 そもそも、身分差などを抜きにして考えてみても、だ。




「……申し訳ありません、アルベール様。やはりわたくしは信じられませんわ。挨拶を交わす以外、お話したこともないというのに、愛していると言われましても……」




 困惑したまま頬に手を当てて、そう呟く。万が一にも有り得ないとは思うが、一目惚れをした、という方がまだ話が分かるというもの。

 それなのに、ずっと愛していたというのは、カミーユにとってはあまりにも納得が出来ない言葉だった。


 アルベールはそんなカミーユの様子を見ながら、しかしその顔の笑みを消すことはなかった。




「それには私も同意見だ。言葉を交わすこともなく、愛していると言われても困るだろう。私ならば、相手を知った上で想いを伝えたいと思うが」




 どこか含みのある笑みと共に紡がれた言葉。それを、ゆっくりと脳裏で反芻しながら思う。アルベールが今言ったことが本心であるならば。




 私たちは、どこかで会ったことが、ある?




 それも、一度と言わず、何度も。そしてしっかりと言葉を交わして、お互いを知った上で自分は想いを伝えているのだ。彼が言いたいのはそういうことだろうか。そう、思うけれど。


 ちらりと、すぐそこにある美しい容貌を見て、重なる視線に慌てて視線を逸らす。あまりにも忘れがたい、その姿。




 いくら私が男の人が怖いからと言っても、彼のような人と言葉を交わしておきながら、忘れられるものかしら。




 視線を目の前の紅茶まで落とし、首を傾げて百面相するカミーユの姿を、藍色の瞳は相変わらず幸せそうな色を浮かべて、真っ直ぐに見つめていた。

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