第十一話 常識、倫理、正義

 リョウとマサの二人が同時に「せーの!」と言って裕也の背中を蹴ると、はじめて二人のブーツからブザーが鳴った。

 四人は一斉に新士を見たが、新士は豚バラの焼け具合を確認しながら「音が揃ってないぞ。」と言った。

 四人は一斉に何か叫んでいたが、新士がそれを無視して焼けあがった豚バラを箸でつまんで食べると、リョウとマサは慌てて裕也に向き直り、「せーの!」と言って裕也の背中を蹴った。


 やっと音が揃ったのは何度目だっただろうか。

 ブザーが同時に鳴り、「おっ、今のは成功だ。」と新士が言った時には、裕也は地面に這いつくばり、リョウとマサの動作は蹴るというより踏みつけるような恰好になっていた。


 新士は残った豚バラを全て焼き、皿に載せた。

 残った豚バラは三枚だった。

 新士は立てなくなった裕也以外の三人を立たせ、首輪のロープをピンピンに引っ張ってその場から自由に動けないようにすると、皿を持って裕也に近付いた。


 「全員よく聞け。今日の食事は豚バラ三枚だ。まずはじめに弱ってる裕也に食わせる。裕也が残した分を三人に配る。」と新士は言った。

 リョウとマサが何か叫び出したが、「口の粘着テープを外した時、喋ったり唾を飛ばしたりしたら飯は抜きだ。」と新士が言うと黙った。


 新士は裕也の口の粘着テープを剥がして、豚バラを一切れ口に入れてやった。

 どういう感情なのか、裕也は涙を流しながらそれを噛んで飲み込んだ。

 新士が「まだ食うか?」と聞くと、裕也は黙って頷いた。


 結局、裕也は豚バラ三枚を全部一人で食べてしまった。

 空になった皿を、残りの三人が呆然と見ていた。

 新士が何も言わずに駐車場を立ち去ろうとすると、三人は一斉に何か叫び出したが、新士は取り合わず駐車場を後にした。


 ☆☆☆


 次の日の朝、新士が駐車場に行くと裕也が死んでいた。

 散々蹴られたせいだろう、昨晩食わせた豚バラを夜中に戻したようで、それが気道に詰まって窒息死したようだ。

 口を粘着テープで塞いでいるので無理もない。

 

 新士は三人に、「残念だが、裕也が死んだ。海に沈めるから棺桶を作れ。」と告げた。

 美代は鬼の形相で新士に食ってかかろうとしたが、新士がブーツを持ってきて「蹴られる方がいいか?」と聞くと大人しくなった。

 新士は三人の前にロールの金網を転がしてきて、クリッパーと針金の束を置くと、「裕也を金網で三重に巻いて、金網が開かないよう針金で留めろ。終わったら食事だ。」と言った。

 

 リョウがクリッパーで金網をロールから切り分け、三人で切り分けた金網の端に裕也を載せ、金網ごと裕也の体を回転させて金網を巻きつけた。

 金網が開かないように美代が針金で端から順に留めていった。

 リョウとマサは頭の上側と足の下側の金網を折り返して美代が針金で結ぶのを待っている。


 2日間何も食べてない割には、フラフラしながらも作業は順調に進んでいたが、金網を押さえていたリョウの後頭部を美代がクリッパーで思い切り殴ったので、作業は途中で中断してしまった。

 美代は、リョウのせいで裕也が死んだと叫んでいるようだった。


 リョウは後頭部の出血を手で押さえながら、美代を指差していたが、何も言わずに倒れ込み、少しの間痙攣して、その後動かなくなった。

 マサがその様子を見て美代を突きとばしたため、美代は地面に倒れ込み、美代が手にしていたクリッパーは新士の足元に転がってきた。


 マサは自分で口の粘着テープを剥がし、「もういい加減にしてくれよ!いつまでこんな拷問続けるんだよ?!」と新士に向かって言った。

 マサと美代は新士をじっと睨みつけた。

 新士は足元のクリッパーを拾い上げ、マサに近づくと「お前たちが他人にやってきたことを体験してもらってるだけだが、お前たちが彼らにやっていたのは拷問だったのか?」と聞いた。


 マサと美代はそう言った新士の目を見て固まった。

 新士の目からは、常識、倫理、正義といった類の感情がスッポリと抜け落ちていた。

 新士は美代に向き直って続けて言った。

 「美代、お前が弁護士に言った言葉だ。『あいつらが勝手に死んだんだ。』だろ?」


 美代は両手で耳を塞いでガタガタと震え出した。

 新士はクリッパーをマサに手渡すと、「大丈夫、今日作る棺桶が一つ増えただけだ。まだ晩飯には間に合う。」と言ったが、もう二人が動き出す気配はなかった。

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