第十話 食事

 新士が船内の駐車場へ降りると、四人は全裸で手足を拘束された状態で目と口に粘着テープを貼られて横たわっていた。

 首には天井からロープでぶら下がった首輪が繋がれている。

 目を覚ました四人は、何か叫んでお互いの生存を確認し合っているようだったので、新士は椅子に座って少しその様子を見ることにした。


 しばらくして少し大人しくなったので、「全員聞け。色々聞きたいことはあるだろうが、質問には一切答えない。何も喋らず、こちらの指示にだけ従え。分かったら頷け。足の拘束を解いてやる。」と新士は言った。

 裕也と美代の兄妹は一斉に何か叫び始めたが、リョウとマサは黙って頷いたので足の拘束を解いてやった。

 リョウとマサは立ち上がってはじめて首輪の存在に気付いたようで、首を回して危険なものかどうかを確認していた。


 しばらくして裕也と美代の叫ぶ勢いが弱まったので、新士はさっきと同じセリフを繰り返した。

 今度は二人とも不承不承頷いたので、足の拘束を解いてやった。

 同時に四人の目に貼ってあった粘着テープを順番に剥がしてやると、全員眩しそうにしながらも、自分と周囲の様子を恐る恐る伺った。


 美代が体を捩って何か叫んでいる。

 おそらく全裸であることに抗議しているのであろう。

 新士はファイルをテーブルに置くと、ヤマト旅館と書かれたバンからブーツを一組持ってきてリョウとマサの前に置いた。

 

 「リョウは右足、マサは左足に、片方ずつそれを履け。」と新士は言った。

 リョウとマサが片方ずつブーツを履くと、「じゃあ、踵で地面を蹴ってみろ。」と新士は言った。

 リョウとマサは顔を見合わせながら、恐る恐る踵で地面を蹴った。

 「もっと強くだ。」と新士に言われて、リョウとマサがさっきよりも強く地面を蹴ると、踵から『ビーッ』っとブザー音が鳴った。


 「よし、じゃあルールを説明する。今からリョウとマサで同時に裕也を蹴飛ばせ。ブザーの音がきちんと同時に鳴ったら飯にする。」と新士は言った。

 リョウとマサは困惑した表情で顔を見合わせ、裕也は怒り狂った様子で何か叫んでいる。

 口に粘着テープを貼っているので聞こえないが、顎を下から上に何度もしゃくりあげながら新士に向かって叫んでいる。

 おそらく「てめー、いい加減にしろよ!こんな事してただで済むと思うなよ!!」だろう。


 新士は裕也を無視して、リョウとマサに「やれ。得意だろ?」と言った。

 顔を見合わせて(どうする?)と目配せしているリョウとマサに、「やらないと飯はないぞ。」と新士は言った。

 その日はリョウとマサが裕也を蹴飛ばすことはなく、四人全員が飯抜きとなった。


 ☆☆☆


 次の日の朝、新士は駐車場にバーベキューのグリルを持ち込んで、牛肉のパテを焼いた。

 パテは旨そうに肉汁を滴らせ、ジュウジュウと食欲を刺激する音を立ててこんがり焼けた。

 新士はこんがり焼けたパテをバンズに挟むと、レタスとトマトとチーズを足して、コーヒーと一緒に旨そうに食べた。

 リョウとマサは生唾を飲み込みながらその様子を眺め、裕也はそんなリョウとマサに向かって何かを叫んでいた。


 昼は大きなソーセージを焼いた。

 焼いている途中で「パチッ」と派手な音を立ててソーセージの表面が割れ、中から溢れ出た肉汁が鉄板の上で踊るように弾けながら蒸発して、辺りに香ばしい匂いが充満した。


 夜に大きめに切られた豚バラを焼き始めた時、新士は四人にこう言った。

 「これが今日最後の食事のチャンスだ。早くしないと全部食っちまうぞ。」

 焼けた鉄板に豚バラを載せると、「ジュウッ」と大きな音が静かな駐車場に響き渡った。


 リョウとマサは目配せして立ち上がると、裕也の方へ近付き何か問いかけるように粘着テープの奥でうめいた。

 「もうやるしかねーよ。一回ちょこっと蹴ればいいだけだ。いいだろ?」とリョウとマサが言っているようで、「ふざけんなよ!やったら許さねーぞ!」と裕也が叫んでいるように思える。


 リョウとマサは裕也の背後に回ろうとしたが、裕也がそれを避けてギャーギャー叫びながら二人の方に向き直るので、二人は蹴ろうにも蹴れない。

 新士はその様子を見ながら、最初に投入した豚バラを箸でつまんで「おー、焼けた。」と言って食べた。

 新士は「うまい。」と言ったあと、リョウとマサを見て「なくなるぞ?」と言った。


 その直後、リョウがマサにおそらく「せーの!」と言ったのだろう、裕也の腰あたりを軽く蹴った。

 軽すぎたのか、ブザーは鳴らなかった。

 裕也は激怒して、リョウを睨みつけて烈火のごとく叫んでいる。

 リョウは構わず、マサを見て「せーの!」と唸った。

 今度はマサも裕也の腰辺りを軽く蹴ったが、二人ともブザーは鳴らなかった。

 

 何度か同じことを繰り返した後、裕也は観念したのかその場に座り込んで、二人の方に既に痣だらけになった背中を向けた。

 それまで裕也と一緒に何かを叫び続けていた美代も、今は黙って二人を睨みつけているだけだった。

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