第八話 団体客

 その日の夜、新士は祖父母に航海に出かけると告げると、山小屋に向かった。

 新士が山小屋でコーヒーを片手に、壁に貼ってあった資料を一枚ずつ内容を確認しながら剥がしてファイルに納めていると、ガレージにバンが入ってきた。

 ニコニコ清掃㈲と書かれたバンは、手慣れた様子でガレージに後ろ向きに駐車された。


 バンから降りて来た青いツナギにキャップを被った男は、入口のドアを叩くと「こんばんは、車です。」と言った。

 新士は部屋の中から、「車さん、中に入ってください。」と大きな声で言うと、「おじゃまします。」と言って入ってきた車さんにコーヒーを手渡した。

 車さんはコーヒーを受け取ると、「壁に残った資料を見ながら、今回は団体さんですね。」と言った。

 「ええ、力仕事になりそうです。」と新士は言って、一緒に壁に残った一枚の雑誌の切り抜きを見た。


 切り抜きには、『居座り軟禁事件の元少年少女の現在の姿!』と書かれて、目に黒い線が入れられた若い男女が下品に笑っている写真が写っていた。

 記事にはこう書かれていた。

 

 当時15歳~17歳の少年ABC三人と少女D一人は、少年Aのクラスメート大槻智也さん(仮名)の家に居座り、智也さんとその母親マリさん(仮名)を軟禁し、衣食住の面倒を見させた上に虐待を繰り返し、智也さんが衰弱死するとその死体をマリさんに庭に埋めさせ、更にマリさんは自ら庭に彫った穴に殺害されたあと埋められた。

 この少年少女四人は、長期の海外勤務から戻った智也さんの父智彦さん(仮名)に通報されて逮捕されたが、少年法に守られた形で四人は数年後に少年院から出所した。


 新士が調べた限り、23歳~25歳となったこの四人は、少年院を出所した後も少年Aがリーダーとなり、不慮の事故で一家の主を亡くした家庭を調べ、言葉巧みに近付き同じようなことを繰り返している。


 近所の通報で警察とトラブルになることもあるが、被害者と思われる家族が「そのような事実はありません。」と主張するため逮捕には至っていない。

 しかし誰の目から見ても、被害者が脅迫されているか、洗脳状態にあることは明白である。

 このような状態にある被害者の多くは、報復を恐れて逃げられる状態であっても逃げない、助けを求めないケースが多く、警察としても手を出しにくいため放置状態となることが多い。

 現在四人は、田辺良子(母)と孝雄(長男)の母子家庭に居座っており、事故で亡くなった田辺俊介(父)の保険金で贅の限りをつくしていた。


 車さんは、怒りなのか、悲しみなのか分からないが、コーヒーを持つ手が微かに震えているようだった。

 更生丸の乗組員はみんな、喜朗おじさんに大きな借りがあると船長は言った。

 借りとはつまり、車さんも何かの事件の被害者で、喜朗おじさんに法律の外で犯人を葬ってもらったということだろう。


 もしかすると、今回のターゲットが犯している罪は、車さんの大切な人を奪った犯人のそれとラップする部分があるのかも知れないと新士は思った。

 新士はそんな車さんの様子を見て、「じゃあ、道具を積み込みましょうか。」とわざと少し明るい声で言った。


 ☆☆☆


 新士は髪を7:3に分け、銀縁の眼鏡に法被を羽織って新幹線の改札口にいた。

 法被にはヤマト旅館と刺繍がされ、手には『雨森様御一行』と書かれたプレートを持っている。

 過疎化が進んだ地方の新幹線改札口は、旅行シーズンこそ賑わいを見せるものの、お盆を過ぎた現在は閑散としていた。


 しばらくすると改札の向こうから、四人全員が派手なアロハシャツを着た下品な男女がゲラゲラ笑いながらやってきた。

 改札で財布にしまった切符を取り出そうとしていた老婆に、美代が引いていたスーツケースが派手にぶつかったが、美代は謝るどころか舌打ちをして老婆を睨みつけた。

 (やれやれ、調査内容の通りだな・・・。)と新士は思いながら、老婆に軽く会釈をした。


 赤い髪のリョウが、「あれ、俺たちの旅館が迎えに来てんじゃん。」と、新士の手に持ったプレートを見ながら言った。

 「お待ちしておりました。旅館までご案内致します。五十嵐です。」と新士は挨拶したが、四人は挨拶など聞く素振りも見せず、荷物を新士の前に投げ出すと、土産屋や喫煙所へバラバラと散って行ってしまった。


 新士が四人の荷物を二往復してバンに入れて戻って来ると、男三人はビールを片手に「兄さん、ここだよ。」と喫煙所の前から手招きした。

 「お待たせ致しました。それでは参りましょうか・・・。あれ、女性のお客様は?」と新士が言うと、「あいつはもうちょっと土産屋見るって言ってるから、俺たち先に行って温泉入らせてもらうわ。」と青い髪のマサが言った。


 「女性のお客様もお待ちしますので大丈夫ですよ。」と新士は言ったが、「いや、温泉入りたいから連れてってよ。」とマサがもう一度言ってきた。

 新士は何か助け船を出してくれるかと他の二人の顔を見たが、二人とも「俺たちを一度旅館まで運んで、お前がもう一度女を迎えに来い」と言う顔で新士を睨んでいた。


 (やれやれ、早速計画変更が必要だな。)と心の中で思いながらも、新士は笑顔で「了解致しました。それではご案内致します。」と言い、美代に「30分後にまた来ます。」と告げ、電話番号を聞きいてから三人を駐車場へ案内した。

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