第5話 見惚れてしまう

「じゃあ、まーくん。また来るね~♪」


「真尋くん、お邪魔しました」


「あはは、どうも~……」


 僕は苦笑いをしながら、前島さんと天音さんを見送った。


 玄関ドアを閉じてリビングに戻る。


 ぐちゃっとしたその場を見て、ため息を漏らす。


「早く片付けて、夕飯の支度をしないと」


 その時だった。


 ピンポーン、と。


 玄関のチャイムが鳴る。


「げっ」


 と思わず口にしてしまう。


 あの2人、何か忘れ物でもしたのかな?


 僕は肩を落としたまま玄関に向かう。


 どうか、また面倒なことが起きませんようにと願いながら。


 ドアを開けた。


「……えっ?」


 けど、そこに立っていたのは、先ほどまでいた2人ではなかった。


「市野沢……さん?」


 いつもはモデルらしく、堂々と立っている彼女が。


 何だかシュンとして、顔をうつむけていた。


「……ごめんね、真尋。いきなり来ちゃって」


「いや、あの……どうしたの?」


「ちょっと、真尋の顔が見たくなっちゃって」


 少し泣きそうな彼女の顔を見て、ドキッとしてしまう。


 いやいや、落ち着け。


「え、えっと……上がる?」


 僕が言うと、市野沢さんはコクリと頷く。


 それから、彼女はしずしずと僕の家の中に入った。


 いつも通り、リビングへ通すけど……


「あっ、ごめん。散らかったままだ」


「良いよ、気にしないで。座っても、良いかな?」


「う、うん」


 いつもは遠慮なしにドカッと女王様座りをするのに。


 今はしとやかなお嬢様みたいに、そっと座った。


 僕もソファーに座る。


 しばし、チクタクと時計の音だけが聞えていた。


「……彼氏とケンカをしたの」


「えっ?」


些細ささいなことなんだけどね」


「そ、そうなんだ……ちなみに、どんなことで?」


「お互いに仕事終わりで疲れていたから、マッサージをしてもらったの。ほらこの前、真尋にもしてもらったでしょ?」


「ああ、うん」


「で、陸斗……彼氏にもしてもらったんだけど……ただ、痛くて。全然、気持ち良くなかったの……真尋がやってくれた時みたいに」


「いや、僕なんて、そんな……」


「で、痛いって言ってもやめてくれないから、うつ伏せの姿勢のままつい蹴っちゃって……ケンカしちゃったの」


「そっか……」


「私って、ダメな女なのかな……?」


 いつになく落ち込んでいる様子の彼女を見て、


「そんなことないよ」


 僕は言う。


「でも、真尋だって正直、迷惑しているでしょ? いつも、好き勝手に入り浸って、溜まり場にされて……」


「まあ、それは正直困るけど……でも、市野沢さんは美人で可愛いし、スタイルが良いし。それに中身だって、ちゃんと優しいでしょ」


「そう、かな?」


「だって、コンビニで一緒に、その……選んでくれたし……お金だって」


「……あ、そうだ。そのお金、真尋のマッサージ代に回しても良いかな?」


「えっ?」


「陸斗の下手くそなマッサージでむしろ疲れが溜まっちゃって……だから、お願い」


 そう言って、市野沢さんは、ソファーの上でうつ伏せになった。


 制服姿のまま、こんな大胆な姿を……


「ほ、本当に良いの?」


「うん……お願い、真尋」


「じゃ、じゃあ、ちょっとだけ……」


 僕はゴクリと息を呑み、市野沢さんのふくらはぎに触れた。


「あっ」


「い、痛かった?」


「ちょっと……でも、気持ち良い。もっと、深く入れても良いよ?」


「こ、これくらい?」


 ググッ。


「んあッ……き、気持ち良い……」


「そ、そう?」


「うん……真尋はちゃんとポイントを突いてくれるから……痛いけど……気持ち良いよ……上手だね、本当に」


「いや、はは……で、でも、あまり変な声は出さないで欲しいと言うか……」


「じゃあ、我慢するね」


 市野沢さんは言うけど……


「んくッ……はッ……あッ……ま、真尋……す、すごい……そこ、コリコリ……あッ、はッ……お、奥……もっと奥に……ああああぁ!」


「い、市野沢さん!? 色々と誤解されるよ! 僕はいま、あくまでも君にマッサージをしているだけであって……」


「はぁ、はぁ……うん、大丈夫だよ」


「いや、僕は全然大丈夫じゃないんだけど……」


「興奮しちゃった?」


「そ、そんなことは……あっ、お水飲む? 汗かいているし」


「うん、ありがとう」


 市野沢さんは体を起こす。


 僕はキッチンに行って水を注いで来る。


「はい、どうぞ」


「ふふ」


 市野沢さんは微笑みながら、水を飲んだ。


「ぷはっ……何か、モヤモヤがスッキリしたな。真尋のマッサージのおかげで」


「いや、まあ、良かったよ」


「本当にありがとね」


 ちゅっ。


「…………」


 んっ?


 あれ、いま何か一瞬だけ、僕の唇に……


「……次回の分、これで予約ね。足りなかった?」


「あ、いや……えぇ?」


「内緒だよ? 他の誰にも……2人だけの」


 市野沢さんはウィンクしながら、指先を唇に添えた。


 僕は彼女のぷるんときれいな唇に、つい見惚れてしまう。


「もう1回する?」


「い、いや……結構です」


「フラれちゃった」


「そ、そうじゃなくて……」


「んっ……でも、おかげで元気になったよ」


 市野沢さんはソファーから立ち上がって背伸びをした。


「またね、真尋」


 柔らかく微笑む彼女に、また見惚れてしまった。







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