第6話 初陣

 魔法少女による魔獣アークエネミーへの応戦は、基本的に政府によって管理されている。


 政府による選別――いわゆるオーディションを経て魔法少女になった者は、政府に派遣先とシフトを決められ、ナビゲーターの指示に従って自分に適した強さの魔獣の討伐へと向かうのだ。


――では、鶫のような政府に所属していない魔法少女は、どうやって魔獣と戦っているのだろうか?


 そんな鶫の疑問に、ベルは答える。


「魔獣には等級があるのは知っているな? 内包するエネルギーの大きさによってそれらはクラス分けされ、その力の大きさに即した依代を作り出して現世に生み出される。それ故にエネルギーの観測から出現までの時間が異なるのだ。まあ、これくらいは常識だろうが」


「ああ、それくらいは知ってるよ。等級によって出現予測時間が変わってくるんだよな」


 魔獣の強さの等級は全部で五つ。上から順にA級からE級までが存在する。


 政府には魔獣の出現を予測するための機械、通称『八咫鏡ヤタノカガミ』があり、その鏡に映し出された地図によって、魔獣の出現場所と時間を高精度で把握できるようになっている。


A級は五時間。

B級は三時間。

C級は二時間。

D級は一時間。

E級は三十分といったように、予測から出現までの間で、避難ができる程度のタイムラグがあるのだ。

 

 そして魔獣の等級に合わせて、魔法少女もランク付けがされており、基本的には倒した魔獣の等級をそのまま名乗ることになっている。

 それに則ると、現在の鶫――いや、葉隠桜の等級はさしずめF級といったところだろうか。


「例えばE級を例にすると、奴らは出現までに三十分の時間が掛かる。政府はその最初の五分の間に、待機させている魔法少女の中で一番現場の近くにいる者に連絡をとり、現場に向かわせるのだ。システムとしては、消防署などとそこまで変わらないな」


「えっと、それって政府に属してない魔法少女は、魔獣退治に入り込む隙がないんじゃないか? 下手に割り込みをしたら反感を買いそうだけど」


「抜け道はある。転移の力があるならそれも容易だ。貴様の場合は――応戦する魔法少女が決定する前、つまり出現予測が出てから五分以内に現場に行き、自分が対応すると政府に宣言すればいい。そうすれば自動的に戦闘権利を得ることができる」


「有りなのか、それ」


「問題あるまい。他の野良や、政府所属でも向上心が高い者は皆似たようなことをやっている。――それに考えてもみろ。この国では、一日に百匹・・近くの魔獣が出るのだぞ? 自発的に動く者がいるなら、それに越したことはないだろうが」 


「まあ、確かにその通りだ」


 それに魔法少女の待機場所の関係によっては、対処が間に合わず街に被害が出るケースも出てくる。鶫や他の在野の魔法少女が戦いに出ることで、政府側にいつでも戦いに出られる魔法少女が控えていられるのは、確かに政府にとってもメリットかも知れない。


 魔獣の出現件数は、年間およそ三万件にも上る。すなわち、一日で百から六十もの魔獣が日本に降り立つことになる。それが毎日ともなれば、対処は大変だ。

 三十年前は一日あたり数件の出現しか確認できなかったのだが、それから十年の間に段々と発生件数が増えていき、今の数に落ち着いた。ここ二十年はほぼ同数の出現数となっているので、今よりも増えることはおそらくない筈だ。


 それに対し魔法少女の総数は、分かっているだけで約三千人・・・弱。およそ、全員が年に十回ほど戦闘をこなせばノルマは達成できる計算だ。


――だがここで問題となってくるのは、魔法少女の引退率と殉職率である。

 一年の間に殉職者が五百名、引退者が五百名。……毎年三割以上の人員が入れ替わっている。魔法少女というのは、輝かしい社会的地位やファンシーな名前に反して、随分と過酷な職業だと言ってもいい。その一員に自分も加わってしまったなんて考えるだけで恐ろしいが、深く考えると頭が痛くなるので、あまり気にしないことにする。


「――で、あと三分で敵がお出まし、ってところか」


 そう鶫が呟いた。

 鶫たちは今、関東郊外の森の中に立っていた。ベルの話によると、どうやらこの場所にE級の魔獣が出現する予定になっているらしい。

 ちなみに政府への連絡自体は、あっという間にベルが済ませてしまった。別に鶫が話してもよかったのだが、ベルには「ボロを出しそうだから駄目だ」と拒否された。……そこまで抜けてはいないと思うんだが。


「……でも大丈夫かなぁ。糸だぞ、糸。こっそり忍び寄って相手の首でも絞めればいいのか?」


 待っている間に、【糸】というスキルでどんなことができるのかを試してみたが、大雑把にいうと、そのまま『糸が出せる能力』としか言いようがなかった。

テグスのように細い糸。綱のように太い糸。およそ鶫が想像できる糸は大体出すことができた。強度に関しても、刃物で切れない程度には堅くすることも可能だ。

 どこまで伸ばせるかまでは検証はしなかったが、細い糸であればこの森を覆う程度には張り巡らすことができるだろう。

 ただ、糸の色はなぜか赤い色で固定されており、奇襲などに使うにはあまり向いていないかもしれない。


 鶫が不安気に愚痴ると、ベルは面倒くさいモノを見るような目で鶫を見ながら、当然のように答えた。


「ふん。戦闘になれば自然と使い方が分かるだろう。固有スキルとはそういうものだ」


「だといいんだけど」


 不安を誤魔化すかのようにだらだらと話を続けていると、ピリピリと小さな針が刺さる様な重圧を感じた。思わず、上を見る。


「空が、渦巻いてる」


「ああ、来る・・ぞ。構えておけ」


 ごくり、と息を吞む。何だかんだと流されて来てしまったが、正直心の準備はあまりできていない。

――でも、まあ仕方ないか。細かいことなんて、後で考えればいい。いつだって、鶫はそうしてきた。今回だってきっと何とかなるだろう。


 目の前で、黒い靄のようなものがぐるぐると円を描くように集まってくる。それはゆっくりと球体になり、毒々しい気配を放ちながら――二つに裂けた。


「うわ、大きい……」


 そこに居たのは、身の丈3メートルはあるであろう――いのししだった。大きさと牙の色が銀色に輝いていること以外は、普通の猪のようにも見える。


「ぼさっとするな、馬鹿めっ! ――結界を起動する!」


 猪の迫力に思わず後退った鶫に、ベルは蹴りをいれた。そして声を上げて結界の作成を宣言する。

 本来であれば結界の起動なども魔法少女の仕事なのだが、鶫は色々と特殊な存在なので、不具合が生じない様にいくつかの術式はベルに代わりに行ってもらっている。


 宣言と共に結界が傘のように広がっていき、森全体を覆いつくす。かちり、と頭の中で歯車がかみ合う様な音が聞こえた気がした。きっとこの感覚が、結界が正常に張られたという知らせだろう。


 さて、どうするべきか。――そう思った瞬間、ものすごい速度で目の前に猪が迫ってきた。あまりにも、速い。


「――う、うわあぁ!!」


 思わず格好の悪い悲鳴を上げながら、鶫は反射的に木の上に跳んだ・・・

 枝を足場に太い幹まで駆け上がりつつ、落ち着いたところで息を整える。猪は木の下で足を踏み鳴らし、恨めしそうな目で鶫を見上げていた。


「……色々と言いたいことはあるけど、結界の中だと魔法少女ってこんなに動けるんだな。まるで忍者みたいだ」


 しかも、考えるよりも先に体が動いた。これが魔法少女という存在の持つポテンシャルなのか、と驚く。さすが日本を守る最前線の存在は格が違う。


「ええい、無様に逃げるな見苦しい。我の契約者にそのような真似をされると、我の評価が下がるだろう!」


 ぱたぱたと蝙蝠の羽をはばたかせ、鶫の隣までやって来たベルが怒りの声を上げた。気持ちは分からなくもないが、初戦なので多少の目こぼしはしてほしい。


「いやいや、これは戦略的避難だから……。念のため、今のうちに他のスキルを確認しておきたいんだけど、いいかな」


 そうやや無理やりに誤魔化した。だが、スキルの確認は重要だ。新しく見ることができるようなった項目も、きちんと事前に確認しておきたい。


「ほら、急げ」

 

 そう言って放るように渡された板を、素早く目で追って確認する。急がないと、下の猪が何やらまずいことを仕出かしそうな気がしてならないのだ。


「ありがとう、ベル様。ええと、……ん? こっちはスキルの名称しか書いてないのか?」


 常時発動型パッシブスキルの欄には【最適化】と【身体強化】。一段下がって【操糸術】とだけ書かれている。詳細は一切書かれていない。おそらく上記の二つは、あらかじめ魔法少女に備わっているスキルなのだろう。下の操糸術というのは、鶫の固有スキル【糸】に関連するものだと思う。

 任意発動型アクティブスキルの欄には【透明化/15分】、【暴食/戦闘終了後】といったものが、簡易な説明と共に表記されている。透明化はなんとなくわかるが、暴食とはどういうことなのだろうか。


 そう鶫が首を捻りつつ考えていると、ベルから声を掛けられた。


「じっくり見ているのはよいのだが、いいのか? ――来るぞ」


 そう言って、ベルはくいっと器用に顎をしゃくった。それにつられて、鶫は左下を見やる。


 きらりと光が瞬くのがまず目に入り、――その先に白銀の光を纏った猪が見えた。

 

 猪はグッと後ろ脚に力を込め、今にも鶫がいる木に向かって走りだそうとしている。


 ……これは、まずいな。そう思った瞬間、猪の姿が眼下からかき消えた。


 べキバキィィッ――!! と凄まじい音を立てて、木の幹が大きく抉られたように粉砕されていく。当然のごとく木はへし折れ、その余波で周りの木も次々と倒れ、森の景観を変えていった。


「……俺は自分が【転移】のスキル持ちで良かったと、心から思うよ」


 その自然破壊を反対側の木の上・・・・・・・から眺めながら、鶫はしみじみと呟いた。とっさの判断で、猪が見えなくなった瞬間に転移を行ったがどうやら正解だったようだ。


 それにしても、E級の魔獣というのはあんなに強いモノだったのか。TVなどでやっている特集では、通常より大きい獣くらいにしか思わなかったのだが、あんな技まで使えるなんて知らなかった。


 猪は、憤ったように周りの木を破壊しながら「ブモオオオォォッ!!」と雄たけびをあげている。おそらく、鶫のことを探しているのだろう。


 鶫は猪の動向に気を払いつつ、もう一つの固有スキルを試してみることにした。このまま対抗手段が浮かばなければ、転移ができなくなるまで逃げ続けることになってしまう。そうなれば、待っているのは死だ。


 ジリジリと、心の中に焦りが生まれる。できるだけ気にしない様にしているが、横にいるベルからの重圧もすごい。


 ふう、と小さく息を吐き出す。――覚悟を決める時だ。


 祈る様な気持ちで、手のひらに糸を生み出す。その瞬間、頭の中にストン、と何かの情報が入り込んできた。


「【糸】、そして【操糸術】。――なるほど、こういうこと・・・・・・か」

 

 ベルが散々「使えば分かる」と言っていたのは、この為だったのだろう。

 どうすればいいのかが、文字通り手に取るように分かる。


「準備はできたか。我はそろそろ飽きてきたぞ」


 そう急かすようにベルが言う。心なしかイライラしているように見えるのは、きっと気のせいではないだろう。


「ああ、もう大丈夫。――さあ、反撃の始まりだ」


 そう言って、鶫は不敵に笑って見せた。

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