第3話 オーディション

数日後、家に居た研一に結希から電話が掛かってきた。

「ねえ、聞いてよ」

電話に出た途端にそういう結希の声が聞こえた。

「どうしたの?」

それでもちゃんと聞き返す研一。

「ママがね、勝手に応募したのよ」

研一には全く話しが見えない。

「応募した? どういうこと」

「だから、聞いてよ。研兄ぃ。」

「聞くけどさ、ちゃんと話してくれないと分からないよ」

「だから、ママが勝手によ、勝手に書類送っちゃったのよ」

「書類を送った? ちょっと、ちゃんと筋道立てて話して。でないなら、切るよ」

研一がちょっと苛立って電話の向こうの結希に言う。

 それで結希が語ったこととは・・・。

 東京で開催される映宝ラブリーガール・オーディションにママ宮島恵子が勝手に応募した。以前に撮った結希の写真を貼り付けて応募したというのだ。

 映宝ラブリーガールは映画・演劇の制作会社であり興行会社でもある映宝が数年に一度開催する新人発掘オーディションである。 

 歴代優勝者には映画・TVで現在活躍する有名女優の名前が並んでいる。

「で、書類審査に通ったから東京に行って来いって。」

 研一はそう聞いてもあまり驚きはしなかった。なんとなくこういう時が来るような気がしていた。宮島恵子の経歴、娘結希への思い入れ。一方で結希の煮え切らない態度。これを考えれば、こういう手段に出る可能性は大ありだった。

 ただ詳しく話しを聞くと、結希は単に書類審査に通っただけで、先は遙かに長かった。

「取り敢えず、面接なんだって。」

「面接?」

「うん。どうして志望しましたか?とか聞かれるんじゃないの?」

「何て答えるの?」

「うーん・・・。ママが勝手に応募した」

「それじゃダメでしょ」

「ダメ、かな?」

「ダメっしょ。もっと前向きじゃないと。ねえ」

「え? それって合格するつもりみたいじゃん」

「合格したくないの?」

と研一が問いかけてからしばらく間があった。研一の手にしたスマホが沈黙を守っている。

「おーい」

研一がもう一度問いかけると結希がおずおずと答えた。

「わからない・・・」

それはとても小さな声で、結希の本当の心の声だったのかもしれない。

「でもね、多分ダメだよ。ていうか、絶対無理に決まってるじゃない。面接に通るのが何人か知らないけど、その後に今度は演技みたいなことやったり、特技とか披露したり、2次審査、3次審査、もしかしたら4次審査くらいまであるんだよ」

「そうなんだ・・・」

 今度は研一が黙る番だった。何と言っていいのか分からない。そりゃ、無理だね、では可哀想だ。かといってお前ならやれるとも言いにくい。

「おーい」

しばらくの沈黙の後、今度は結希が呼びかけてきた。

「おーい。どこ行っちゃったの?」

「ああ、ここにいるよ」

「まあ、だからね、東京見物するつもりで行って来ようかなって」

 結希の快活な声が聞こえた。研一は漠然とした不安を感じた気がした。でもその正体は分からなかった。なので、行っておいでと答えたのである。

 ところが結希は面接に通った。1次予選に参加する。

 結希が出向いたのは映宝の本社が入る東京京橋のビルだった。時間指定である。

「映宝ラブリーガール・オーディション会場」の貼り紙に従って進むと廊下にはたくさんの女の子たちが集まっていた。ちょっと異様な光景だ。結希は思ったが、自分もそのひとりかと思い直す。

 廊下の両側にパイプ椅子が並べられ背もたれに番号が書いてあった。結希は312と書かれた椅子を見つけると席に着いた。

 待つほどもなく列の先にある部屋からスーツ姿の女性がひとり出て来た。手にはクリップボードを持っている。クリップボード上の書類を見ながら声を上げた。

「310番から315番まで中へお入り下さい」

 結希を含めた先頭の6人が立ち上がった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る