百合百足

@sio-amatu

百合百足は夢など見ない

1950年 1月


「嗚呼面白いなぁ、生きるというのは。」

縁側の戸を開けるとまだちらちらと舞う粉雪、隣の一軒家に住む柴犬ほどの高さまで降り積もった絵画の様な雪景色。

無意識のうちに湧き出てくる子供心が身体を支配し足を一歩前に踏み入れた瞬間、

「ぉおお冷たいねぇ。」

もう片方の足も雪に突っ込んでみた。ふふっと恥ずかしさで苦笑いが出てくる、ふと玄関先に気配がした。

「おふぁようござぁいまぁ、悠作サン。」

雀の眠たそうな声が聞こえた。

「おはよう前門まえかどさ…、ちゃん…?」

「つづみ!つづみって呼んでってずっと言ってるのに…。」

「はは、すまないねぇつづみ。」

「にへへ、よろしい!ねぇ悠作サン、なんで雪に素足突っ込んでるの?」

「つづみごっこ。」

「えぇ…、そんな子じゃないよ。」

「小学四年生だろう?まだまだ子じゃあないか。」

「もうすぐ五年生だよ!!」

ゴオオォと北風が吹く、せかせかと通学路を行く学生達も暖を求める野良猫達も足を止めて震え耐えている。

「うわあ強かったねー、早く行かないと全校集会始まっちゃうかなぁ。」

「それはそれは、外でも中でも地獄だねぇ。でも頑張って行っておいで。」

「ウン、悠作サン大好き!」

さんが頬を赤らめて言った、幾度となく聞いた台詞。

「ははは、ありがとう。」

「行ってきます!!!」

あぁそんな雪道を走ったら…

ドザァァァァァァ!

「つーちゃん大丈夫!?」「また浮田さんに告白したのね、つーちゃん…。」

同じ背格好をした女子に囲まれ、前門さんは雪道を歩いて行った。

「嗚呼面白いなぁ、さて朝飯朝飯…。」


浮田悠作 24歳 小説家



1952年 4月


「おおぅまだ冷えるなぁ。」

縁側の戸を開けると暖かい日射しに冷たい風、春だなぁと肺にいっぱい空気を吸い込んだ。

すると聞き慣れた声が…

「おはようございます、悠作サン。」

「おはようつづみちゃ…いや、もうちゃんを付ける年齢ではないのかな。」

「アハハ、そんな事ないですよ。悠作サンが呼んでくれるならなんでも嬉しいの…。」

目を細めて前門さんは微笑む。

「制服似合っているよ、今日は入学式かい?」

「えぇそうよ、友達出来るかしら…。」

きっと出来るよ、と言おうとしたその時…

「つーちゃん!入学式始まっちゃうかもよ!」

前門さんと小学校から仲の良い南原智美なばらともみが手を振りながら呼んでいた。

「南原さんも同じ学校なんだね、ほら呼んでいるよ行ってらっしゃい。」

「…。」

「つづみ?」

「…南原は友達じゃない。」

俯き、ボソッと前門さんは言った。

前髪が被って少ししか見えなかったが…とても彼女が友人に向ける目ではなかった、それに普段はともちゃんと呼んでいたのに…。

彼女に何かされたのだろうか?聞こうとしたが、

「なぁそれって…」

「もう行かないと!悠作サン大好き、行ってきます!」

コロッと表情を変え満面の笑みで南原さんの元へ駆けていく、2人は手を繋いで仲良さそうに走っていった。

はぁぁ…とその場に座り込む。

「怖いなぁ…女の人って。」

彼女のあの目は怖かった、最近の前門さんはおかしい。

いつも会う度彼女は私に大好きと言ってくる。それ自体に変化は無いが顔を赤らめる、照れて走り去る事が無くなった。

私の眼、それをしっかりと見つめてくるのだ。

それが正直心底怖い、恐ろしい。自分の心を見透かされている様で…。

もう考えるのはやめよう、もうすぐ〆切が近いから…。

「朝飯食って書かなければ…。」

いい天気だが息をする度にため息が出てしまう。

このまま何もないといいのだが…。


浮田悠作 26歳 



1955年 12月


早朝4時の事だった、冬真っ只中の十二月に。

「悠作サーン、朝ですよー?」

前門さん…?私に何か用でもあるのだろうか?

玄関の扉を開けるとニッコリ笑う前門さんがいた。

「おはようつづみさん、私に何か用でも…?」

「ウフフ、これから一緒に散歩しませんか?」

こんな早くに正直言って迷惑だ、まだ寝ていたいのに。

「だが寝足りなくてね…」

「じゃあ一緒に寝ましょう?どっちがいいですか、悠作サン?」

弾んだ声に屈託の無い笑顔、謎の恐怖が心臓に迫ってくるのを感じた。

「じゃあ散歩かな、ちょっとだけ準備させてくれるかい?それまで上がって待っててね。」

「嬉しい!悠作サンの家!」

宝探しをする探検家の様で可愛らしかった。どうかそのままでいてほしいのだが…。

急いで身支度を整え、前門さんの元へ向かうと…いない。

「つづみさん?何処だい?」

「ウフフ」

私の布団がもぞもぞ動いている。

「ここだ!」

布団をガバッと捲るとちじこまった前門さんが、

「見つかっちゃった!」

と言い腹に抱きついてきた、少しだけ痛かった。

「はは、準備できたよ。ほら行こう?」

「悠作サン細い!ちゃんと食べてるの?」

「食べてるよ、太りにくいのかもね。」

「あ!これって小説の原稿、見ていい?」

「お好きにどうぞ、お姫様。」

幼児の様にいろいろな物に食いついていく前門さんは執筆中の原稿を真剣な眼差しで読み始めた。

「茶でも淹れるかい?」

「…。」

「淹れるよ〜。」

台所に行き湯を沸かしている間考える。

この所前門さんはよく私の家に来る。朝の挨拶は勿論、今日の様に散歩などのお誘いなど…。

心当たりがあるとしたら私がよりを戻したい鶴林という女性がいる事。

鶴林みつ代。みつ代さんとは当時お見合いで知り合ったが、

『貴方は私を物体とでしか認識してない。私は私を見てほしい、貴方はいい人なんだから…。』

確かキッパリそんな感じの事を言われた気がする。私は今になって彼女に惹かれた、もしみつ代さんが私のことを思って言ってくれたのだとしたら…胸が熱くなって変な感じになる。

ピィィィィィィィ!!

「おっと。」

湯が沸いた、溢れ返りそうなくらいに。

茶を淹れ前門さんの元へ戻ると、

「大丈夫ですか?音凄かったですけど…。」

「大丈夫だよ、読み終わった後に出来てしまってすまない。」

「悠作サンと一緒にいられるだけで幸せなので…えへへいただきます。」

本当に幸せそうに茶を啜る。

「結局、散歩はどうする?」

「ウーン、外寒いからやめます。」

「そうかい…。」

まだ朝五時だ。悩みが茶の温かさで吹き飛んでく。

ため息が淡い紺色の空に溶けていく様だった。


浮田悠作 30歳



1959年 8月


蝉の鳴き声にも聴き慣れてきた八月。

汗だくになりながら庭の掃除をしていると、

「浮田さーん、ちょっと休憩した方がいいんじゃないですー?」

お隣の菊さんが声を掛けてくれた。菊さんは私の家の塀から覗き込んで、

「ひゃあーすごい量の雑草!」

「草むしりサボってましたから…暑い暑い。」

「こりゃあ浮田さん今日はぐっすり眠れますね!よければウチで休憩しません?」

「えぇそんな、急にあがり込んでも迷惑じゃ…。」

「うちのお母ちゃんがスイカぎょうさん持ってきたんです。食べ盛りの息子達ももうお腹いっぱいって食べへんぐらいやし…。」

「そうですねぇ、でも〆切近いのがありまして…。掃除終わったらすぐやらないとまずいんですよね…。」

「あらじゃあ新聞紙に包んで持ってきます!それでもええですか?」

「それなら喜んで、私でよければ。」

「ほんなら持って来ますね!」

菊さんは嬉しそうに家へと駆けて行った。五分程だっただろうか。

「お待たせ〜!はいスイカ!」

「わわ、二玉ですか。」

ズシっと両手が沈むくらいのでかいスイカ、草むしりを二時間やった身にはきつかった。

「あはは、手伝いますね。」

菊さんは家の塀を軽々超えスイカ二玉を軽々持ち上げた。

「はぁぁ力持ちですね。」

「これくらい余裕余裕!」

スイカを縁側に置き、菊さんはどっこいしょと座った。

「そういや最近つづみちゃん見ないでしょ。」

「あぁ、何か知ってるんですか。数週間ぐらい前から見ないから心配で…。」

前門さんはある日を境にパッタリと来なくなった。近所に聞いたが周りも自分と同様、何も知らないと近所中で話題になっていた。

「最近噂で聞いてん。つづみちゃんと仲の良かった智美ちゃんもいなくなってんて。」

「南原さんも?」

「智美ちゃんが先に行方不明、後からつづみちゃんが行方不明…。」

「はぁ…。」

「で、近所で噂立ってんのがつづみちゃんが智美ちゃんを殺して逃げたっちゅう話。」

前門さんが南原さんを…?有り得なくはなさそうと思ってしまった自分がいた。

「何か証拠とかはあるんですか?」

「うーんあくまで噂やし…。実際つづみちゃん智美ちゃんと仲悪いって評判やったしなあ。」

「中学辺りからですよね。」

「そう!なんかつづみちゃんの好きな人を智美ちゃんが取ろうとしたとか、もともとつづみちゃんが智美ちゃんを嫌いだったとか、その反対智美ちゃんがつづみちゃんを嫌いだったとか。」

「こんがらがるわぁ思い当たる所多いねん、あの二人。」

「私が何か言ってあげれれば、こんな事にはならなかったんですかね…?」

「つづみちゃん、浮田さんに惚れてたもんなぁ。あの顔は間違いないわ。でも浮田さんが仮につづみちゃんを止めたとしてもや、多分やる事は変われへん。」

菊さんは立ち上がると、

「そもそも殺したかどうか分かれへんしな!まだやる事あんのに話しこんでしもたな〜。」

「すっかり忘れてましたよ、でも話聞けて良かったです。」

「なら良かったわ!日ぃちょっと傾いてきたなぁ、ほなまた!」

「はーい。」

ふー暑い暑いと言いながら菊さんは戻って行った。

炎天下の午後四時、蝉の鳴き声、うっ…使えそうな詩が浮かび上がって来たが吐き気がする。

少し休まなくては…。


浮田悠作 33歳



1959年 9月


少しずつ涼しくなり蝉の声がぽつりぽつりとする九月この頃。

「号外号外!浮田さーん!」

執筆していると菊さんの呼ぶ声が聞こえた。

「はいはい、なんでしょうか菊さん。」

「もーそんな鬱陶しがらんといてよ〜!長くなりそうやけどこのままでもええ!早速話すわ!」

「いえいえ普通に上がってってください。緑茶でいいですか?」

「すまんなぁなんか無理矢理みたいで…。」

茶を淹れると片方の湯のみに茶柱が立っていた。

「いい知らせだといいんだがなあ…。」

居間に戻り湯のみを置くと菊さんが、

「お!茶柱立っとる、ほんなら浮田さんがこっちな。」

「え、菊さんに茶柱の方を…」

「えぇえぇ、そんなええ話でもないからアンタが御守り代わりにでも飲んどき。」

「はあ…、それで話ってなんですか?」

「八月あたりに話したやろ、つづみちゃんと智美ちゃんの。」

「進展あったんですか。」

「あれ、噂通りつづみちゃんが智美ちゃんを殺してたわ。」

「…。」

「正確に言えば殺したと見て間違いないとかなんとかやな。警察がめっちゃ広い範囲で聞き込みしたり、証拠集めてこの人で間違いない!!!って。」

「南原さんだけですか?」

「ん、それがな〜八月に話した後浮田さん一週間位熱海行っとったよな。」

「ええ行きました、執筆に集中するのと気分転換の為に。」

「そん時に行方不明の記事が出たんが、中谷、鶴林、森若っちゅう人達も行方不明になったやん。」

「…えぇ。」

「その後智美ちゃん含めた四人、ばらばらの死体ごちゃ混ぜにして衣類ぎょうさん使ってくるんで自分の家所有してる山に埋めたって。」

「そりゃあまた物騒な、という事は死体は見つかったんですか。」

「なんも知らんの?」

「ずっと宿泊部屋篭ってて書いてましたから。新聞見る暇なかったんです。」

「大変やなぁ。で、死体は見つかったんやけどこれまた悲惨でなぁ…。」

菊さんはため息を吐き、重たそうな口を再び開いた。

「顔にな火ぃ付いたガスコンロの焼け跡!」

「えぇ…。」

「顔面丸焦げになるまで焼いたらしいで。顔押し付けて。」

「…。」

「鶴林って人と智美ちゃんが一番悲惨だったわ。死体解剖…したら胃の中にお互いの手の指とか目ん玉とか入ってて…うぇ…。」

「大丈夫ですか、水入ります?」

「すまんな、貰うわ。」

前門さんがそんな事するのか?話の様な残忍、不愉快極まりない事。混乱して来た…。

汲んできた水を菊さんに渡すとぐいっと一息で飲み干した。

「ごめんなぁこんな話して。」

「いえ…。」

「近所の人も浮田さんに言うか迷ってたみたいやし…。」

「こんな話ですからね…。」

「あ、そろそろ夕飯の支度せんと。」

「そうですか、気をつけて下さい。私のせいだとしたら菊さんまで…。」

「あはは!何言うてんの、あんたが心配する事ちゃうよ?」

「えぇ…、ありがとうございます。」

「ほなまた!」

そう言って菊さんは帰って行った。

「ぁぁぁあぁぁぁあぁあぁぁぁ。」

玄関扉にずるずるともたれかかりしゃがみ込んだ。気持ち悪い、吐き気がする。

もし菊さんに危害が及んだら?みつ代さんは死んでしまった、どうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう!

不安と恐怖が胸に押し寄せてくる。全部私のせいだ、あの時南原さんと何かあったのか聞けば良かったのか?それとも他にも何かあったのか…。

過去の後悔が体を支配していくのを感じた。


浮田……う…く?(ここからはインクと血が滲んで読めない)



19…3年 …月


早朝五時、嫌な予感がして玄関を開けた。すると目の前には何も…、いや足元に包みが置いてあった。

生臭い、本当に嫌な予感がし中を開けると、そこには無数の臓器がぎっしりと入っていた。

「ふぁあ!?」

バチャァビチッッと臓器達が玄関にぶち撒けられる。目玉、心臓、肝臓、舌、小腸なんて均等に切り分けられて入っていた。

よく見ると包みの中に血塗れの手紙が貼り付いていた。

摘んで取り封を開け中を確認すると、

『コノ人ガ好キナンデスネ、悠作サン。悠作サン。悠作サン。』

「うぇぇぁぁぇがぁぇ」

とうとう我慢できずに吐き出してしまった。玄関が吐瀉物と臓器まみれの地獄と化した。

すると玄関に人の気配がした。つづみだ!とうとう来てしまった!

トントン、トントン。

扉を両手で押さえる。

「悠作サン。悠作サン。あけて。いるでしょ開けてよ。」

「…。」

はあはあ呼吸が荒くなる。

「悠作サン私贈り物をしたの。見てくれた?」

「菊さんだよ菊さん。仲良いでしょ?」

「私ずっと前から思ってた事があるの。」

「今までの事はね、悠作サンにする為の練習だったの。」

どういうことだ。菊さんはつづみが私に惚れているからと言っていた、あれは違かったのか?

「好きな人にお弁当作る練習をする様に、私も悠作サンをそうする為にやったよ。」

「都合が良かったのあの人達は、これが嫉妬なんだね。悠作サン。」

涙を堪え噛み締める。なんだ、全て私のせいかと悔しさが溢れてたまらない。

「いつからだったかな、最初は悠作サンをからかうだけで楽しかったよ。」

「でもね、いつしか違うものに変わった。悠作サンの爪を剥いでみたい、悠作サンの目玉を炙ってみたい、もし吐いちゃったらそのゲロを食わしてやりたい、最後には生きたまま死ぬまでガスコンロで顔面焼いてやりたい。」

「うぁおぁあえあぁおぇぇぇえええぇ。」

「悠作サン!やっぱりいたんだね!開けてよ悠作サンのゲロ見せて!」

私は薄れ行く意識の中玄関の扉を開けてしまった。

「わぁあ会いたかった会いたかった!悠作サン!」

つづみが抱きついてくる。目が霞む、頭が痛い。

「まずは何しようね?何に…。」

つづみが手を緩めた瞬間、私は台所に走り出した。

「あ!待ってよ悠作サン!」

私は包丁を手に取る、するとつづみは顔を真っ青にして言った。

「待って待ってよ!私は悠作サンに死んで欲しいわけじゃないよ!本当に愛してるんだよ!狂気が今か今かと芽吹くのを待ってただけなの!」

つづみの言葉を聞く前に、私は喉元に包丁を突き刺した。力を込めて突き抜けるくらいに。

これは夢か現実か分からない、痛みが身体中を駆け巡る。

くだらない人生の時間に、生き様に終止符を打てた。

ありがとうつづみ、反吐が出そうな時間と少しの希望をくれて。

何を言っているんだ私は。


どうして人はこんなに無駄な時間を過ごしてしまうんだろうね。

きっと後悔しただろう?伝えたいことなんてないよ、ざまあないね。


故 浮田悠作 33歳


              追記 この原稿、もし誰か見てしまったら捨てておいてくれ

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