ゲームその4 『白雪姫と毒リンゴ』第6話

「ふん、とにかくまずは順番を決めようじゃないか」


 大臣がサイコロをふります。ルージュ、ワオンもさいころをふった結果、ルージュ→ワオン→ルドルフ大臣の順番でカードをふせることになりました。


 ――これは好都合だな。やつらの動きや表情を見て、カードを決めることができるぞ――


 ほくそ笑むルドルフ大臣の前で、またしても緑色の炎が燃えあがりました。炎はだんだんと小さくなり、そして消えると同時にカードが3枚現れます。自分の前に現れた手札を取ると、大臣はにやりと口をゆがめました。


「それじゃあまずはお前からだぞ、小娘」


 ルージュをにらみつけると、大臣は手札に視線を移します。


 ――くくく、これはいい。毒リンゴカードが手札にあるな――


 ドクロのシミが笑いかけているように見えて、ルドルフ大臣は内心にやっとします。


 ――やつらは当然知らぬだろうが、わしは一度だけ、全員のサイコロの目を操ることができるのだ。黒魔女様から与えられた魔法でな。……つまり、わしが毒リンゴカードを出したあとで、小娘かオオカミのどちらかに親が来るようにサイコロの目を操作すれば、かなりの確率で勝てるのだ! だが、それも絶対ではない。白雪姫カードをどちらが持っているか、そしてどのタイミングで出すかを見極めなくては――


 自分はポーカーフェイスを保ちながら、大臣はじろじろとルージュとワオンの顔をねめつけます。ルージュは軽くほほえんでいるだけで、その表情からはなにも読み取ることができませんでしたが、ワオンはだらだらと冷や汗を流し、その目は泳いでいます。


 ――バカめ、このオオカミ、根っからの小心者だな。しかもうそはつけん性格ときている。さっきまでわしのことを信じていたし、お人よしめ! つまり、やつは今どのカードを出すか悩んでいるということだ。白雪姫カードか小人カード、どちらを出すかをな――


「それじゃあ出すわね」


 ルージュが手札から1枚カードをテーブルにふせました。その顔からは、やはりなにも読み取ることができません。しかし大臣は気にしませんでした。ワオンに顔を向けると、大臣とルージュをチラチラ見てから、カードを1枚ふせ、それからフーッと息をはいています。


 ――バカめ、それでは丸わかりじゃないか。安心するということは、つまり勝負カードである白雪姫カードじゃないということだ――


 にぃっと口のはしをゆがめて、大臣もカードをふせました。三人のカードが出そろったところで、サイコロをふっていきます。もちろん大臣は黒魔女の魔法を使いません。それでも一番大きい数を出したのは、大臣でした。すばやく二人のカードをめくり、それからふんっと鼻を鳴らします。


「さぁ、それじゃあ次に行こうじゃないか」


 どちらも大臣の予想通り、小人カードでした。3枚のカードが緑色の炎に包まれて消えていきます。ワオンの顔が恐怖にゆがみます。


 ――だが、こいつらもどうやらバカじゃないようだな。ボドゲカフェだったか? そこでカードゲームをしていたんだろう。それだけあって、カンはいいみたいだな。このゲーム、本気で白雪姫カードと毒リンゴカードがそろうのを邪魔しようとなれば、白雪姫カードを持っているやつは、毒リンゴカードを持つやつの自滅を待つことができるからな――


 毒リンゴカードを持つ人が、1ターン目にそれを出して白雪姫カードといっしょにめくられなければ、その段階であとは白雪姫カードと小人カードだけになってしまいます。もちろん、小人カード同士がめくられることもあるでしょうが、少なくとも負けることはなくなるのです。


 ――だからこそあえて1ターン目に出すというのも戦略としてはあるだろうが、そもそも1ターン目に白雪姫カードと毒リンゴカードを出そうといったのはわしだ。それを覚えていれば、1ターン目になど怖くて出せないだろう。特に、あんな臆病なオオカミには――


 じっくりとワオンの顔を観察し、ルドルフ大臣は口ひげを指でいじりました。


 ――しかし、ならば2ターン目もやつは勝負をしかけず待っているつもりだろうか? そうすればもう1ターン、わしが自滅するのを待てる。それにやつらは、わしがサイコロの目を操れることは知らない。つまり、仮に3ターン目にわしが毒リンゴカードを出したとしても、サイコロの目によってはやつらが勝つ確率もあるのだからな。まぁ、それは当然黒魔女様の魔法で絶対起こりえないのだが――


 今度はルージュに顔を向けます。ルージュはまだカードを出してはいません。


 ――悩んでいるふりか? ふん、無駄なことを。白雪姫カードをあのオオカミが持っていることぐらい、誰だってわかるわい。だが、とりあえずはこのターンも様子見だろう。そしてそれは、わしにとっても好都合だ。3ターン目にサイコロの目を操れば――


 と、ルージュがわずかにほほえんで、それから2枚目のカードをテーブルにふせて出したのです。ルージュがちらりとワオンに視線を送ります。ワオンもその目を見て、それから口をきゅっと結びました。


 ――むっ、なんだこいつ――


 ワオンはカードをドンッとテーブルに叩きつけて、それから祈るように目をつぶったのです。ルドルフ大臣は目を丸くしてしまいました。


 ――なんだこいつは、この様子は、どう見ても白雪姫カードを出した感じじゃないか! まさか、このわしをひっかけようとしているんじゃ……? いや、そんなことはありえない。このオオカミはうそなどつけぬ、お人よしだ。これも素の反応に違いない。ならば、あのカードは――


 にぃっとほおをゆるめて、大臣はくくくとほくそ笑みます。


 ――あのカードは、白雪姫カードだな! バカめ、ならばわしもここで勝負に出よう! 毒リンゴカードを出して、黒魔女様の魔法であの小娘を親にするんだ。そうすれば小娘がわしとオオカミのカードをめくることになる。くくく、残念だったな! わしの正体に気づかれたときはあせったが、これで黒魔女様も復活し、わしも永遠の命をいただけるぞ――


 大臣は毒リンゴカードをテーブルの上にふせ、それからルージュにいいました。


「さて、それじゃあサイコロをふろうか。まずはわしからだ」


 サイコロを指でいじるふりをして、ゆっくりと魔力を注入していきます。サイコロがだんだんと熱を持ち、そして十分に熱くなったところでふります。出た目は1でした。


「チッ、1か。まぁいい。次はお前の番だぞ」


 今度はルージュにサイコロを渡します。ルージュはわずかにまゆをつりあげますが、なにもいわずにサイコロをふります。サイコロがキラキラと輝くのを見て、ルドルフ大臣はにやりとかすかに口のはしをゆがめます。そうして出た目は6でした。


 ――くくく、いいぞ。これであの小娘が親だな――


 ルージュはそのままワオンにサイコロを渡し、ワオンもふります。黒魔女の魔法がかかったサイコロが、今度は2の目を出します。それを見てルージュはにっこりしました。


「それじゃあわたしがめくるわね」

「くくく、いいだろう、めくるがいい! その瞬間、お前たちは黒魔女様に生贄としてささげられ、わしは永遠の命を与えられるのだ! ハーッハッハッハッ!」

「……それはどうかしらね」


 ルージュとワオンが目配せすると、やわらかな笑みを浮かべたまま、ルージュはカードをめくりました。

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