第23話 革命の決着


 目の前で閃光が如き爆発が巻き起こる。

 地面は揺れ、視界が暗転し、轟音とともにゴトゴト。ゴトゴト。

 重量のある何かが降ってくるような音。

 意識はまだある。……けど、目がくらんで何も見えない。


「――リンスレット王女! ダイスケ!」


 どこからともなく聞こえてくる声。

 これは……この声はアンだ。

 しかし、どこか籠ったような、なにかに遮られているような声。

 そして、さきほどのように階上から聞こえているわけでもない。

 一体どこから――


「ダイスケ!」


 思考を遮られるように、後ろから肩を掴まれる。


「……この声はアン――ゴホッ、ゴホッ……!」


 口を開き、むせる。

 口内に入った異物が俺の喉内でこすれた。


「その状態ではあまり喋らないほうがいい」

「え」


 ぞくり、とした悪寒が俺の背を撫でる。

 その状態・・・・って、もしかしてさっきの衝撃で俺の体は――


「埃やら瓦礫やらが口の中に入ってしまうからね」


 なんだ……そういうことか……。

 ぐっ。ぐっ。

 俺は手の指を曲げたり、足指を曲げたりして感覚が残っていることを確かめる。

 なるほど。

 てっきり、目は開いてるのに何も見えないから、イカレたのかと思っていた。

 しかし、有り得ない量の塵や埃が舞っているだけのようだ。


「しばらくはこれを口に当てて呼吸するといい」


 アンからさらさらした、布のようなものを手渡される。

 俺はそれを口元に当てた。

 ……すこしだけ、呼吸が楽になった気がする。


「すま……ゴホッ、たすか……!」


 相変わらず、喉はイガイガしててうまく話せない。


「リンス……ット……は?」

「さあ、わからない。ボクが見た限りだと、作戦は成功したように見えた……んだけど、なにせ威力がすごすぎる」


 それは俺も思った。

 今回の必殺技は、一回目の時と比べて、威力も音も段違いだ。

 さっきのももちろん凄まじかったが、ここまではならなかった。


「これはおそらく、足場がしっかりしていたからだろうね」

「あしば……?」


 だんだんと、普通に声が出るようになる。


「そう。この部屋に入ったときのこと、覚えているかい?」


 アンに尋ねられ、こくりとうなずく。

 たしか、扉を壊して――


「彼女がケィモ王に向かって駆け出したとき、あの硬そうな扉に彼女の足跡が付いただろう?」


 思い出して、うなずく。

 たしかにあの扉には、リンスレットの足跡が付いていた。


「ただ、思い切り走るだけでああなった……ということは、踏ん張りを必要とする〝煌々流星シューティングスター〟を繰り出すとなると、天井はその踏ん張りには耐えられないんだよ」

「てことは……一回目のアレは天井が崩れないよう……手加減していたってことか……」

「おそらくね」


 なるほど。

 だからリンスレットは強度についても訊いてきたのか。


「――て、それだとまずくないか?」

「なにが?」

「俺はケィモ王の左右、後ろにステータス画面を展開した。リンスレットがケィモ王めがけて、そのまま突っ込んだとなると、後ろの画面に当たってぺちゃんこになってるんじゃ……」

「それはおそらく大丈夫だ。インパクトの直前まで見ていたけど、かなり鋭角で突進していたから、ダイスケの言ったみたいなことにはなってないと思うよ」

「そうなんだ……って、どのみち床にぶつかってるからやばくないか?」

「君も見ただろう? 一度目の〝煌々流星シューティングスター〟でリンスレットが無傷だったのを」

「いや、無傷じゃなかったけど……」

「あれはケィモ王の攻撃によって傷ついただけだよ」

「そうなの?」

「ああ。ケィモ王も言っていたけれど、獣人というのは人間と比べると遥かに丈夫でね。その中でもとりわけ、ミィミ家の獣人は、他の獣人たちよりもさらに丈夫なんだよ」

「へぇ~……」


 アンにそう言われ、リンスレットの打たれ強さを思い出す。


「たしかにな……普通の人間だったら死んでるもんな……」

「うん。間違いなく、ね」

「でも、アンもすげえよな。……見えてたのか? リンスレットのあれ」

「〝煌々流星シューティングスター〟ね」

「お、おう……」


 さっき恥ずかしがってたやつは誰だよ。


「まぁ、目で追えたのは最後だけ……それも辛うじて、だけどね」

「俺は気づいたら目の前が爆発してたってのに……」


 ここへ来てからの経験の差か、元々アンの目が良いのか……。


「まぁ、上から俯瞰で見てたってのが大きいだろうね。それより、視界が晴れるよ……」


 アンの言った通り、黒煙のように濛々と立ち込めていた埃やらが晴れていく。

 次第に、視界がクリアになっていき、俺たちの視線の先には――


「な……ッ!?」


 驚きのあまり、俺の口から驚きの声が漏れる。

 そこには立派なたてがみを持った獣人……つまり、ケィモ王が映っていた。

 ケィモ王は驚く俺を見下すようにして、仁王立ちをしている。


「まさか……そんな……いまの〝煌々流星シューティングスター〟でも倒しきれなかったというのか?」

「お、おい、アン……こんなときに技名出すの止めろって……」


 俺も、こんな時にそんなツッコミをするのはやめろ。

 ……だが、どうするんだ、この状況。

 リンスレットの安否は不明。

 アンのMPも枯渇していて、変装に頼ることは出来ない。

 なら、俺か?

 俺がケィモ王とサシで戦わないといけないのか?

 嫌なんだけど!!


 ゆらり。


 ケィモ王の体が不自然に揺れる。


「まずい! あれは……虚ろな歩調ファントムステップだ!」

「あ、あのね……アンちゃん?」

「ダイスケ! とにかく、距離をとって――」


 ぐるん。

 ケィモ王の黒目が上を向く。

 すると、ケィモ王のはそのまま、前のめりになるようにバタン、と倒れた。


「こ、これは一体……? 新たなステップ……?」

「いや、違うと思うけど……」

「――ふぅ……さすがはパパね。手ごわかったわ……」


 前のめりに倒れたまま、ピクリとも動かないケィモ王の股の間。

 そこからリンスレットがひょっこりと顔を覗かせる。


「いや、どっから出てきてんだ……」

「仕方ないじゃない。ここにぶつかって、穴が開いたんだから」

「――リンスレット王女! 無事だったのかい?」


 アンが俺から離れ、リンスレットに駆け寄る。

 リンスレットもそれに気が付くと、ぴょんと穴から飛び上がり、床の上に着地した。

 安心した。

 見たところ、リンスレットはまだまだ元気そうだ。


「ふふん、当たり前でしょ。このくらいの戦闘でへばるほど、ミィミの女はヤワじゃないわ!」


 そう言って誇らしげに胸を張るリンスレット。

 それを見て確信する。

 全身から力が抜け、後ろに手をついて天井を仰ぐ。


 革命が、国崩しが、王獲りが……終わったのだと。

 いろいろとしんどかったが、終わり良ければ総て良し――とはいかないだろうが、すくなくとも、エルネストもラウルもフィデル……そして、アレイダも浮かばれることだろう。

 俺は膝を支えに、生まれたての小鹿のようにプルプルと震えながら立ち上がると――


「おーう、終わったかァ……!」


 突然、俺たちのいる階から上。

 その穴から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 見るとそこには、ボロボロのエルネストとラウル、そしてフィデルが俺たちを覗き込んでいた。


「みんな!」


 あまりのことに、俺の口から声が漏れる。


「へへ、どうやら……まだ生きてるようだな」

「あんたたちこそ! 生きてたのね!」


 リンスレットが嬉しそうに、三人に声をかける。


「ははは、言ったろ。オレたちが次に会う時は、この国の夜明けだって」

「ふふ、そうね……そんなこと……言ってたわね……」


 リンスレットの声が涙声になり、瞳が潤む。

 俺も、それにつられるように、視界がにじんでいく。


「おう。ただまぁ……夜明けというには、まだ早いんだがな……」

「え?」


 ここでエルネストの声色がすこし、低く変化する。

 再び見上げてみると、エルネストたちは冷めたような目で俺たちを見下ろしていた。

 ……なんだ?

 なんなんだ、この感覚。

 ケィモ王を倒し、エルネストたちも生きていたのに、なんでこんなに――

 嫌な予感・・・・がするんだ?


「リンスレットォ! 悪いが、まだ革命は完了じゃあねェ!」

「え? でも、パパはもう……」

「おいおい勘弁してくれ! 最初にこれは『王獲り』『国崩し』だって言ったろ?」


 じわじわと広がっていた寒気が予感に代わり、確信へと変わる。

 まさかエルネストのやつ――


「ど、どういう……?」

「かー! 察しが悪いのは相変わらずだな! リンスレット!」

「え? え?」


 リンスレットも雰囲気が変わったことに気が付いたのか、オロオロとしながら、エルネストたちを見上げている。


「チッ、これだから獣人ってやつは……いいか、よく聞け。俺たちの革命はまだ完了してねえ。なぜなら――」


 エルネストはそう言って、ビシッとリンスレットを指さした。


「王族はまだそこに一匹・・いるよな?」

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