第40話C.o.D ~果たすべき誓い~ Part.5

「魔族の姫よ、其方は二つの話を我の元へと運んできたが、果たしてどちらを指しているのか」

「グリムの話と妾の提案。どちらも耳を疑う類いじゃろうが、そのどちらにも偽りはない。蔑みの言葉で切り捨てる前に、どうか別の言葉に置き換えて考えていただきたいのじゃ。人魔の平和は根拠のないデマカセでは無く希望なのだと。つまりは夢であり理想なのじゃ、そしてこの夢を形にしなければ、人類も魔族も、恐らくは滅びることとなるじゃろう」

「其方が『星渡りの蝗ローカスト』と呼ぶ、空からの来訪者によって、か?」

「彼奴らの戦力は強大じゃ。驚異の程は目の当たりにすれば明らかだと言いたいところじゃが、目にしたときには手遅れとなる。備えなければ人間などひとたまりも無く、無論、それは魔族も同様じゃ。目的を見失った戦を続けている場合ではない、どうか妾の申し出を聞き入れてはもらえぬか」


 あれだけ騒がしかった広場はすっかり静まりかえり、どこからか聞こえてくる洗濯物のたなびきが五月蠅く思えるくらいだった。

 魔族の姫が跪き、人間の王に和平を乞い願っているのだから呼吸さえも憚られる瞬間だ。日々をただ過ごしていくだけの人々にしてみれば、戦争なんて終わった方がいいに決まっているからこそ、彼等は息を殺して王の返事を待っているのだ。


 だがしかし、そんな人々の淡い期待に思いがけない形で亀裂が入ることになる。

 鳴り響いたのは甲高い警鐘で、人々が慌てふためく様から何かよくないことが起きたのは明らかではあったが、こういった状況に疎いメアだけは事態を飲み込めていなかった。


「ウォーレン騎士団長、この音は一体なんなのじゃ⁈」

「……敵襲を知らせる警鐘ですよ、メア殿。この城に魔王軍が迫っているのです」

「なんと間の悪い事じゃ……ッ」


 部下に指示を与えているウォーレンから見えないようにして、メアは思わず顔をしかめる。

 しかめざるおえない。タイミングとしてはこれ以上無いくらい最悪、人魔の平和云々を訴えている最中に敵軍が寄せてきているのだから、むしろウォーレンが抜刀していないのが不思議なくらいである。

 反応として正しいのはきっと、より冷ややかな視線となったレリウス三世の対応だろう。


「これが其方の言う平和への道かね、魔族の姫君よ」

「城に寄せている魔王軍と妾に繋がりはないのじゃ」

「其方は魔王の娘であろう、魔王配下にある軍と繋がりがないとは思えんぞ。救出に来たのではないか? 或いは、潜入からすでに作戦であったか」

「妾は黒の大陸より落ち延び、この大陸に飛ばされてきたのじゃ。外の同胞達は妾が此所にいることさえ知らぬよ。それだけではない、所在はおろか、妾の姿を見ても魔王の娘だと解らぬじゃろうな」


 魔族にとっての支配者、その娘の姿を見分けられないなんて事態があり得るだろうか。レリウス三世が眉根を寄せて自問していると、まるで見透かしたかのようにメアが答える。


「これもある意味、長き戦の弊害じゃ。前線で戦う同胞達は外の大陸で生まれた者が多くを占め、やはり彼等も戦いの目的など知らぬ。その中には父上の姿さえ知らぬ者さえいるやも知れぬのじゃ」

「……では其方ら魔族は、姿も分からぬ相手に忠誠を誓い戦っているとでも言うのか」

「我らが信奉するのは力そのものであるから、ウォーレン騎士団長のような義による忠誠を誓う者は稀少じゃ。つまり姿形は問題ではない。強き者が弱き者を支配し従わせる、この単純な仕組みの頂点にいるのが父上というだけなのじゃ」


 メアは落ち着いて応じると、そのままレリウス三世が浮かべている策に意味がないと告げた。

 勿論、頭を覗かれたような気分になれば、当人は気に入らないだろう。


「……他人の心が読めるのか、魔族の姫君よ」

「なんと言うことはない、ただの予想じゃ。この場において妾の存在を利用するとすれば思いつくのは二通り。一つは妾を質にとり迫る軍勢を退かせること、もう一つは妾の首を晒して敵の士気を削ぐことじゃが、どちらも上手くはいかぬじゃろうな」

「試してみる価値はあると思うが……。ふむ、その根拠を尋ねようか」

「単純じゃ、妾には質としての価値がない。先に申した通り、いま攻めてきている軍勢の中で妾を知るものはいないじゃろう。であれば、脅したところで止まりせぬし、晒したところで怒りもせぬ。それに、よしんば妾を知っている者がいたしても、やはり質としての価値はないぞ。自分たちを抑えつけている魔王の娘じゃからな、むしろ死を望まれるはずじゃ」

「なるほど、魔族には似合いの野蛮さというわけだ」

「力を重んじる我らのことわりじゃ、妾も同胞達の気持ちには納得している。蔑むのはお主の自由じゃが、そこは尊重してもらいたい」


 人魔の平和を望んでいるが、メアは媚びへつらうことは決してしなかった。人間からすれば力こそ正義とする魔族の法は野蛮の一言で片付いてしまうだろうが、それでも彼女たちにとっては大事な文化の一部である。


 ここを譲れば、真の意味での平和からは遠ざかることになるだろう。

 故に断固とした姿勢をとっているメアであったが、レリウス三世の矛先はすでに別の所へと向いていた。いやある意味、精査するべき疑問が浮かんできたと言うべきかもしれない。


「……そういう事であれば魔族の姫君よ、どのようにして人魔の平和を成すというのか。魔族が力こそを旨とするのでれば、全ての魔族は魔王ディアプレドの配下であろう。とすれば、其方が求める平和とは、魔族の娘の夢物語に過ぎぬのではないかね?」

「忌憚なき指摘とは、やはり鋭く刺さるものじゃな」


 メアは誰にも聞こえないように独りごち、同時にグリムに感謝していてた。彼の歯に衣着せぬ物言いを先に受けていなかったら、きっと口ごもってしまっただろうから。


「レリウス三世よ、確かにお主の指摘する通りじゃ。妾は城も領地も持たず、一人の臣下も兵すらもいない、いわば孤独な王女に過ぎぬ。しかしじゃ、だからこそ妾は自由でもある。父上の力に縛られずに行動できる数少ない魔族、それが妾じゃ。故に妾は、妾が抱く理想のために父上を超える覚悟である」

「魔王を、超えると?」

「父上は力で同胞を支配し終わりなき争いへと駆り立てた。ならば妾は同胞を制し、人魔の平和を叶えてみせ、そして世界を護ってみせるのじゃ」


 力強く宣言するメアの声は、避難する民衆達の喧騒の中でも明瞭に響いていて、レリウス三世の耳に届いているのは確かである。

 しかし、まだ足りない。信じてくれと頼むだけで通じるのであれば、戦争を百年続けるほど拗れてはいないのだから――


「とはいえじゃ、言葉だけでは説得力に欠けることは妾も理解している。そこで提案なのじゃが、この街を妾に守らせてもらいたい」

「……何をしようというのかね?」

「迫っている軍を説得する。妾に従い武器を置き、人間との戦いを止めるように」

「耳を貸すとでも? 彼等が仕えているの魔王の力だと、聞いたばかりなのだがな。其方の要求を拒み、この城へ攻め入るとした場合はどう対処するつもりだね」

「説得に応じれば最良じゃが、その場合は我らの理に則った対応をする。今日でなくとも、いずれは妾の力は示さねばならぬからのう。双方の犠牲を少なくするには、妾が父を超えるしかないのじゃから」

「……ウォーレン騎士団長、其方の意見は?」


 真か偽か。メアの思惑を見定めるべく彼女を凝視していたレリウス三世に意見を求められる、ウォーレンもまたメアのことを暫し見つめていた。


「我々も戦闘準備を整えておりますが、先陣を任せてみるのもよいかと存じます」

「ほう、その根拠は如何に?」

「陛下をお守りする立場として不甲斐ない話ではありますが、メア殿の目的が陛下のお命であったとするならば、謁見が叶った時点で明暗は決しておりました。先程の蒼い炎を生み出した魔法をみるに、メア殿の魔力は封じられてはいなかったでしょうから、あの場にいた全員の命を奪うことも容易かったと考えられます」


 そう、行動を起こす気があれば起こす機会はいくらでもあった。仮に謁見が叶わなくとも、それこそ城壁の外側からでも彼女単身で城を攻めることも出来たのだ。だが、メアは力を行使することを控え、あまつさえ無抵抗で拘束までされた。


 つまりレリウス三世が生存していることこそ、メアの目的が戦いで無いことの証明となる。


「まず力を示せが父上の口癖じゃった。しかし妾は、力ではなく行動を以て示したい、平和への願いに偽りはないのじゃと。どうかレリウス三世よ、妾に任せてもらいたい」


 メアは、改めて深く頭を垂れる。

 そうする以外の術を知らなかったし、またそれだけしか出来なかったのだ。だから彼女は誠心誠意、ただただ理解と譲歩を願って頭を下げ続けていた。すると――


「よかろう。魔族の姫君よ、我が方の先陣を其方に任せよう」

「それはまことか⁈」

「其方の熱意に心打たれた、我としても戦が続くのは望むところではない」


 壇上のレリウス三世の口ぶりは、まるで命令を下すように高らかだったという。


「説得し従わせるも、力を以て従わせるも其方の自由だ。形は問わぬ。見事、魔王軍を制して見せよ。さすれば其方の提案を考慮することを約束しようではないか」

「であれば、早々に赴くとするのじゃ。レリウス三世よ、感謝するのじゃ」


 メアはそう言うと、伝令としてウォーレンが付けてくれた兵士を伴って城壁正門へと歩いて行く。彼女を通すために二つに割れた群衆から向けられる視線は、やはり冷ややかなものであったが、それでも彼女の瞳には希望の炎が燃えていた。

 しかし、そんなメアとは対照的に、その背を見送ったレリウス三世は冷ややかである。


「……魔王の娘とはいえ、所詮は小娘といったところか」


 するとメアの姿が見えなくなるや蔑むように呟いた主君へ、ウォーレンが呼びかける。騎士団長である彼としては、いち早く王を安全な場所へ避難させる必要があった。


「陛下、護衛と共に急ぎ城へとお戻りください。いつ魔王軍の攻撃が始まるかもしれません」

「そうだな。ではウォーレン騎士団長、後のことは其方に任せよう。手段は問わぬ、全ての敵を打ち破りこの城を守護してくれ給えよ」


 敬礼と返答。

 それによってウォーレンは王の命令を受けるはずであったが、慌てて駆け込んできた伝令が彼の言葉を遮ったのであった。

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