第3話 NEVER EVER ~折れた大剣、残された焔~ Part.2

 わらわらと迫ってくる、その金属球を斬り飛ばしながら戦士が叫んでいた。


「なんなんだ、こいつ等は⁈ まずいぞアレックス、キリがねえッ!」

「踏ん張れウォード、諦めるな!」

「分かってる! あぁ、分かってるさッ!」


 だが戦士――ウォード――は片目が潰れ、利き腕も折れてしまっていた。勇者の鼓舞に奮起するも、手負いの身では数の暴力を留めきるのは難しい。ましてや死角から飛びかかれては反応さえ出来ず、彼は腹を貫かれる。

 そうして体勢が崩れれば、怒濤のように襲いかかってくる金属球の思うがまま、次いで頭部に飛びついた二体目の金属球は、その尖った脚で戦士の頭部を串刺しにした。


 実に、あっけない最後だった。


「ウォードッッ!」

「奴はすでに事切れている。集中するのだ、勇者よ。気を乱せば我らも喰われるぞ」

「くっ……!」


 勇者は迫り来る金属球を次々と切り伏せ、魔王は徒手と魔法を駆使して身体に触れることさえ許さず、消耗していてもさすがは勇者と魔王、その称号に相応しい戦いぶりだ。それは決してあり得ない夢のタッグ、地上最強の言葉が似合う幻の組み合わせだがしかし、そんな二人をしても、旗色は悪くなるばかりだった。


 なにせこの金属球は、恐れも疲れもなく、際限なく這い寄ってきては襲いかかってくるのだ。生き延びるためには一本でも多く剣が必要で、青年は痛みを噛み殺してようやく身体を起こしていた。


「……あぁ、キミも無事だったか⁈」

「アレックス、俺のことはいいから自分の心配しててくれ、あんたが殺られちゃ意味がねえ」

「ジャーメインは近くにいるのか⁈ 姿が見えない」


 その名の魔術師は青年の近くにいた。いや、正確にはジャーメインだった物が、彼の視界の隅にあっただけだ。積み重なった瓦礫の下、そこから突き出している褐色の左腕は、不規則にピクピクと痙攣している。


「……もう死んでる、ちくしょう」

「つまりこの場における生き残りは、我輩と貴様等二人と言うわけだ。皮肉なことだな勇者よ」

「どうやら、そのようね」

「なんなんだ、コイツ等は⁈ 魔王! テメェの仕業じゃねえのか⁈」


 戦線に復帰した青年は怒鳴り声で尋ねたが、やはり信じがたいことに、隣で構えている魔王は、拳も殺気も他所へと向けたままである。一応の警戒はしている様子ではあるものの、集中力のほとんどは金属球共へと向いているし、なによりも金属球の攻撃の執拗さからして、魔王の側にないのは明白だった。


 だからこそ、否定する魔王の言葉は、業腹ながら信用に足る物となる。ただし、それを信じるかどうかは別の話だ。


「我が配下であれば、このような勝手は許さぬ」

「ハッ、どうだかな! 油断させるための芝居って可能性もある」

「馬鹿馬鹿しい。勇者の伴ともにしては頭の回らぬ小僧だな」

「ンだと、テメェッ⁈」

「やめないか二人とも! 私達は敵対する者同士だが、いまは私達で争っている場合ではないんだ。納得できなくとも、協力しなければ生き残れな――」


 ――と、勇者が二人の口論を諫めようとしている最中、彼女の言葉を遮り、緑色の光が窓から差し込んできたかと思えば、青年は抱きしめるようにして彼女を庇っていた。


 気を失う直前に見た光景、その端で確かに認めていたのだ。気味の悪い、あの緑色の輝きを。


 それはほとんど直感に過ぎなかったが、彼女を爆発に晒すわけにはいかない。自分が盾になれるのならばそれでいいと割り切って、青年の身体は勝手に動いていたのである。


 そして残念ながら、その直感は当たっていた。


 綠光の直撃を受けた石壁が爆発音とともに吹き飛び、破片を辺りに飛び散らせる。その光は、いっそ彼等全ても消し飛ばしてしまいそうな威力であったがしかし、何故だか青年の身体には痛みの一つも奔らなかった。


 不思議に思い彼は振り返る。


 するとどうだ、これまた信じられないことに、魔王の放った蒼い焔が壁を造り、二人を爆発から守っていたのである。その頑強さは驚くべきもので、なにしろ金属球諸共、焔壁えんへきの外側が見事に消し飛んでいるにもかかわらず、内部は全くの無傷ときている。


 だが、なによりも驚くべきなのは魔王の底の知れなさだ。勇者との戦闘、そして謎の金属球との連戦を経てもなお、まだまだ魔力には余裕があるように見える。その証拠に、魔王は悠然と立ちながら、崩れ去った石壁のから臨む光景を前にして、青年に向けてこう言った。


「此度の混乱が芝居ではないかと疑い、我輩は否定したな。……見てみろ、これがその証明だ」

「…………なんだよ、ありゃ」


 青年はまさに言葉を失い、しばし眼前の光景を唖然としながら眺めていた。


 彼の仲間と魔王軍が戦っているはずの丘は、緑色の光線によって灼かれて赤々と燃えている。その戦場を跋ばっ扈こするのは、人間の戦士でもなければ魔物でもない、長い六つ足を持った金属の箱共で、三階建ての家屋くらいの高さがあるそれは、ヒトも魔物も区別なく踏みつぶし、灼き、蹂躙していた。



 だが、青年の視線は地を向いてはいなかった。



 彼が見ているのは空――、否、本来あるべき空を覆っている巨大な円盤である。小さな島を丸々浮かべたようなその金属の円盤は、呻り声に似た駆動音を響かせながら、頭上全てを支配し、時折放つ綠光の光線を以て、地上をさらなる地獄へと変えていた。


 雲の向こうより現れた地獄の創造主、あれこそが真なる敵なのだと、青年は遅ればせながら理解する。だが、あんな物にどうやって対抗すればよいのか見当もつかない。大きさ、兵力、破壊力、どれを取っても勝ちの目は稀薄で、彼我の戦力差を表す言葉さえ見つからない有様だ。

 しかし、この絶望的な光景を前に、屈さぬ者が口を開く。ただ意外であったのは、口を開いたことよりもその内容に関してである。



 誰が想像するだろうか、魔王が、勇者に頼るなどと――



「勇者よ、恥を忍んで貴様に頼みたいことがある」

「……私に?」


 勇者は問い返しこそしたものの、にべもなく断ることはしなかった。傍若無人であった魔王の、ふと覗かせた神妙な面持ちに何か感じる物があったのかも知れない。


「我らの確執は深い、構えるのも無理はなかろう。だがどうか、この魔王ディアプレド一世一代の申出を受けてはくれまいか」

「耳貸すんじゃねえぞアレックス、こんな奴の言うことに――」


 魔王軍との戦争で、人間達は多くのものを失ってきている。それを思い出せば、青年が怒声を上げるのも無理からぬ事なのだが、しかし勇者は静かに手をかざして彼の言葉を遮った。


「おい、正気かよアレックス!」

「もちろん正気だよ。――さぁ魔王、言ってくれ。勇者である私に、命を奪い合うしかなかった敵である私に、何を望むのかを」


 すると魔王は、掌で魔力を凝縮させて一つの鍵を造りだし、彼女へと差し出した。


「これは?」

「魔族の王、我が血筋に伝わる宝を収めた宝物庫、その扉を開く鍵だ。貴様に、その宝を預けたい。宝はあの塔に眠っている」


 魔王が示したのは、城の中でも一番高く、そして一番遠くにある塔だった。今のところ無事のようだが、円盤からの攻撃を考えると、いつまで無傷でいられるか怪しいところで、勇者はその塔を眺めてから当然の問いを投げかけた。


 何故、魔王自ら行かないのか?


 魔族の宝であるならば、魔王が守護するのが筋だろうと彼女は問い、対する魔王の返答は、予想外に理解できる物であった。


「下では我輩の同胞が戦っておる、地獄の中にありながら、戦い続けておる。彼等を見捨て、戦場を去ってなにが魔王か」

「仲間の為か……。彼等の為ならば、私に宝を預けることさえ厭わないと、それほどの覚悟か」

「この申出、受けてくれるか」


 これはハッキリ言って異常なことだ。


 魔王が勇者を頼り、あまつさえ頼み込んでいる。ただ一言の「頼む」これを口にするするだけでも魔王の中では相当の葛藤があったに違いない。しかし魔王は、恥や矜恃などいう、個人が抱くいわば矮小な感情をあっさりと見限り、大局のために自らを捨てた。


 それは確かに王座を戴く者の姿であり、となれば、勇者は勇者の振る舞いをもって応える。

 だが、彼女は鍵を受け取りこそしたものの、こう続けた――


「その申出、丁重に承る。ただし、私が行くことはできない」

「何故なにゆえか」

「下には私の仲間もいる。共に旅し、共に戦い、ここまでたどり着いた仲間達だ。彼等を置いて去るなどと、私にもやはりできないよ。だから――」


 勇者はそう言って、受け取った鍵を青年へと差し出す。


「――キミが行くんだ、私に代わって」

「冗談だろ、アレックス」

「この小僧に任せるというのか、勇者よ。我輩は、貴様を見込んでおるのだぞ」

「私に頼ると言うことはつまり、方法の全ても任せると言うことだ。心配しなくても、彼ならばやり遂げてくれるさ、実力の程は身を以て知っているだろう?」

「勝手に話を進めんじゃねえ、俺は納得してねえぞ!」


 勇者が残る理由はそのまま青年にも当てはまる。下で戦っているのは彼の仲間でもあり、そしてなによりも、魔族の宝など、どうなろうが知ったことでは無いのである。どちらがより大事であるかなど、改めて考えるまでもない。


 だが勇者は努めて静かな声で、青年を諭すのであった。


「キミの想いは剣に乗せて、みんなの元へと届けよう。代わりにキミは、私の想いを運んでくれ。大丈夫、キミなら必ずできるさ。単独行動ならば私よりも上手じゃないか」

「……アレックス」

「そう心配するな、なにせ横には稀代の魔王がいるんだからな」


 勇者が浮かべた笑顔、その言葉の裏側。


 込められた全てを理解しながらも、青年は鍵を受け取れずにいた。彼女はどうしたいのか、彼女はどうしてほしいのか、頭では分かっているのに掴むことができないのだ。手を伸ばしてしまえば、それがきっかけになると気付いているが、時間は彼の悠長を許しはしない。


 時はいま、場所は此所


 青年もついに腹をくくって、勇者の手から鍵をむしり取った。


「……うん、それでいい」

「俺からも渡す物がある」


 青年はそう言うと、腰に提げていた小さな革袋を勇者へと渡す。袋の中ではちゃりちゃりと、防破損魔法で守られた瓶がぶつかり合っていた。


「残った回復薬だ、飲めば体力と傷を治してくれる。ただし――」

「痛みは強烈、だろ? ありがとう、上手く使うよ」


 そうして袋は勇者の手に渡ったが、青年は薬瓶を一つ握ったままだった。険しい表情でその瓶を睨み付ける彼の脳内では、複雑な感情が渦巻いていたが、背に腹は代えられないの言葉が示すとおり、時には折れることもまた必要なのである。

 青年は、手にしていた瓶を魔王に向けて投げ渡した。


「……一体、なんのつもりだ?」

「回復薬だ、てめぇにも一つくれてやる。その代わりに覚えとけよ魔王、アレックスにこれ以上の傷増やしやがったら、戻ってきて俺がぶった切ってやるからなッ!」


 啖呵を切った青年には些かの怯えも気負いもなく、堂々と魔王と向かい合っていた。その気勢に、或いは無謀に敬意を払ってか、魔王は礼儀正しく胸に手をやり、軽くだが頭を垂れた。


「承知した。この魔王ディアプレドの名において、全力を以て勇者を支えよう」

「ふふふ、不思議な感覚だね。魔王の名を聞いて頼もしく思う日が来るなんてさ」


 勇者は笑って言った。

 勇気を奮い起こさせるように、勇気を奮い起こすように――


「さあ、キミはキミの使命を、キミにしかできない使命を果たしに行くんだ」


 そう送り出された青年は前だけを見て駆けた。城内に侵入してきた金属球共を斬って進み、示された塔を登った先で見つけた宝は――

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