嘘つき

氷見 実非

嘘つき

 大学の授業後、貴方と帰ることが日課になっていました。お付き合いしているという訳ではなく、ただ同じ電車に乗っていて同じ授業を受けていたという理由だけで、明るい性格の貴方は僕によく話しかけてくれました。

 

 隣を歩く貴方は、大学の最寄り駅までにある喫煙所から漏れる煙に嫌な顔をします。


 「そういえばタバコは辞めたの」


 と聞く貴方に僕は二つ返事で嘘をつきました。その返事を聞くと、貴方は


 「そっか」

 

 と言いました。今思えば、勘のいい貴方のことですから僕の下手な嘘に気付いていたのかもしれません。

 

 その日課も今となってはできなくなってしまいました。僕は真白のベッドの上で、窓の外を見ることしかできなくなりました。窓の外には、葉を落とした木が寒そうに震えています。

 

 貴方は週に2回ほど、お見舞いに来てくれます。卒論などで忙しいはずなのに、疲れているはずなのに、そんな顔を全く見せずに僕の様子を見に来てくれます。

 

 「元気?」

 

 と貴方はお見舞いに来ると必ず僕に聞きます。

 

 「元気」

 

 と素っ気なく答えると、君はいつものように

 

 「そっか」

 

 と言います。


 そうして小1時間ほど大学のことなど貴方の最近のことを僕に教えてくれました。仕舞には、同じサークルの人に口説かれたなんてことを無邪気に笑いながら言いました。僕は笑いながら、「よかったね」なんて言って、何時もの様に貴方の話を聞く側に徹していました。

 

 しばらくしてから、僕は

 

 「もう話し疲れたし、帰っていいよ」

 

 と言いました。すると君はいつものように

 

 「そっか」

 

 と言い、

 

 「またね」

 

 と病室を後にしました。ベッドから貴方の背中を眺めていると、まだ話したいというのが犇々と伝わってきました。

 

 思い返すと、僕は貴方に嘘ばかりついていたかもしれません。それなのに、貴方はいつも「そっか」と言って僕のことを肯定してくれました。

僕の貴方への最期の手紙に色々なことを詰め込みたくて、でも言葉が纏まらなくて、何回も書き直して、結局この文章しか思いつきませんでした。

 

 「僕は貴方のことが嫌いでした。貴方と過ごした日々は、世界で一番楽しくなかったです。」

 

 この手紙を読んだ貴方は、また「そっか」と言ってくれますか。

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嘘つき 氷見 実非 @Himi-miHi

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