第十一話 たまゆらの街で待つ人は

 それで茜とキヨ、それにレオとパパさんの三人と一匹で駅へと向かうことになった。


「それじゃあ、またな、レオ。ママとミクをよろしくな」


 駅のホームでパパさんは名残惜しそうにレオを何度も撫でる。

 茜はそんな一人と一匹を見守っていた視線を、隣に立つキヨへと向けた。


「キヨ、いろいろありがとう。おじいちゃんには会えなかったけど、おじいちゃんのことを知れて良かった」


 おかげで長年胸の中にしこりとして残っていたワダカマリが、いまはすっかり消えてしまったように思う。


 しかし、キヨは料理屋さんを出てからと言うものずっと言葉が少ない。しかも茜から、微妙に視線をそらしているような気もする。

 何か気分を害するようなことしてしまったんだろうか。


 そのことに少し寂しさを感じながらも、茜は明るい笑顔を浮かべてキヨを見上げる。


「それじゃあ、またね。って……もう会うこともないのかな。でも、元気でね」


 別れを告げると、茜は停車している帰りの電車に乗り込んだ。


 そのとき。


「まってくれ」


 茜の手をキヨが掴んで引き留めた。

 振り返ると、彼は酷く申し訳なさそうな顔で茜を見つめている。


「俺……お前に謝らなきゃいけないことがあるんだ。俺、実は……」


 そのキヨの言葉に、茜は小さく微笑むと言葉をかぶせた。


「わかってたよ。おじいちゃんの幼なじみの、清孝さん」


 キヨの目が、驚きで大きく見開かれる。


「……気づいてたのか」


「おじいちゃんと知り合いだったって聞いて、それで思い出したんだけどね。あの日、おじいちゃんがあなたをそう呼んでいたよね」


 祖父・久保誠司が亡くなったあの日、急に祖父のところに遊びに来た祖父のおさななじみ。それが茜が見たことのある、唯一の彼の生前の姿だ。


「すまない。俺があの日、急に誠司のところに遊びに行ったせいで、誠司と映画に行けなくなってしまって。そのあと誠司の訃報をきいて、取り返しのつかないことをしちまったと思った。……ずっと、謝りたいと思ってたんだ」


 キヨは泣きそうなほどに、くしゃりと顔を歪めた。


「そうだよ。アナタが唐突に遊びにきたからいけないの」


 責めるようにそこまでいってから、茜は口調を和らげる。


 子どものときは、本当にそう思っていた。アナタが来なければよかったのに、って。

 でも、大人になったいまはこうも思うのだ。


「おじいちゃんが亡くなる直前に、生前のあなたに会えて良かった。おじいちゃん、あなたに会えてうれしかったと思うんだ」


 そして、キヨの頬に右手で触れる。


「だから、こうしてあなたに会えて、話ができて私も嬉しかった。もしかすると、私はあなたに会いたくてここに来たのかもしれない」


 茜は、ふわりと微笑む。

 キヨも、小さく笑みを返してくれる。


「俺も、もう一度会えてよかった。気をつけて帰れよ」

「うんっ」


 元気に返事をしたところで、発車のアナウンスが流れた。


「レオ君! 行こう! 私たちの世界に戻ろう!」


 茜がまだ別れを惜しんでいるレオたちに声をかけると、レオはワンワンと大きな声で鳴く。そしてパパさんの顔をペロッと嘗めると、元気よく走ってきて電車に飛び乗った。


 ガタン、と音を立てて電車が進み出す。


 茜はホームに残るキヨとパパさんに手を振った。レオも、ワンワンッと元気に吠える。キヨとパパさんもこちらに手を振り返えしてくれた。


 もう二度と会うことがないだろう人たち。見ることがないだろう景色がドンドン遠ざかっていく。


 そして、レオと一緒に車両の座席に座ったところで、茜の意識は途切れてしまう。

 次に目を覚ましたときは、自分の部屋にいた。いや、肉体はずっとこの部屋にあったのだろう。生霊となって肉体から離れていた魂が、無事に戻ってきたのだ。


 傍らには、前の晩に飲んだと思しきチューハイの缶が転がっている。

 どうやら床で眠ってしまっていたようで身体のあちこちが痛い。身体がだるいのは、キヨに霊力を渡したせいかもしれない。


(レオ君も、ちゃんと自分の身体に戻れたのかな)


 寝ている間に見たことが、夢だったのか、それとも現実におこったことだったのか今となってはもうわからない。


 それでも、心の奥にほんわかとあたたかな気持ちが残っている。

 それだけで充分だった。


「よーっしっ。今日も頑張って仕事いくんだっ」






 だけど、そのわずか数日後。

 いつも通りベッドで眠りについた茜は、いつの間にか自分があの電車に乗っていることに気づく。


 そして、案の定、電車はあの『たまゆらの街』駅に着いたのだった。


「え? え? なんで?」


 もう、祖父へのわだかまりもすっかり解消したと思っていたのに、なんでまたこのホームに立っているんだろう? わけがわからず首を傾げて佇んでいると、後ろから聞き慣れた声で呼び止められた。


「おい。なんでお前、またここに来てるんだよ」


 振り向くと、予想通り。やぶにらみのイケメン、キヨが立っている。

 茜は「あはは」と頬を掻きながら、笑うしかなかった。


「な、何ででしょう……」

「はぁっ」


 キヨには盛大なため息を返されてしまう。


「……お前、ここへ来る道のりを霊体が覚えちまったんだな。霊力が強いヤツにはたまにいるんだ。まぁ、しゃーないな。次の電車が来るまでまだ時間があるし」


 くしゃくしゃと頭を掻くと、キヨは茜に背を向けてすたすたと駅の出口に歩いていってしまう。


 その背中をぼんやりと眺めていたら、彼が足を止めてこちらを振り向き、ぶっきらぼうに声をあげた。


「ほら、ついて来ねぇのか? 来ないんなら捕縛して連行すんぞ」

「行きます! 行きます! 行くってば!」


 キヨの背中を追って駅の外へ出ると、『たまゆらの街』の不思議な光景が視界いっぱいに広がった。

 今度はどんなことがおこるんだろう。茜は胸のわくわくを抑えきれなかった。

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たまゆらの街で待つ人は 飛野猶 @tobinoyuu

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