全裸計劃

HK15

全裸計劃

「たちの悪い冗談だったんだ」ジョンは言った。「印度大麻ガンジャとLSD狂いの西海岸ウェスト・コーストヒッピー文化カルチュアとニュー・ウェーブSF、それに超心理学パラサイコロジイの野合さ。わけのわからん話だと思うが、そういうアホみたいな計画プロジェクトに国費が投じられるような、そんな時代だったんだよ。まあ、冷戦万歳ビバ・コールド・ウォー、というわけだね」

 「で、あなたがたはその計画プロジェクトを進めたわけですね」

 ジョンはうなずいた。

「アングルトン時代の偏執狂パラノイアの所産でもあったんだ。あの頃、わが国の諜報機関群インテリジェンス・コミュニティの中には、オカルトや超科学パラサイエンスの分野で、敵──つまりソビエトのことだね──彼らに後れをとっている、という強い危機感があったんだよ。いや、そればかりじゃない。同盟国と比しても、だ……」

「例の工作員エージェント#7ですか……」

「そうだ」ジョンは顔をしかめてうなずいた。「しかし、あれは一例に過ぎないんだ。話に出たから、英国を例にとるが、かの国の情報機関OHMSSが長年かけて、世界中から簒奪……いや、収集してきた資産アセットの総量ときたら、すさまじいものだよ。ベルリンばかりじゃない、連中は世界中でサルベージ稼業に精を出してきた。略奪品でいっぱいなのは、大英博物館だけじゃあないのさ。さて、それにひきかえ、わが国はというと……」

 ジョンはそこで肩をすくめてみせ、

「有り体に言うとだね、70年代後半まで、アメリカ合衆国は、オカルト戦争においては、他国の後塵を拝し続けてきたんだ……。もちろん、我々だって、ずっと拱手傍観していたわけじゃない。たとえば、第二次大戦前後のインディアナ・ジョーンズ博士の活躍は偉大で、今に至るも、米国の超常技術資産パラテック・アセットの積み立ての大半は、彼の功績に依るところが大だ……しかし、それだけでは、十分じゃなかった。だから、我々は、どんな突飛なこともやらねばならなかったんだ」

「そのための〈全裸計劃プロジェクト・ネイキッド〉だった、と……」

その通りエグザクトリィ」ジョンは苦笑いした。「もちろん、局内での優先度プライオリティは低かった。まあ、当然だがね。何せ〈敵国総全裸化オール・エネミー・ビー・ネイキッド〉だぜ……さっきもいったが、全く冗談じみたアイデアさ。こんなもの、大統領にどう報告すればいいっていうんだね? ……いや、まあ、実をいうと、全裸云々というのは、計劃プロジェクトの最終目的じゃなかったんだがね」

「と、いいますと……」

「要は、我々の計劃プロジェクトのポイントは、いかにして敵国民の文化的・精神的結束を乱し、破壊するかということだったんだ。つまり、〈ひとつの国を、いかにして発狂させるか〉が重要だったということだ。総全裸化は、手段のひとつに過ぎなかった。いろいろな手段が考えられていたんだよ。たとえば、セミパラチンスクのトイレ工場労働者に、グレープフルーツ味のファンタを飲ませるなどの作戦が立てられていた」

「正気とは思えませんね」

「そうだろうね。今にして思えば、まったくとち狂っていた」ジョンは苦笑いした。「だがね、狂気の渦中に身を置いているとね、自分らがいかにいかれているか、認識するのは極めて困難なんだよ……」

 そこで、ジョンは、目の前にいる、青白い顔の若いCIA局員に向かって言った。

「さて、アーサーくん。こうやってきみが、アーカンソーのこんな田舎町までやってきたのは、CIAザ・カンパニーを退いて久しい老いぼれの、奇妙ウィアードな昔話を聞くためだけじゃあるまい……」

 若い局員──アーサーはうなずいた。持っていたカバンの中からアップルのラップトップを取り出し、テーブルの上に置く。

「これからあなたに見せるものについては、連邦政府の定めるところにより、守秘義務が課せられます。よろしいですか……」

 ジョンはうなずいた。アーサーはPCを操作した。動画がディスプレイいっぱいに表示される。

 高高度から撮られたことが一目でわかる動画だった。無人偵察機プレデターに覗き見させたのだろう。それはともかく、そこに展開されているのは、異様そのものの光景だった。

 すっぱだかの人間の群れが、広い道いっぱいに溢れて、わらわらと行進している。

 老いも若きも、男も女も、肌の色も様々の人々が、みな生まれたままの姿で、へらへら笑いながら歩いている。しかも、面妖な歩き方なのだ。足を異様に高く上げたり、三歩進んで二歩下がったり……。調子外れの歌も聞こえてくる。しかし、なにより異様なのは、道にあふれる人々全員が、片手に何かの飲み物のペットボトルを持っていることだった。

「これはシェルミッケドム共和国の首都へヴンで撮影されました。3日前の映像です」 

 アーサーの声を、ジョンはどこか遠くで聞いていた。

「これは……」

「そうです。まさしく、あなたがたが取り組んでいた計劃プロジェクトをなぞっている。ちなみに、彼らが手にしているのは、グレープフルーツ味のファンタです」

「おう、なんと。つまり、これは……」

「そうです。何者かが、とうの昔に葬られたはずの心理戦争サイコロジカル・ウォーフェア計画を盗みだし、復活させたのです。そして、各地に混乱の種を蒔いて回っている」

「なんだって……」

「そうです、ミスター・スミス。シェルミッケドムだけではありません」アーサーは低く、乾いた声でいった。「世界各地で、集団全裸化現象マス・ネイキッダライゼーションが発生しているのです。それに伴い、第三世界を中心に、深刻な社会秩序の崩壊が進行しています。これは重大な安全保障上の脅威セキュリティ・スレッドなのです」

(続かない)

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全裸計劃 HK15 @hardboiledski45

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