第一章 ここは百年後の世界①

 いつの間にか時は過ぎ、悲劇から百年以上もの月日が流れていた。

 せいれいに護られ魔法が存在する国、プリエゼーダ王国。

 この国には『輪廻りんね転生』が存在する。

 こうかいを持って死んだ者のたましいが時を越えて再度新たな生を受けるのだ。

 とはいっても、転生が許されるのは条件を満たした魂だけ。

 その条件には、転生をつかさどる精霊に差し出せる対価があること、死ぬぎわに精霊にそうぐうする幸運、などがあるといわれている。

 しかし、そのどれもがさだかではない。それほどに転生する者は少ない。けれど『精霊に差し出せる対価を持つ貴族やだいごうに転生者が多い』というのが有力な説だ。

 さらに、転生した魂は前世の記憶を持っているとは限らなかった。

 例えば、この世界では魔力を持って生まれた者には必ず一つ固有魔法が与えられる。それは不思議と転生しても受けがれるらしい。

 本人には記憶がないのに、固有魔法がかつてのじんと同じだった、という理由で転生が判明した例もあるのだ。

 アレクシアの場合、前世の記憶がもどったのは六歳の時だった。


(……あ……あつ……い)

 目を覚ました時、アレクシアは熱にうかされていた。

(身体が……動かない……ここは……どこ……?)

 火のように熱く、なまりごとく動かない身体。自分は追っ手に魔法で焼かれているのかもしれないと思った。しかしどうやらちがうらしい。

てんじようがある……ここは、あの森ではないわ……)

 おでこにのせられた、ぬるいタオルの感触。ぼんやりと視界に入った室内をうすぐらく照らすあかりは、精霊の力を借りて使うタイプのものではない。

(あれに……似ているわ。この前……異国の科学者が大量に生産してきゆうさせたいと言っていた、『魔力がなくても使える灯り』に)

 ぼうっとする頭でここがどこなのかを考えていると、キイと部屋のとびらが開く音がした。入ってきたのは使用人らしき格好の女性である。

「シェイラおじようさま、目を覚ましていらっしゃったのですね」

(……シェイラ?)

 その瞬間、頭の中にたくさんの光景がぶわっと流れ込む。

 小さな町の風景。その真ん中にたたずむぼろぼろのおしき。やせた土地を耕す農民の姿。がらんとした町の商店。商人や旅人がまる、あまりはんじようしているとは言えない小さな宿屋。母親と一緒につくろい物をする幼い少女たち。

 決して豊かではない町。そして、天気はいつもどんよりとしたくもり空。

(ここは……この地を治めるキャンベルはくしやく家。私は、女王・アレクシアではなく領主のむすめシェイラ・スコット・キャンベルよ。……ここでは)

 きっと自分はあの森で死んだのだ。そして『輪廻転生』に従って転生してしまったらしい。その事実が、すとんと胸に落ちた。

(あんなさいだったのだから……転生するのも当然かもしれないわ)

 記憶を取り戻したばかりの自分には、シェイラとしての記憶が不足している。頭の中にあるのは分かるけれど、熱におかされているせいもあってきりが晴れないのだ。

「まだお熱が下がりませんね。おでこのタオルを取りえて、お薬を飲みましょうね。だいじようです。こおりに混ぜて差し上げますから」

(彼女は……そう、パメラだわ)

 まるで子どもあつかいのパメラに、シェイラは押しだまる。というか、のどが痛くてしやべれなかった。

(薬ぐらい……つうに水で飲めるのに)

 クラウスは無事だろうか。いや、無事、という表現はおかしい。うっかり転生してくれていたりはしないだろうか。彼に会いたいと思うと同時に、ひどく大きな不安が身体からだを襲う。

 なぜなら、生まれ変わりを意味する転生はただいいことばかりではない。精霊に対価を差し出したうえで、さらに大きな代償をはらわねばいけないのだ。それは──。


 ──伝承の通りならば、転生者は、前世での寿じゆみようと同じねんれいで死ぬ。


 それをかいするためには前世での後悔を解消することが必要だった。……が、転生先の時代で前世での心残りを解消できるなんてそんな都合のいい話はない。だから、転生者の多くは短命だった。

(私は……きっと『記憶を持たない転生者』として『シェイラ』の人生を過ごしていたんだわ。この熱は、恐らく寿命をむかえるためのものね。記憶が戻ったのが今でよかった。クラウスがそばにいない人生なんて、えられない)

『シェイラ』の最期をかくしながら、あらい呼吸に耐える。

 前世、アレクシアは身体がじようだった。剣術のけいでしょっちゅうり傷をつくってはいたものの、風邪かぜすら引いたことがない健康体である。

 ちなみに前世、アレクシアのせいで『魔力の強い者は流行はやり病にかかりやすい』という言い回しは明らかに風化した。

 というわけで、熱にうかされるというこの初めての感覚がつらすぎた。そのせいでアレクシアとしての後悔にばかり気をとられていたのだ。だから、その事実は多大なるおどろきを持って迎えられることとなる。

「お嬢様。お水を」

 パメラが差し出してくれたコップをシェイラは身体を起こして受け取る。

 やっと、異変を感じとったのはその時である。

(……小さい)

 もうろうとする中。自分の胸の前でコップを支える両手がいやに小さいのだ。ぷくぷくとした白いその手は、まるで──

「こどもみたい……」

 かすれたシェイラのつぶやきを、パメラは聞きのがさなかった。

「ふふ。シェイラお嬢様は子どもではなく立派なレディですわ。六歳のね」

(え)

 シェイラの驚きは声にはならず、喉の奥に吸い込まれていった。


 次に目が覚めると、夕方だった。

(身体が軽いわ……)

 熱はすっかり下がったようである。けれど、パメラが水を運んでくれてから数日がっているのか、まだ数時間しか経っていないのか。それが分からないくらいには、シェイラの意識はまだぼんやりとしている。

 窓の外に見える、赤い空。この色は最近見たばかりだ。そう思ったしゆんかん、自然と動いていた。

「あの後……!」

 この身体が持つおくたよりに、かべを支えにしながらしよさいへと向かう。

(キャンベル伯爵家の書斎には、歴史や政治の本がたくさん保管されているはずだわ。この、はお父様といつしよに書斎の整理をしたことがあるもの)

 自分にとってはまだ数日前の、あのまわしい記憶。

 そこから一体どれぐらいの時が流れているのか。国はどうしたのか。

 ──自分が愛した人はどうなったのか。

 とにかく、その答えが知りたかった。


 辿たどり着いた書斎で待っていたのは、目をらしたくなるような現実だった。

「今は、プリエゼーダれき九五三年の春って……」

 書斎の新聞と近代史の記録を前に、ゆかに座り込んだシェイラは絶句する。

 城がおそわれたのは、プリエゼーダ暦八五二年の冬のことだった。それから、ほぼ百年が経っている。

「八五二年のクーデターによって命を落としたのは、女王・アレクシアと一人の従……。反乱は三日で制圧され、新王として王族のとおえんにあったコーエンこうしやくそくしたのね」

 目覚めた時点で、自分はあそこで死んだのだろうということは分かっていた。だから、アレクシアの結末についてショックはない。

 それよりも、魔法でがした使用人たちはみな助かり、数日で国はへいおんに向かったという歴史にほっとする。

「……『次期王位けいしよう者だった王弟リチャードは国に帰らず亡命先のりんごくつつましくも平和な人生を送った』そうよね。あの子、まだ八歳だったけれどかしこい子だもの。正しいせんたくだわ」

 失望を何とかみ込み、高まるどうに耐えながら資料のページをめくる。

 それは、プリエゼーダ王国に存在した貴族をすべてまとめためいかんの、クラウスの生家であるワーグナーこうしやく家のページだった。

「ワーグナー侯爵家の家系図は……。クラウスではなく彼の弟から続いているわ。……現在も名門として存在している」

 家系図の中で一つ、はいぐうしやを持たずにぽつんと書かれた「クラウス」の名前をふるえる指先でなぞる。これは、そういうことなのだろう。

 もう会えない彼の顔が頭をよぎる。視界がにじんだと思ったら、もうなみだほおを流れていく。

(本当の最期までは覚えていないけれど)

 クラウスは絶対に、アレクシアの側をはなれたりはしなかっただろう。

 自分が転生したということは、最後にせいれいに会ったことになる。──ということは。

「私と一緒にいたクラウスも転生している可能性があるわ。……でも、どの時代かは分からない。……普通に考えて、もう会えるわけがない」

 自分が転生したのはあれからほぼ百年後。けれど、クラウスが生まれ変わったのは三日後だったかも知れないし、もしかしたら千年後になるのかもしれない。

 それはさがしようのない、ほうもなく広い世界で。手元の名鑑の、クラウスの名前の上に涙が落ちそうになるのをあわててぬぐう。

(私たちはあの森で死んだ。生きて会えるはずがないのだわ)

 彼が生きているかもしれないといつしゆんだけでも希望を持ってしまったことは、想像よりもずっと心をしずませたのだった。

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