田崎結菜はもういない

くろねこ教授

全一話 完結

少女は亡くなった。


田崎結菜。

彼女は普通の女子中学生。

何も悪い事はしてないし、特筆するほど良い子でも無い。


毎朝、母親に起こされて目を覚ます。


「また、真夜中までスマホ弄ってたんでしょ。

 今度起きなかったら、スマホ禁止にするよ」

「えー、起きてんじゃん」


「それは何度も起こしたからでしょ」

「えー、スマ禁されたらアタシ死んじゃうよ」


シャワーして、鏡に向かう。

薄いリップ。

本当はアイメイクやチークも興味あるのだけど、母親がうるさい。


「せっかくキレイな肌なのに、中学から化粧なんてしたら肌荒れするよ」


電車で一駅の通学。

自転車で行くという手も有るけど。

制服のスカートで自転車はヤだ。


「ヤッホー、ユイユイー」

「ヤッホー、ツッチー」


それに電車で行けばクラスメイトと喋りながら行ける。

有意義な時間の使い方でしょ。。


「あっ、梶じゃない」

「ユッキー、カジだよ」


「なに、同じ学校なんだから通学路で逢うのフツーでしょ」

「挨拶しにいかないの~」


「行かないよ、どうせ隣の席だよ。

 後で挨拶するよ」


梶は結菜の隣の席に座るオトコのコ。

サッカー部。

細身で背が高い。

カッコイーなんて人も居る。

結菜は『フツーだよ』なんて言ってみる。



交通事故だった。

交通事故における死者数はは1990年代から下がり続けて居る。

一時期は負傷者百万人、死者一万人なんて時も有ったのだ。

最近では負傷者五十万人、死者は四千人以下。

それでも四千人以下。

毎日平均十人近い人が亡くなる。


だから田崎結菜も。

それだけの話。

それ以外何も無い。

運転手が結菜に恨みを抱いてた。

なにかの陰謀が進行していた。

そんな話は一切無い。

ただ、前方から飛び出た自転車にトラックの運転手がハンドルを慌てて切ってしまった。

それだけ。



田崎結菜は教室に辿り着いて席に着く。

真面目に授業を受ける。


頭の良い方じゃないのだ。

ポーズだけでも真面目にやっておかないと成績に響く。


隣の席の男が囁く。


「なぁ、数学の宿題やって来た」

「当たり前じゃん」


「マジか、見してくれない。

 俺昨日寝ちゃってさ」

「ヤだよ。

 カジ、最近多いよ。頼り過ぎ」


「今度ジュースおごる。

 頼むよ」

「しょうがないな」


数学のノートを密かに梶に渡す。


「へへへー」


梶が笑う。

こいつ、アタシに甘えるためワザと忘れてないかな。

梶は陽キャ風だけどそんなにチャラくない。

むしろ熱血スポーツマンに近い。

毎日ガッツリサッカー部の練習。

部活以外の時間は練習で疲れたと何時も言ってる。


クラスメイトには付き合ってる風に言われる。

でも本当は彼氏彼女じゃない。

ラインは交換してるけど。

毎日メッセージ送り合ったりもしてない。


一度だけ、二人で映画に行った。

デート。

いや、デートの真似事。

すげえカチンコチンになった。

二人とも緊張の塊。

全然話も出来なかった。


それっきり二人で出かけたりしてない。

教室で話すだけ。

教室でなら話が弾むのにな。

二人での映画がトラウマになったのかも。

あんな緊張感もうイヤ。

梶も誘ってこないし。


何となく視線を感じる。

分かってる。

後ろの堀江だ。


堀江は昼休み、何時も一人だ。

友達が居ない訳でも無いみたいなのだけれど。

文庫本を開いて、読みながら弁当を食べる男子。

ブンガク青年。

中学生だけど。


一人で文庫本を開いてるのが似合う。

特に孤立したり、虐められてる訳でも無い。

それがフツーなのだ。


席替えで前後の席になったので話しかけたりもしてみた。

「コンニチワー」

「こんにちわ」

挨拶以上の話が進まない。


だけどこの前。

たまたま教室には他の人が居なかった。

堀江が開いてた文庫本は知ってる作家の本だった。

ミステリー系の女性作家。

結菜の親がミステリー小説好きなのだ。

何かと勧められて結菜も軽いのは読んでいる。


「あ、それ読んだ事ある」

「本当?!」


堀江の顔が変わった。


それから小説の話をした。

堀江は饒舌になった。

堀江は何でも読むタイプらしい。

古典文学作品から、ファンタジー、ミステリー。

恋愛小説に国際もの、企業ものにアクションまで。

結菜がミステリーだけは結構読んでると知るとミステリーの話中心になった。


それから教室に他のクラスメイトがドヤドヤ入ってくるまで。

ビックリする位話が弾んだ。


家に帰ってから堀江の事を思い出した。


表情の変わらない男の子だと思ってた。

ちょっと冷たい感じのする一重の目。

笑うと目元がクシャッとなった。

何だか目がキラキラしてた。

瞳に星が一個しか無かった筈なのに、十個位現れた。

そんな感じ。


堀江にそんな顔をさせたのは結菜なのだ。


それから時々、堀江の視線を感じる気がする。

これってさー。

なんちゃって。

逆なのかもしれない。

堀江の視線が見てる物を結菜が追ってるのかも。

だったらどうしよう。


「堀江、一緒に帰らない」

そんな台詞を言ってみようかな。

無理ムリ。

クラス中から注目されるのが確定。


結菜、梶から堀江に乗り換えたの。

そんな事を言われそう。

最初から付き合ってないってば。

それも無理なんだわ。

デートに行った。

映画館で二人してド緊張。

そんな話はすでに女子にしてしまった。

恥ずかしいエピソードの様に見せかけて、実は自慢話。


梶は多分クラスで人気が高い。

サッカー部のレギュラーメンバー。

練習試合に出てる姿は結菜だって見惚れる。

何故か勉強も出来る。

授業中、たまに寝てるくせにテストの点はいい。

性格も明るい。

良く男同士でふざけてる。

ジャニーズみたいな美少年では無いけれど。

短く刈った髪の毛、細身だけど筋肉が有る身体。

長い鼻筋、尖ったアゴ。


クラスで人気投票なんてした事ない。

そんなマンガみたいな事はしない。

でも多分人気順位三位以内には入る。


どちらと付き合ってんの。

そんな風に訊かれたら。

どちらとも付き合ってないよ。

いや、梶とだよ。

だって梶の方が人気有る。


それに訊かれるハズ無い

だいたい堀江と話してるのは他の子には見られてない。

堀江なんてクラスで話題にもならない。

背だって低い。

もしかしたら結菜より低い。



田崎結菜は家路に着く。


校庭ではサッカー部が練習してる。

友達が囃すけど『別にー』と言って見ないで帰る。

学校の校門からワイワイと出る。

信号を渡って、信号が変わらないうちに一人だけ友達から離れる。


「ゴメーン忘れ物した。

 先帰ってて」

「えー、なに。

 一緒に取りいこうか」


「ダイジョブ、ダイジョブ」

「あやしー、サッカー部の練習見に行くんじゃないの」


「そんなワケ無いっつーの」


下駄箱に男子がいた。

文庫本片手に持った男子。


スマホじゃなくて文庫本眺めながら帰る男の子。

ニノミヤキンジロウか。

そんな人他にいないでしょ。


帰り道たまたま二人になった。

それならアリ。

また二人で話せる。

あの笑顔が見れるかも。

そう思っただけで心臓の音が大きくなっていく。


その時突っ込んで来た大型車輌。

学校の子が自転車で走り出した。

それを避けたのだ。


少女はトラックとガードレールに挟まれた。

半身がグシャグシャ。

一瞬で意識は失っただろう。



その一瞬何を考えたか。

サッカー部の少年の事か。

文庫本を取り落としてガードレールを見ている少年の事か。


その問に答える事は出来ない。

田崎結菜はもういない。

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