プロローグⅢ

「どこに行くの?」


 僕は髭を蓄えた白髪の老人、ローレンスの車に乗って移動していた。古めかしいクラシックカーの乗り心地はあまり良くない。


「これから僕たちが住む家だ。風伊町と呼ばれる小さな町だが、修行を積むのにはもってこいの場所だよ」


「修行? 何するの?」


「そうだな。まずは剣術、これはマストだろうね。他にも徒手空拳、学問、振る舞い、馬術と挙げだしたらキリがないよ」


「ふーん、やることは前とあんまり変わらないのか」


「そういえば、君は元々教育を受けていたね。なら、それをさらにレベルアップさせたものだと思ってくれればいい」


「分かった」


「ただし、こう見えても腕に覚えがあってね。レベルはかなり上がると思ってくれ」


「望むところだ!」


「その意気だ。さあ、もうすぐ着くよ」


 ローレンスがそう言うと、僕の視界に風伊町の標識が入ってきた。






「どうした! その程度でバテては白馬の王子様になれないぞ!」


 数年後。ローレンスは僕を痛くないようにシバきながら、酷いことを言ってくる。


「少し休憩! のど乾いた!」


「……いいだろう。水分不足は身体によくないからな」


「やった!」


 僕は模造剣を鞘に納めて水筒へとひた走る。


「ねえ、ローレンス?」


「何かな?」


進人しんじんって強いの?」


 水筒を飲みながら僕はローレンスに尋ねた。進人しんじんとは、1960年代から確認されるようになった『進化症候群』に発症した生物のことだ。


「ああ、とても強いよ。自我を失い凶暴なのもそうだけど、なにより脅威なのは身体に刃が通らないことだ。身体はゾンビみたいに腐敗してるのに、肉体はむしろ強靭になってる」


「でもローレンスは刃を通せるんでしょ?」


「まあね。そして君も、いずれ同じことができるようになる」


「本当⁉」


「うん。でもそのためにまずは……」


「練習あるのみ、だね!」


「その通り。水分はもう取れたかな? 練習に戻ろう!」


「わかった!」


 ローレンスの言葉に従って僕は稽古を再開した。






「いいかいアーサー、私が死んだらこれから言うことをするんだ」


 さらに数年後、自宅のベットに横たわるローレンスが僕に言ってくる。


「死んだらとか縁起でもない。『ローランの再来』と呼ばれたアンタが癌ごときに負けんのかよ」


「私ももう歳だからね。なにより……使命は果たした。君はもう、立派に白馬の王子様を名乗ることができる」


「まだ果たしてないだろ。アンタは僕と酒を酌み交わして、結婚式でスピーチすんだから」


「……ああ、そこまでは考えてなかったな。ちょっぴり死ぬのが惜しくなってきたよ」


「だったら死ぬな。今の僕は16歳。あとニ年で結婚できるんだから、最低でもそれまで……」


「ニ年か……そこまでは知らないな」


「? どういう意味だ?」


「いや、こっちの話だ。もう少し頑張ることにするが……一応、話を聞いておいてほしい。


 まずは私の財産だが、これは君が受け取りなさい。好きに使ってくれてかまわない。


 次に私の所有する武器に関してだが、『みなき武具店』というお店に売却しなさい。君のこれからの足しになるはずだ。


 そして、最後にだが──」







「まさか、こんな坂があるなんて……」


 秋になったのにも関わらず、いまだ夏としか思えない熱気に晒されながら、僕は学校へと続く坂道を登っていた。



 桜丘大学附属美修院びしゅういん高校



 小、中、高の一貫校であり、さらに大学まである行けば学歴に困ることはない名門校だ。


 通っている生徒も中流以上の出自の者が大半である。頭のデキはともかく、田舎の貧乏学校で過ごしてきた僕には縁のない学校だった。



 ──桜丘にある美修院高校に編入しなさい。



 僕は、ローレンスの最後の遺言を思い出す。



 あれから一年後、ローレンスは息を引き取った。



 原因は末期の癌。進人をバッサバッサと斬り倒せる傑物であっても、病には勝てなかったのだ。


 葬式は僕を喪主につつがなく執り行われ、僕は遺言に従って行動を開始した。


 そしたらあらかじめ用意されていたのか、事はスムーズに運んでいった。財産はまあいいとしても、武具の送付はダンボールが向こうから送られてくるし、編入なんて電話した次の日にはテストが届いてたのは作為的としか思えない。


 僕はこの手際の良さに、ある確信を持っていた。


 そこにお姫様がいるのだ。彼にはそれが分かっていたから、不具合がないよう根回ししていたのだ。


 ホント、最後の最後までローレンスには感謝しかない。おかげで僕は、お姫様を探す手間を省くことができる。



 ありがとうローレンス。僕はあなたがしてくれたことを決して忘れません。



 そうして僕は一歩を踏み出す。


 白馬の王子様になるために。

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