第24話

 これまで人との付き合いで酒を飲んだ事など数える程しかなく、その中の一つがこの木内というのは中々に酸いものがある。人間的に嫌悪の対象となるような人物と顔を合わせて「楽しいですよ」といった装いをしなければならないのは、後に思い出して顔を歪めるに十分な沙汰だろう。面白くもないのに無理をして笑って、くだらないと猛省する次第であるが、きっと今、木内と似たような人間に誘われたとしたら僕に断る事はできないだろう。そんな場面がやってくるなどもはやあり得ないというのは、この際置いておく。可能か不可能かは要点ではない。



 話を戻す。

 一献一滴に四苦八苦しているうちに、木内はグラスを傾け鯨飲する様子を見せた。大したものだと感心した反面、こんな安酒で自分を誤魔化すしかないのだなという嘲笑を隠す。それは僕にも当てはまる破廉恥であったが、過去に似たような真似をした事など忘れてしまっていて、気の済むままに木内を小馬鹿にし、それを肴に不味い酒を進めていく。相変わらず酷い臭いのアルコールが鼻を抜けていくも一向に酔う気配がない。素面のまま、ひたすらにこの酒を飲むのは、骨が折れた。



「お前さん、女はいないのかい」



 グラスを何杯か開けた木内が面白半分にそう聞いてきたので「いない」と答えると、木内はまた「いないのかい」と言った。腹が立ち、「悪いか」と語気を強めると、木内は「とんでもない」などと被りを振ってまた酒を煽り、まじまじと僕の方を向くのだった。



「女なんてのはな。いない方がいいんだ。その方が心底楽だよ」



 木内の事は嫌っていたが、その台詞は何故だかすっと腑に落ちた。僕は女に対してやっかみを抱いていたけれど、その感情を肯定できず、むしろ自身が持つ負の側面として認識しており、できるのであれば克服したいと思っていた。しかし、「女なんていない方がいい」などと言われると、そうした自責も失せ、僕の胸に巣食う悪徳が美しいもののように感じられたのだ。その悪徳により僕の心の大半が構成されているのであれば、なおの事である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る