第23話

 心を通わせないまま交わす盃がどれだけ虚しく、また苦々しいものであるか想像もできないまま、僕は木内の行きつけだという汚い酒場へと足を踏み入れた。


 店内は想像通り乱雑で寂しく、カウンターに四席と、奥にテーブル席が一つ用意されているだけだった。客は僕ら以外にだれもいない。



「よぉ。相変わらずしみったれてるじゃないか」



 ずかずかと上がり込んだ木内は不躾に店主の女へ悪態を吐くと、女の方も女の方で買い言葉を叩くのだった。



「どっちがしみったれだか。いい加減定職に就いたらどうだい」



 二人のやり取りは「喧嘩するほど」という類のものではなく、心底からの軽蔑と侮蔑が含まれているようで、目の当たりにした僕は嫌なもの見たと気分が沈んだ。まるで知人が親子喧嘩をしている所に遭遇したようで居た堪れなくなったのだ。許されるのであればこのまま木内を置いて帰り、一人静かな部屋で酒を喰らい、何もかも忘れて眠りたかったが、女は遠慮なしに木内のボトルをカウンターの上に捨て、「あんたはどうするんだい」と怒気を孕んだような言葉を投げてくるものだからそれも叶わず。仕方なく「瓶ビールを」と言いかけたが、木内が遮り、「俺のボトルを分けるよ」などと慌てる。酒代を持つと言った手前、金を吐かねば仕方なく、仕方ないのであれば、なるべく少額に抑えたいという目論見があったのだろう。木内のボトルは焼酎で、できれば遠慮願いたかったが、タダ酒に文句をつける訳にもいかず、なされるがままに不機嫌な女から出されたグラスへと注がれた酒を水で割り、恐る恐る手に取るのだった。



「じゃ、ま。乾杯だ」



 投げやりにグラスをぶつけると貧しい音が上がった。そのまま一口含むと、舌の上に感じられる、強く、粗末な香がするアルコールに目眩を覚えた。

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