第20話

 工場内の環境は想像以上に劣悪だった。

 鉄を切ったり研いたりして舞い上がる粉塵はそのまま。換気の悪い部屋は暑く、立っているだけでも汗が流れる程であった。

 その環境下で渡されたのはマスク一枚と軍手一式。追加で欲しい場合は事務室前の購入シートに記入すると貰えるが、給料から天引きされると言われた。値段は正規品より安かったが、正規作業者は無料で配布されると聞き、顔には出さないが、落ち込む。



「じゃあ後は現場の人間に聞いてもらえればいいから」



 そう言い残すと、佐野はどこかへ行ってしまった。一人取り残された僕は誰かに何をやればいいのか聞かねばならなかったが、その聞くという行為が難しく立ちすくむ。すぐそこで鉄を切ったりしている人間の側にいって、ほんの少し声をかければいいだけなのにそれができない。知らない人間と話すのは、それだけで労力を消費し、勇気が必要だった。



「新しい人かい」



 そんな姿を見かねたのか、はたまた業を煮やしたのか、一人の男が僕の前にやって来た。その問いに「はい」と答えると、男は「仕事を教えるよ」と言って、世話を焼いてくれたのだった。


 男の名前は木内といった。

 木内はまず、切った鉄を運ぶ仕事を教えてくれた。これが存外重労働であり、積み上げては運ぶを繰り返すうちにすっかり息が上がってしまい、マスクの上から大きく空気を求めた。すると、粗いガーゼの隙間から鉄の粉が流入し、喉を痛める。



「やめときなよ。塵肺になるぜ」



 そういう木内はマスクを付けていなかったが、途方もない向こう見ずなのだろうと一人納得し、素直に反面教師の忠告を受け入れて鉄を運んだ。そうして何度か往復するうちに昼となると木内が食事に誘ってきたので、気乗りはしなかったが、勝手が分からないというのもあり僕は頭を縦に振ったのだった。

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