第13話

 夜が明け目覚めると、着替えてから食事も摂らず玄関を開けた。

 開け閉めする度にぎぃと貧相な音が響く建て付けの悪い扉だけが僕の門出を見送る。「いってらっしゃい」と、声をかけてくれる人間などいやしなかった。


 生きるために、僕は新たな仕事場へ向かわなければならなかった。生きていても仕方がないのに、死にたくないという理由から、そうせざるを得なかった。止まってくれと願った時間は無情にも進み続け、僕に患難を煩わせるのだった。

 前日はいつの間にか寝てしまっていて記憶に靄がかかっていたが、風呂に入って、それから味噌汁と茶碗半分のごはんを食べたのはなんとなく覚えていた。食欲の伴わない食事は苦痛以外にさして感じるものはない。ましてや、特に拘ったものでもない、粗末な米と安い味噌を使った餌に等しい献立であれば尚の事である。しかし、何か胃に入れなければ活動はできないし、思考も鈍るばかりであるから、望む望まぬ関係なしに食べねばならなかった。


 外に出ると爛漫な太陽が輝き、その光で周りを満たしている。

 森羅万象が区別なく照らされる中、僕だけ異物であり、場にそぐわない人間のように思え、漂う空気が恐ろしく、腰が抜けそうで、足取りは重かった。けれど、確実に新しい仕事場には近付いていく。一歩進めば間違いなく距離が縮み、恐ろしい魔の地へと向かっていくのだ。大地を踏む度に息苦しく倒れそうになった。途中、何度引き返そうかと考えたか知れないが、その度に「その後どうするのだと」という言葉が頭の中で繰り返されたため結局は進むしかなかった。挫けて、泣き叫び、それで誰かが助けてくれるなら、僕は踵を返して自室へ戻り、存分に惰弱な精神を披露していたに違いないし、できる事ならばそうしたかった。

 そうできなかったのは僕を助けてくれる人間など誰もいないからである。あまりに、惨めだった。

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