第12話

 そうこうしていると陽が傾き始めたのだった。

 ふらと立ち上がり、虚なまま窓を開けて外を見ると、伸び切った影が深く地に根差し、一足早く夜の到来を告げているようだった。

 結局僕は一日を棒に振ったのだ。やるべき事は幾らでもあったのに、済まさなければならない用事が無数に残っていたのに、僕は出口のない悩みに拐かされ、ずっと石みたく転がっていたのだ。ついさっき、太陽が真上にかかっている時分にもまったく同じ事を考えていたのに。


 窓を閉め、布団の上に座る。

 やるせなく、悲しく、不安しかなく、闇が広がるままに任せ目を閉じる。このまま時が止まればどれだけいいかと嘆き、嗚咽を起こしそうな口を押さえた。指を噛み、ぐ、と喉が鳴ると、涙の味が胸に届いて、より自分を哀れにさせた。陽が昇れば僕は新たな仕事をしなければならない。正規ではなく、派遣作業員として、現場で使役されるのだ。どのような扱いを受けるのか、どれほどの不当がまかり通っているのか、いずれも想像の範疇を出なかったが、恐ろしい事に変わりはなかった。もしも尊厳を剥奪され奴隷に成り果ててしまったら、僕はどうしたらいいのだろうか。そんな事を考えながら指を噛み、瞼を閉じ続ける。耳に入る自身の啜り泣く声がみっともなくって、みっともなくって、それが僕じゃないければいいのにと思っても、部屋には僕しかいなくて、漏れる街灯の灯を横目に、また死を思った。けれど、やはり……


 気がつけばとっくに夜になっていた。外から聞こえる陽気な声が羨ましかった。

 僕は今後、一生あんな風に幸せそうな音を出す事はできない。待っているのは孤独と辛苦。無安の生涯を歩む未来は希望なく、幸もなく、されど、命ばかりは惜しく思った。

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