第22話 それが答えさ(2)
真理ちゃんの作品を見るために階段で下の階に降りた。土曜日の昼近く。けっこうお客さんが多い。前の人が進むのを待って会場にはいる。もちろん、中も人がつまっている。
「なんか、急に混んだね」
「日本画は普通の人が見てもわかるからかなー」
たしかに、事件現場にあったような気色悪いのは素通りしたくなるし、キャンバスにコンクリート塗りたくって錆びた釘をぶっ刺してある作品は一目見れば十分だ。日本画はなにが描いてあるかわかるし、細部も気になる。壁にかかった作品を眺める。でも、日本画らしくない。カラーなのは普通だと思うけど、なんだろう、油絵みたい。絵の具やキャンバスがちがうだけのような気がする。こういうんだっけ?日本画。
「マリーの作品は?」
「うーん、この先なんだけど。混んでて進まないね」
「え?この人がいっぱい取り巻いてるやつ?」
「やつやつ。なんでこんな混んでるんだろね。死体でもあるかな」
「そしたら大騒ぎだよ」
混んでいるのは、真理ちゃんの作品を見た人がなかなかどかないからだ。それだけ人気ということ。
真理ちゃんの作品は、大きい。キャンバスで言ったら百号くらいある。山の上に龍が浮いていて、雨を降らせている。黒い雲に覆われて、山は暗い。緑の木々が黒く、瀧が流れ落ちて白いしぶきをあげている。水墨画。色彩は錯覚だ。みんなが立ち止まるのも納得の作品だった。日本画ってこうだよねという作品。
となりに立っている真理ちゃんは、上機嫌で中世貴婦人のおそろしく広がるスカートを体の前に集めている。今日は白のスカートに上は真っ赤。デザインは昨日のと同じ感じだ。作者と作品のギャップがものすごい。
「はい、そこまで」
久保田さんの目を手で覆う。
「どういうことですか、相内さん」
「あまり見るとマリーに惚れてしまいます」
「いやー。惚れ惚れする作品でしたね」
足を踏みつける。
「ちゃんと作品っていったじゃないですか」
「作品であっても惚れるのは許しません」
手で顔をよそに向ける。そのまま背中を押して出口に向かう。
「ああ、作品をバックに石塚さんの写真撮りたかったのに」
「撮影禁止です」
「本当に?」
壁にある撮影禁止の貼り紙を指さす。
「本当だ。残念」
「なに食べますか」
「作品の話は?」
「食べながら話せばいいでしょ」
どんどん背中を押して、階段まできた。
「危ないから、もう背中を押さないでください」
「突き落とされそうなことでもしたんですか」
「してません」
「じゃあ、いいじゃないですか」
久保田さんが、手をつないできた。しかたないから、つながれてあげる。
「マリー。お好み焼き屋つれてって」
家の門のところに規制線が張られている。ドラマでよくみる黄色のテープだ。まだなにか捜査しているのだろうか。ああ、中が見てみたい。
お好み焼きを食べたあと、近くだからといって、自殺した教授の家までやってきたのだ。久保田さんの異議は即座に却下。家の正確な位置まではわからなかったけれど、町名で検索してきてみたら、なんとなく人が集まっている家があって、やっぱりそこが目的地だった。
「ここなら、歩いて十分くらいかな」
「五分はかかるけど、十分かからないくらいかなー」
「ドア閉めて鍵をかけてから、あの刑事が電話受けるまで、十分はかかってたよね」
「うーん、警察がくるまで五分とちょっとー、そのあと何分かして刑事がきてー、でもすぐ出てきたから、十分前後ってところだねっ」
十分より前ということはない。久保田さんが会場の責任者という人とどこかへ行ってしまって戻ってくるまでの時間とほとんど同じだった。むしろ三十分くらいに感じたくらいだ。いや、錯覚だけれど。
「十分あったら瞬間移動ってほどじゃないよね。急げばなんらかの方法で死体を外に出して、車使えば時間短縮できるし、十分で死体運べるんじゃない?」
「でもさー、刑事に電話かかるまえに学生が発見しなくちゃいけないしー、警察に通報の電話して、警察が刑事に連絡するって考えるとー、何分か短くなっちゃうよ、持ち時間」
「そっか、やっぱりほとんど瞬間移動かな」
「わかっちゃった」
「ホント?マリーすごい」
「双子なんだよー、教授」
「ボツ。すごくなかった」
「なんでー」
「都合よすぎ。そんな推理してたら殺人事件の数だけ双子が必要になっちゃう」
「じゃあ、本当に瞬間移動したっていうの?」
「ある意味ではね。ワトソン君」
「わかったのかい、ホームズ」
「答えは目の前にあったのだよ。ただ、犯人の巧妙な罠にかかって我々には見えなかっただけなのだ」
「どういうことなんだい」
「つまり、警察に通報した学生というのは共犯者なのだ」
「なんだって!」
「誰もいないこの家から警察に通報したのだ。示し合わせた時間通りにね。死体は、警察がくるまでに運び込めばいいのさ」
「そうか。そうすれば、削られた数分間がもどってくるよっ」
「それが答えさ」
得意になって、口ひげをピンとしごく。ホームズってヒゲあったっけ。どうでもいいや。久保田さんの表情からは、なにも読み取れない。
そうなのだ。現場は芸大の教室であり、学生が管理しているのだ。死体を消したのは学生に決まっている。通報したのも学生というなら、共犯を疑うのが当たり前だ。
「大学祭をやっていて人が大勢いるなか、どうやって死体を運んだんですか」
久保田さんのイヂワル。せっかくいい気持になっているというのに、反論してこようとは。
「そんなの知りませんよ。芸大生なんだから、棺桶くらい作ってたんじゃないですか。そしたら、作品を運んでると思いますよ、きっと。で、トラックにでも載せて運んできたんです」
「相内さんが納得ならいいんですけど」
野次馬のなんとなくの集団のほかに、けっこう人が通ることに気づいた。子供をベビーカーに乗せたママさん、犬の散歩しているオバサン、ただ散歩しているジャージ姿のオジサン。住宅街なのだ。ここにトラックで乗りつけて棺桶みたいなものを家に運び込んだら、うーん、目立つだろうか。家が、いかにも芸術家の家って感じなら違和感がないかもしれない。でも、周りの家とあまり変わり映えのしない普通の家だ。犯人たちはそんなことをするだろうか。犯人といっても、教授は自殺だ。死体を移動する意味ってなんだろう。大学で死んでいたら困る事情があって、家に運んだということだろうか。自殺に偽装しているだけで、本当は殺されたのだろうか。警察が殺人現場をまちがっていると、解決できないかもしれない。そういうことなのか?目的は殺人現場の偽装なのか?ナイフで胸を刺す自殺ってなさそうな気もするし。殺したのならさっさと運べばいいものをわざわざ人目に触れてから運び出すというのも意味が分からない。犯行推定時刻がそれでかわるわけでもないだろうに。目立たずに死体を家に運び込む方法もわからないし。すべてミステリだ。
ダメだ。わからないことだらけで知恵熱が出そう。
「町にもどって、ちょっとブラブラしてから串揚げでも食べますか」
久保田さんの笑顔が慈悲深い。やっぱり年下だと思ってるんだ。
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