第21話 それが答えさ(1)
一日目は事件があったりしたから、あまり展示を見てまわれなかった。二日目こそはいろいろ見てまわろうと思ったかというと、久保田さんだけがそう思っていたようだ。
「現場百遍ですよ」
「そんなのは無駄です」
「久保田さんが口を割らないからいけないんです」
新聞に小さい記事が載っていた。大阪芸大の教授が自宅で自殺したという内容だ。発見が昨日の午後で、学生が警察に通報した。それで大阪芸大にいた刑事に連絡がまわってきて、昨日沙莉たちの目の前で電話をうけることになったようだ。不思議なことに、自殺したという教授は大学祭の展示室で床に倒れていた人物と同一なのだ。刑事が口走っていた死体の瞬間移動というやつだ。死体は消失しただけではなかった。これは密室死体瞬間移動事件だ。
胸から血を出していたから殺人事件だと思ったけど、警察は自殺と考えているらしい。ナイフで胸を刺す自殺なんてあるのだろうか。遺書があったということだろうか。遺書があったからって、自殺と断定してよいものだろうか。昨日の刑事の顔を思い浮かべると、自殺という警察の判断も怪しい気がしてくる。
新聞には大学祭で発見された死体については一言もなかった。死体の瞬間移動なんてことを記事にしたら苦情殺到するにちがいない。警察だって、報道機関にそんな話はしない。ネットでなら話題になっているかもしれないと思ったけど、調べた限りではそんなことはないみたいだった。周りにいた人たち、おじさんおばさんばっかりだったから、ネットに情報を流すという発想がなかったのかもしれない。
「帰ったら口を割るって約束したじゃないですか」
「自分で解決した方が楽しいに決まってます」
「じゃあ、石塚さん。行きますか」
久保田さんが進路を指さす。
「愛の逃避行ですかー」
「相内さんみたいなこと言わないでください」
「わたしのこと愛してるんですかっ」
「いいえ」
「そんなっ、わたしにサリーを裏切れといったくせに」
ハンカチを口にくわえて引っぱる。
「相内さんの友達ってみんなメンドクサイんですか」
「まあまあ、ひとつの部屋をすこし丁寧に見るだけです。付き合ってくれてもいいじゃないですか」
「それだけですね?」
「ほかになにかあるんですか」
「言いたくありません」
「警戒してますね。教授の家行きたいなんていいだしませんよ?」
「そうですか」
ほっとした様子。いいじゃない、行きたいっていったら、付き合ってくれたって。同じ大阪なんだから。もう。
しぶしぶという感じで、久保田さんもいっしょに現場へやってきた。まずは展示物だ。
昨日とくらべて展示物の増減はない。もし人がオブジェに化けて隠れていたとしたら、展示物が減っていてもおかしくないと思ったのだけど。昨日の段階で人間大の展示物がないことは確認してあったけど、念のためというやつだ。
死体が隠せそうなものはないだろうか。死体なら生きていないのだから、すこしくらい不自然な姿勢だってさせられる。でも、体積的にもそんなことができそうな展示品はない。生首があるのがもっとも有望に思えるけど、頭だけ隠してもしかたない。生首は顔に鱗がある半魚人的な作品だ。死体だからといってバラバラにしたら、血だのなんだのいろいろにじみ出てくるだろう。そうしたら床や作品が汚れて、見ている人にバレてしまう。やはり、形はかえてもバラしてはいないだろう。ということは、展示物に隠す方法は使えない。
ああ、忘れていた。死体を隠したらダメなんだ。外に運び出して教授の家に移動しないといけないんだった。自殺にみえるということは、バラしていないということでもある。ということは、足もとの窓だ。壁の手前には展示品がないからアクセスが容易だ。あやしい。壁には絵画的な作品がかけてある。絵画的というのは、キャンバスを土台にしているということで、異形のものがキャンバスから手前に上半身をのりだしていたりする。腕が飛び出しているものもある。気色悪い。
鉄格子に手をかける。押したり引いたりしても動く気配はない。もしかしてと思って、スライドさせようとしたけど、ダメだった。鉄格子の間隔は、拳が通るくらい。死体をバラしたとしても、足が通るかどうか。胴体や頭は通りそうもない。バラさないんだけど。
鉄格子に顔をつけて外を見下ろしてみても、足場は組まれていない。もう遅い。もし昨日足場が組まれていても、すぐに撤収しただろう。死体をバラさずに外に出すとしたら、この鉄格子がはずれないことには話にならない。でも。
「どう?」
「マリーの言うとおりだ。鉄格子はびくともしない」
「そっかー。現実はキビシイね」
「あとは天窓か。あれ、開くのかな」
真理ちゃんも一緒になって見上げる。口を開けてアホづらだ。口を閉じようとガンバるけど、思いっきり上を向くとどうしても口が開いてしまう。人はアホにならないと空を見上げることはできない。うん、金言だ。
「あがあそうだねー」
上を向いたままシャベるから、ちゃんと発音できない。頭を元に戻す。
「やっぱり部屋に隠れてたとしか思えない」
「どうやって?」
「ほら、こう壁のところに背をつけてたとか」
「すぐにバレると思う」
「すぐにみんなが部屋にはいってくるから、自分もあとからはいってきたみたいな顔して混ざったんだよ」
よくある密室トリックだ。トリックとしてはツマらなくて、解決しても、なんだーとなる。
「先に警官と学生がはいったんだって。そこに混ざったらバレバレだよ」
「そっかー。不思議だね。どうやったら死体を消せるのかな」
「そろそろおしまいにしませんか」
久保田さんはどこまで知っているのだろう。死体消失のトリックもわかっているのだろうか。でも、グンマに帰るまで待つのは嫌だし、答えを自分で見つけたいし、なんといっても久保田さんの名誉がかかっている。簡単に引き下がるわけにはいかない。
「ダメです。これは事件です。わたしたちに対する挑戦です。謎を解いて、わたしたちを巻き込んだことを後悔させてやるんです」
「自分から巻きこまれようとガンバるのはやめてください。ぜんぜん巻き込まれてないですから」
「もう遅いんですよ。わたしの目の前で死体を消したんですから」
額に手を当てて顔をしかめている。吹き出しにぐちゃぐちゃの線を描いてあげたい。
「でも、もう調べるところは調べたんでしょう?」
「隠し通路があるかもしれません」
「ありませんよ。大学にそんなもの作ってどうするんですか」
「学生があとから作ったんですよ」
「じゃあ、犯人は学生ですね」
「そう。ですかね」
「おれは知りません」
「口止めされたんだから知ってますよね」
「昨日アトリエにはいって知ってしまったことを話さないように口止めされただけで、ほかのことは知りませんよ」
「そうなんですか。じゃあグンマに帰っても謎が解けるとは限らないじゃないですか。やっぱりここで解決しないと」
また元の、額に手を当てた姿勢にもどってしまった。そんな久保田さんも素敵だけど。
「じゃあ、石塚さんの展示を見て、そのあとお昼を食べながら推理を話し合うってことでどうですか」
「そうですね、もう調べることないし。いいですよ」
「おお、わたしの展示を見るときがきましたかー。って、なんで後回しだったの?まずわたしの作品を見るべきじゃなかったの?」
「ここにはじめにつれてきたのマリーでしょ?ということは、マリー、犯人はマリーだ!」
「ちがうちがう。上から見たらいいと思っただけー。階段で降りて行けばわたしの展示してる教室にいけるから」
「そう、残念。犯人を見つけたと思ったのに」
「友達より事件解決を優先するんだっ」
「ストーリーとしては盛り上がっていいでしょ?友達が犯人」
「彼氏が犯人の方がいいんじゃなーい?」
「ぎゃー、やっぱりわたしおばあちゃんになっちゃう」
「やっぱりってなにー?」
「久保田さんを追いかけてたらおばあちゃんになっちゃいそうじゃない?」
「そうかもー」
久保田さんは沈黙をまもっていた。
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