ちゃっぴー 〜私の大切なお友達〜

ゆうまる

ちゃっぴー 〜私の大切なお友達〜




「陽菜(ひな)。誕生日おめでとう。今日はお前にとっておきのプレゼントがあるんだ。開けてごらん?」

「わ〜い! なんだろう〜?」


 そう言って陽菜は、ワクワクしながら父親から貰った箱を開ける。するとそこには、小さくて可愛い犬のぬいぐるみが入っていたのだ。


「わ〜っ! すっごく可愛い! ありがとうパパ! 大切にするね!!」

「ああ。大切にするんだぞ」


 私はそのぬいぐるみに『ちゃっぴー』と名前を付けて、毎日遊んだ。出かける時も必ず一緒で、寝る時もぎゅっと抱きしめながら寝ていた。


 友達が居なかった私にとって、ちゃっぴーという存在は本当に大きかったんだ──。







「はあ……」


 高校生になってからだろうか。

 毎日部活や勉強で、私──陽菜はストレスが溜まっていた。クラスメイトからも嫌がらせを受けてばかりで……。


「消えてなくなりたい……」


 部屋に入って横になっては、すぐに深いため息を零してばかりいた。


「ねえ……、ちゃっぴーもそう思うでしょ? 私なんて居なくなった方がいいよね……」


 隣で横になっているちゃっぴーに対して、私はそう話しかける。しかし、ちゃっぴーは当たり前だが言葉等話せない。ぬいぐるみだから。


「……ははっ、何やってんだろ。私もぬいぐるみになりたいよ……」


 そう言って寝る前の薬を飲んでから深くため息を零すと、私はそっと目を瞑った。すると、そこは真っ暗な世界で……。


 現実なんて要らない……。

 夢の中が1番良い……。

 何にも考えなくて良いから……。


 そして、私は少しだけ、現実の世界とサヨナラをした──。




「──あれ」


 目を開けると、そこはまだ真っ暗な世界だった。


 おかしいな、もう夢の中からは出た筈なのに……と、目を擦って立ち上がると、単に電気が付いていなかっただけだと気がつく。


 そんなに寝ていたのか……。


 ふわぁと欠伸をすると、私は紐を引っ張って灯りを付けた。


「……」


 壁に掛かっている時計を見ると、もう2時過ぎで。


 後5時間後には……、また学校に行かなくちゃいけない。そして、また嫌な思いをするのだ。


 ほんと、行きたくない……。

 ぬいぐるみになりたいなあ……。

 そうすれば、学校なんて行かなくて済むのに……。


 そう思って再び横になると、私はある事に気がつく。


「──あれ??」


 ちゃっぴーが居ないのだ。

 いつも、隣に居るはずのちゃっぴーが。


 ……どうして?

 寝相の悪さで、思わず床に落としてしまったとか……??


 そんなこと今まで無かったけど……、もしかしての事もあるので、一応ベッドの下辺りを確認してみる。


「……」


 ……やっぱり居ない。

 何で??


 ちゃっぴーは私の唯一の友達だ。

 もしちゃっぴーが居なくなってしまったら……、私はどうなってしまうのだろう。考えたくもない……。


「どうしよう……」


 何処を探していいのか分からず、思わずそのまま立ち尽くしていると──、何処か遠くから、突然知らない声が聞こえてきたのだ。


『ねぇ、遊ぼうよ。ぼくと一緒に遊ぼう?』

「誰っ!?」


 思わずパッと後ろを振り返るが、そこには誰も居なかった。


『ねぇ、遊ぼうよ。ぼくと一緒に遊ぼう?』

「何処に居るの!? で……、出てきなさいっ!」


 この家には、私とお父さん以外誰も居ないはず……。

 ってことは、不法侵入……!?

 ちゃんと鍵は閉めたはずなのに……。


 誰だろう、怖い……。

 私の足が、ガクガクと震えているのが分かる……。


『ふふっ、かくれんぼだよ。ぼくを見つけてごらん?』

「かくれんぼ……??」


 何をふざけているのだろう……。

 見知らぬ相手とかくれんぼをしている暇など無い。

 第一、私はちゃっぴーを見つけなくちゃいけないのに……。


『ぼくを見つける事が出来たなら、君が今探している物の場所を教えてあげるよ』

「『教えてあげるよ』……って……、」





「──はっ!! 」


 そこで、私は目が覚めた。

 夢の内容はハッキリと覚えている……。

 部屋の電気を点けると、私は急いでベッドの周りを確認した。


「やっぱりちゃっぴーがいないっ!!」


 あれは確かに夢だった──。

 でも、夢では無かったんだ。

 まさか、夢の世界で起きていた事が、現実の世界でも起きていたなんて……。


 こんな事、普通じゃ信じられないけど……。

 とにかくちゃっぴーを探さなくちゃ。


 私はクローゼットの中や、机の下、引き出しの中……部屋の全てを確認する。しかし、ちゃっぴーは何故か全く見つからない。


 どうしてだろう……。

 いつも一緒に寝ている筈のちゃっぴーがそこに居ないなんて、どう考えてもおかしい。


 夢の世界で起きた事を私は思い出す──。


 確か、あの謎の人物は『かくれんぼをしよう』だの『ぼくを見つけることが出来たら場所を教えてあげる』だの言っていたよね……。


 ……もし本当にちゃっぴーの居場所を知っているのなら、やってみる価値はあるのかも。


 半信半疑──私はゆっくりと口を開け、そしてボソッと言った。


「分かった……。かくれんぼしてあげる。だから、貴方の事を見つけたらちゃっぴーの場所を教えてよね……」


 私は、ここに居るかも分からない謎の人物に向かって確かにそう言った。……しかし、物音1つしない静かな部屋からは、夢の中の世界の様に声が返ってくることは無かった。


「はは……っ。私ってば、何やってるんだろう。夢の中の出来事は、所詮夢の中に過ぎないのにね……」


 私は深くため息を零す。


 ……まあ、このまま突っ立っていても仕方がない。

 とにかくちゃっぴーを探さなくちゃ……そう思って身体を動かそうとすると、突然ビュウッと冷たい風が私を包み込んだのだ。


『──ありがとう。それじゃあ、かくれんぼをしよう。今からぼくが隠れるから、10秒数えたら『もぅいいかい』って聞いてね』

「っ!!」


 ……っ、夢の中で聞いた声と全く同じ!!

 まさか、本当に声が返ってくるなんて……。


 しかし、あまりにも冷たい風に私は背筋を震わせた。そして……、ゴクリと唾を飲み込む。


 ……もしかしたら、この声の正体は人間の物ではないのかもしれない。そう思った瞬間だった。


「ねえ……、貴方は誰なの? 私は何を見つければいいの……?」


 私がそう言うと、それは『ふふふ……』と笑ってからこう言った。


『君が今探している物との、思い出の場所を探してごらん?』

「思い出の場所……」


 私が今探している物は、間違いなくちゃっぴーだ。

 つまり、ちゃっぴーとの思い出の場所にこの声の持ち主はいる……ということ。


 ……私は、ゆっくりと壁側を向いて、目を閉じた。

 そして『123──…… 』とカウントを始める。


「──8910。もういいかい?」


 足音も何も聞こえないが、この謎の人物はきっと今隠れている最中なのだろう……。


 ……暫く経つと、『もぅいいよ』と聞こえてきたので、私は早速探す事を始めた。


「思い出の場所……」


 この部屋は、さっきも見たが居なかった。

 一応もう1回だけ確認してみるが、やっぱり居ないので他の部屋を探してみる事にする。


 ちゃっぴーとの思い出の場所……。

 お風呂とか?

 昔……よく一緒に公園で遊んで、お互い泥まみれになってお風呂に入ったよね。


 浴室のドアを開けて私は中を見てみるが、誰かいるわけでも無く、特に変わった様子もなかった。


「んー……、浴室じゃないなら……リビングとか?」


 一緒にご飯を食べたり、テレビを見たりして……よく一緒に笑っていたよね。


 お父さんが寝ている部屋でもあるので、私は静かにドアを開けて、こっそりと中を確認した。一応キッチンも探してはみたが……、リビングにも、特に変わった様子は無かった。


「何処だろう……」


 トイレのドアも開けてみるが、やっぱり誰もいない。


 うちは狭い家なので……、見る場所はもう無い。


「どうしよう……」


 『うーん……』と頭を抱えていると、私はその時、ふとあの場所を思い出した。


「公園……っ!!」


 ちゃっぴーとよく一緒に遊んでいた場所だ。1番思い出が詰まっている……と言ってもおかしくはない。


 家の中に居ないのなら、もうそこしかない。

 第一、かくれんぼの場所の指定は無かったのだから……。


 私は靴を履いて、急いで玄関を飛び出す。

 そして、家から歩いて約3分ほどで着く小さな公園に漸く辿り着いた。


「……懐かしいなあ」


 実は、高校生になってからは、1回も来たことが無かった。勉強や部活が、あまりにも忙しくて……。


 最後に見た時よりも、何だか狭く見えるのは、私が大きくなったからだろうか?


 この滑り台も……、古くなったなあ……。


『──ちゃっぴー、もう1回滑り台で一緒に滑ろうっ! 楽しいねっ!!』


 そんな、まだ小さかったあの頃の自分を思い出す。


「この馬も懐かしいなあ……。座ると揺れるんだよね。そういえば、名前なんて言うのかな。これ」


 私はそう言って馬に股がってみるが……、馬が小さいのか私が大きくなりすぎたのか、ちょっと乗り物がグラッとして、壊れそうで怖かったので止めた。


「ほんと、懐かしいな……」


 あの頃は毎日が楽しかった。

 毎日ちゃっぴーと遊んで、嫌な事があってもちゃっぴーと遊べば何でも乗り越えることが出来て……。


 それなのに今は……。

 毎日が忙しくて、ちゃっぴーと遊ぶ暇も全然無くって。学校でも嫌なことばっかりで……。


 公園をぐるっと一周見渡す。

 まだ真っ暗な空。普通なら、皆が寝ている時間。


 何だか、ポロッと涙が零れ落ちた。

 いつからこんな風になってしまったのだろう……。

 私はもっと……、楽しい人生を送りたかった。沢山の友達と遊んだりして、彼氏も出来たりなんかして……。


 こんな現実なら要らないよ……。

 ちゃっぴーも居ないし……。

 私はそう思って、そこにあったベンチに腰掛けようとすると──、ある事に気がついた。


「……ちゃっぴー??」


 真っ暗でよく見えなかった。

 ……だが、確かにその大きさやシルエットは、ちゃっぴーそのものだった……。


 私は携帯のライトを付けて、その物を明るく照らす。するとそれは……。


「ちゃっぴーっ!! 見つけたっ!!」


 やっぱり、ちゃっぴーだった。


 私は嬉しくて思わずギュッと抱きしめた。

 やっぱり、この公園にいたんだ。


 でも……、じゃああの声の持ち主は一体……??


『陽菜』


 その時、あの声が私の名前を呼んだ。


「……え?」

『ぼく……、ずっと寂しかった。今日かくれんぼしたのは……、陽菜と一緒に遊びたかったからなんだ。凄く楽しかったよ、ありがとう』

「──っ!! まさか、この声……ちゃっぴーなの……??」


 でも、ぬいぐるみが喋る訳……。


 頭の中がグルグルになる。

 もしかして、私はまだ夢の中の世界にいるのかな……??


『……ぼくも最初は驚いたんだ。……でもね、日に日に元気を失っていく陽菜を見て……、ぼくは寂しかったんだよ』

「ちゃっぴー……」


 ……信じられないことだけど、どうやら、本当にちゃっぴーが喋っている様だ。本当に、信じられないことだけど……。


 私は高校生活で毎日が忙しくて、前までの様にちゃっぴーと遊んであげる事が出来なかった。だから、それで寂しい思いをさせていたんだ……。今日かくれんぼを提案したのも、本当に私と遊びたかったからだったんだね……。


「ごめんね……」


 私は、ギュッとちゃっぴーを抱きしめた。




 ──薄らと空が明るくなってきた。

 それは、また今日が始まる合図だ。


 学校なんてつまらない。

 勉強も部活も忙しくて、人間関係も上手くいかない……。


 ……それなら、私の唯一の大切な友達であるちゃっぴーとずっと遊んでいた方が良いんじゃないかな?──そんな事を、ふと思う。


 ちゃっぴーと遊ぶのは凄く楽しい。

 どうせ生きるなら、楽しい事をした方が良いに決まっている……。


 そうだよね?


「……ねえ、ちゃっぴー。私と2人で、どっか遠くに行っちゃおうか」


 そう言って、私はちゃっぴーを連れて、この公園を……そしてこの町を出た。


 そして、私は毎日楽しくちゃっぴーと遊んだのだった。







「〇〇市にお住まいの、〇〇陽菜さんが行方不明です。見かけた方は至急ご連絡をお願いします。尚、彼女の部屋からは複数の覚せい剤が見つかっており──」


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