ちゃっぴー 〜私の大切なお友達〜
ゆうまる
ちゃっぴー 〜私の大切なお友達〜
「陽菜(ひな)。誕生日おめでとう。今日はお前にとっておきのプレゼントがあるんだ。開けてごらん?」
「わ〜い! なんだろう〜?」
そう言って陽菜は、ワクワクしながら父親から貰った箱を開ける。するとそこには、小さくて可愛い犬のぬいぐるみが入っていたのだ。
「わ〜っ! すっごく可愛い! ありがとうパパ! 大切にするね!!」
「ああ。大切にするんだぞ」
私はそのぬいぐるみに『ちゃっぴー』と名前を付けて、毎日遊んだ。出かける時も必ず一緒で、寝る時もぎゅっと抱きしめながら寝ていた。
友達が居なかった私にとって、ちゃっぴーという存在は本当に大きかったんだ──。
◆
「はあ……」
高校生になってからだろうか。
毎日部活や勉強で、私──陽菜はストレスが溜まっていた。クラスメイトからも嫌がらせを受けてばかりで……。
「消えてなくなりたい……」
部屋に入って横になっては、すぐに深いため息を零してばかりいた。
「ねえ……、ちゃっぴーもそう思うでしょ? 私なんて居なくなった方がいいよね……」
隣で横になっているちゃっぴーに対して、私はそう話しかける。しかし、ちゃっぴーは当たり前だが言葉等話せない。ぬいぐるみだから。
「……ははっ、何やってんだろ。私もぬいぐるみになりたいよ……」
そう言って寝る前の薬を飲んでから深くため息を零すと、私はそっと目を瞑った。すると、そこは真っ暗な世界で……。
現実なんて要らない……。
夢の中が1番良い……。
何にも考えなくて良いから……。
そして、私は少しだけ、現実の世界とサヨナラをした──。
「──あれ」
目を開けると、そこはまだ真っ暗な世界だった。
おかしいな、もう夢の中からは出た筈なのに……と、目を擦って立ち上がると、単に電気が付いていなかっただけだと気がつく。
そんなに寝ていたのか……。
ふわぁと欠伸をすると、私は紐を引っ張って灯りを付けた。
「……」
壁に掛かっている時計を見ると、もう2時過ぎで。
後5時間後には……、また学校に行かなくちゃいけない。そして、また嫌な思いをするのだ。
ほんと、行きたくない……。
ぬいぐるみになりたいなあ……。
そうすれば、学校なんて行かなくて済むのに……。
そう思って再び横になると、私はある事に気がつく。
「──あれ??」
ちゃっぴーが居ないのだ。
いつも、隣に居るはずのちゃっぴーが。
……どうして?
寝相の悪さで、思わず床に落としてしまったとか……??
そんなこと今まで無かったけど……、もしかしての事もあるので、一応ベッドの下辺りを確認してみる。
「……」
……やっぱり居ない。
何で??
ちゃっぴーは私の唯一の友達だ。
もしちゃっぴーが居なくなってしまったら……、私はどうなってしまうのだろう。考えたくもない……。
「どうしよう……」
何処を探していいのか分からず、思わずそのまま立ち尽くしていると──、何処か遠くから、突然知らない声が聞こえてきたのだ。
『ねぇ、遊ぼうよ。ぼくと一緒に遊ぼう?』
「誰っ!?」
思わずパッと後ろを振り返るが、そこには誰も居なかった。
『ねぇ、遊ぼうよ。ぼくと一緒に遊ぼう?』
「何処に居るの!? で……、出てきなさいっ!」
この家には、私とお父さん以外誰も居ないはず……。
ってことは、不法侵入……!?
ちゃんと鍵は閉めたはずなのに……。
誰だろう、怖い……。
私の足が、ガクガクと震えているのが分かる……。
『ふふっ、かくれんぼだよ。ぼくを見つけてごらん?』
「かくれんぼ……??」
何をふざけているのだろう……。
見知らぬ相手とかくれんぼをしている暇など無い。
第一、私はちゃっぴーを見つけなくちゃいけないのに……。
『ぼくを見つける事が出来たなら、君が今探している物の場所を教えてあげるよ』
「『教えてあげるよ』……って……、」
「──はっ!! 」
そこで、私は目が覚めた。
夢の内容はハッキリと覚えている……。
部屋の電気を点けると、私は急いでベッドの周りを確認した。
「やっぱりちゃっぴーがいないっ!!」
あれは確かに夢だった──。
でも、夢では無かったんだ。
まさか、夢の世界で起きていた事が、現実の世界でも起きていたなんて……。
こんな事、普通じゃ信じられないけど……。
とにかくちゃっぴーを探さなくちゃ。
私はクローゼットの中や、机の下、引き出しの中……部屋の全てを確認する。しかし、ちゃっぴーは何故か全く見つからない。
どうしてだろう……。
いつも一緒に寝ている筈のちゃっぴーがそこに居ないなんて、どう考えてもおかしい。
夢の世界で起きた事を私は思い出す──。
確か、あの謎の人物は『かくれんぼをしよう』だの『ぼくを見つけることが出来たら場所を教えてあげる』だの言っていたよね……。
……もし本当にちゃっぴーの居場所を知っているのなら、やってみる価値はあるのかも。
半信半疑──私はゆっくりと口を開け、そしてボソッと言った。
「分かった……。かくれんぼしてあげる。だから、貴方の事を見つけたらちゃっぴーの場所を教えてよね……」
私は、ここに居るかも分からない謎の人物に向かって確かにそう言った。……しかし、物音1つしない静かな部屋からは、夢の中の世界の様に声が返ってくることは無かった。
「はは……っ。私ってば、何やってるんだろう。夢の中の出来事は、所詮夢の中に過ぎないのにね……」
私は深くため息を零す。
……まあ、このまま突っ立っていても仕方がない。
とにかくちゃっぴーを探さなくちゃ……そう思って身体を動かそうとすると、突然ビュウッと冷たい風が私を包み込んだのだ。
『──ありがとう。それじゃあ、かくれんぼをしよう。今からぼくが隠れるから、10秒数えたら『もぅいいかい』って聞いてね』
「っ!!」
……っ、夢の中で聞いた声と全く同じ!!
まさか、本当に声が返ってくるなんて……。
しかし、あまりにも冷たい風に私は背筋を震わせた。そして……、ゴクリと唾を飲み込む。
……もしかしたら、この声の正体は人間の物ではないのかもしれない。そう思った瞬間だった。
「ねえ……、貴方は誰なの? 私は何を見つければいいの……?」
私がそう言うと、それは『ふふふ……』と笑ってからこう言った。
『君が今探している物との、思い出の場所を探してごらん?』
「思い出の場所……」
私が今探している物は、間違いなくちゃっぴーだ。
つまり、ちゃっぴーとの思い出の場所にこの声の持ち主はいる……ということ。
……私は、ゆっくりと壁側を向いて、目を閉じた。
そして『123──…… 』とカウントを始める。
「──8910。もういいかい?」
足音も何も聞こえないが、この謎の人物はきっと今隠れている最中なのだろう……。
……暫く経つと、『もぅいいよ』と聞こえてきたので、私は早速探す事を始めた。
「思い出の場所……」
この部屋は、さっきも見たが居なかった。
一応もう1回だけ確認してみるが、やっぱり居ないので他の部屋を探してみる事にする。
ちゃっぴーとの思い出の場所……。
お風呂とか?
昔……よく一緒に公園で遊んで、お互い泥まみれになってお風呂に入ったよね。
浴室のドアを開けて私は中を見てみるが、誰かいるわけでも無く、特に変わった様子もなかった。
「んー……、浴室じゃないなら……リビングとか?」
一緒にご飯を食べたり、テレビを見たりして……よく一緒に笑っていたよね。
お父さんが寝ている部屋でもあるので、私は静かにドアを開けて、こっそりと中を確認した。一応キッチンも探してはみたが……、リビングにも、特に変わった様子は無かった。
「何処だろう……」
トイレのドアも開けてみるが、やっぱり誰もいない。
うちは狭い家なので……、見る場所はもう無い。
「どうしよう……」
『うーん……』と頭を抱えていると、私はその時、ふとあの場所を思い出した。
「公園……っ!!」
ちゃっぴーとよく一緒に遊んでいた場所だ。1番思い出が詰まっている……と言ってもおかしくはない。
家の中に居ないのなら、もうそこしかない。
第一、かくれんぼの場所の指定は無かったのだから……。
私は靴を履いて、急いで玄関を飛び出す。
そして、家から歩いて約3分ほどで着く小さな公園に漸く辿り着いた。
「……懐かしいなあ」
実は、高校生になってからは、1回も来たことが無かった。勉強や部活が、あまりにも忙しくて……。
最後に見た時よりも、何だか狭く見えるのは、私が大きくなったからだろうか?
この滑り台も……、古くなったなあ……。
『──ちゃっぴー、もう1回滑り台で一緒に滑ろうっ! 楽しいねっ!!』
そんな、まだ小さかったあの頃の自分を思い出す。
「この馬も懐かしいなあ……。座ると揺れるんだよね。そういえば、名前なんて言うのかな。これ」
私はそう言って馬に股がってみるが……、馬が小さいのか私が大きくなりすぎたのか、ちょっと乗り物がグラッとして、壊れそうで怖かったので止めた。
「ほんと、懐かしいな……」
あの頃は毎日が楽しかった。
毎日ちゃっぴーと遊んで、嫌な事があってもちゃっぴーと遊べば何でも乗り越えることが出来て……。
それなのに今は……。
毎日が忙しくて、ちゃっぴーと遊ぶ暇も全然無くって。学校でも嫌なことばっかりで……。
公園をぐるっと一周見渡す。
まだ真っ暗な空。普通なら、皆が寝ている時間。
何だか、ポロッと涙が零れ落ちた。
いつからこんな風になってしまったのだろう……。
私はもっと……、楽しい人生を送りたかった。沢山の友達と遊んだりして、彼氏も出来たりなんかして……。
こんな現実なら要らないよ……。
ちゃっぴーも居ないし……。
私はそう思って、そこにあったベンチに腰掛けようとすると──、ある事に気がついた。
「……ちゃっぴー??」
真っ暗でよく見えなかった。
……だが、確かにその大きさやシルエットは、ちゃっぴーそのものだった……。
私は携帯のライトを付けて、その物を明るく照らす。するとそれは……。
「ちゃっぴーっ!! 見つけたっ!!」
やっぱり、ちゃっぴーだった。
私は嬉しくて思わずギュッと抱きしめた。
やっぱり、この公園にいたんだ。
でも……、じゃああの声の持ち主は一体……??
『陽菜』
その時、あの声が私の名前を呼んだ。
「……え?」
『ぼく……、ずっと寂しかった。今日かくれんぼしたのは……、陽菜と一緒に遊びたかったからなんだ。凄く楽しかったよ、ありがとう』
「──っ!! まさか、この声……ちゃっぴーなの……??」
でも、ぬいぐるみが喋る訳……。
頭の中がグルグルになる。
もしかして、私はまだ夢の中の世界にいるのかな……??
『……ぼくも最初は驚いたんだ。……でもね、日に日に元気を失っていく陽菜を見て……、ぼくは寂しかったんだよ』
「ちゃっぴー……」
……信じられないことだけど、どうやら、本当にちゃっぴーが喋っている様だ。本当に、信じられないことだけど……。
私は高校生活で毎日が忙しくて、前までの様にちゃっぴーと遊んであげる事が出来なかった。だから、それで寂しい思いをさせていたんだ……。今日かくれんぼを提案したのも、本当に私と遊びたかったからだったんだね……。
「ごめんね……」
私は、ギュッとちゃっぴーを抱きしめた。
──薄らと空が明るくなってきた。
それは、また今日が始まる合図だ。
学校なんてつまらない。
勉強も部活も忙しくて、人間関係も上手くいかない……。
……それなら、私の唯一の大切な友達であるちゃっぴーとずっと遊んでいた方が良いんじゃないかな?──そんな事を、ふと思う。
ちゃっぴーと遊ぶのは凄く楽しい。
どうせ生きるなら、楽しい事をした方が良いに決まっている……。
そうだよね?
「……ねえ、ちゃっぴー。私と2人で、どっか遠くに行っちゃおうか」
そう言って、私はちゃっぴーを連れて、この公園を……そしてこの町を出た。
そして、私は毎日楽しくちゃっぴーと遊んだのだった。
「〇〇市にお住まいの、〇〇陽菜さんが行方不明です。見かけた方は至急ご連絡をお願いします。尚、彼女の部屋からは複数の覚せい剤が見つかっており──」
ちゃっぴー 〜私の大切なお友達〜 ゆうまる @doraran
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