第21話 ベルメン=ホラント二重帝国

 ホラント王国からの使者は、直ちに皇帝に謁見した。


 使者が婚姻の申し込みの正式な国書を手渡すと、皇帝は淡々とそれに目を通した。


「それから、これはホラント国王からの陛下宛の親書にございます」

「何? 国書の他に親書だと?」


 皇帝は若干不審に思いながらも親書に目を通した。

 が、皇帝は突然に「ぷっ!」と吹き出し笑いをした。


「はっはっはっ…。奴め。考えおったな。それとも最初から考えていたといいうことか…食えない奴だ…」


 それを見た廷臣たちは、ギョッとして皇帝に注目している。


「陛下。どうかなされましたか?」

「いや。何でもない。ホラント国王が笑い話を一つ披露ひろうしてくれただけだ。気にするでない」


 皇帝は、その場で婚姻を承諾し、直ちにその旨の返書が作成され、使者が持ち帰った。


 貴族たちも、これには反対しなかった。

 特にビンデバルト大公は、3つの派閥のうちの一つが崩れたということで、内心ほくそ笑んでいるようだった。


 婚姻の段取りは、正式な手続きに則り、粛々と進められた。


 ただ、結婚式は、帝国で行われることとなった。

 まだ復興途中のため、ホラント王国内では相応しい会場が確保できないという理由だった。


 そしていよいよ結婚式の日がやって来た。


 賓客が見守る中、誓いの言葉を述べ、教会の大司教様から祝福の言葉を賜り、結婚誓約書への署名、婚姻簿への記入を済ませると、結婚指輪の交換だ。


 結婚指輪らしく、華美ではないが、その中にもセンスの良さが窺われ、彼らしいなと思った。


 続いて結婚披露パーティーだ。

 面倒だが、型どおりの挨拶あいさつをし、パーティーが始まると、私たちは早速ダンスをした。


 ラパンツィスキ様と踊るのは久しぶりだが、体が覚えていた。

 ダンスが終わると、会場から拍手喝采が起こった。


 親戚や高位貴族たちが次々と挨拶あいさつにやって来て、かなり気疲れした。


 パーティーが終わり、2人で私の部屋へ引き上げた。


 私のベッドは2人で寝ても余裕があるほど大きかった。

 否でも、これからの新婚初夜という大イベントを意識してしまい、胸が高鳴る。


 ラパンツィスキ様は、マイペースだった。

 いつものようにお湯張りをして、私の背中を流してくれる。


 …と思った私が馬鹿だった。


「おっと。手が滑った」と白々しい台詞を言うと、ラパンツィスキ様は後ろから私を抱きしめ、首筋にキスの嵐を降らせてきた。


「ううっ。あ…っ。…っはぁっ…。ん…っ…。ダメよ…こんなところで…」


 私がうっすらと涙目で懇願すると、彼は止めてくれた。


 その後。


「では、私もお風呂をいただきますね」


 いつもとは違うパターンで、彼がお風呂から上がって来るまで待たされる。

 その間にも私の胸は高鳴り、緊張感が高まっていくのが感じられた。


 ラパンツィスキ様がお風呂から上がってきたとき、ドキリとした。


 ──いよいよなのね…


 私は覚悟を決めた。


「では、ベッドにうつ伏せになってください」


 うつ伏せ? ああ。マッサージをしてくれるのね…

 気持ちが早っていた私は、少し恥ずかしくなった。


 今日は一日いろいろあって、肉体的にも疲れたし、気疲れもしていたので、マッサージはとても有難く、心地よかった。

 その分、いつもよりも余計に声が出てしまったけれど…


 マッサージを終わると、ラパンツィスキ様はあっさりと顔のタオルを取ってくれた。


「今日は『お仕置き』はないのね」とこれまでの意趣返しとばかりに、少し嫌味を言ってみた。


「お仕置きをされるようなことをしちゃったんですか?」

「いや…そんなことは…ないけれど…」


 そこで会話が途切れた…


 ラパンツィスキ様が熱い目で私を見つめている。

 恥ずかしかったが、今日ばかりは真正面から見つめ返した。


 そして、どちらから求めるでもなく、2人は熱いキスを交わした。これまでにない濃厚な刺激に、頭の芯が痺れてしまった。


 彼は私の耳に軽くキスをした。


「あぁ…ん…」と思わず吐息が出てしまう。


 耳に彼の熱い吐息がかかって、くすぐったい。


 不意に「イリー。愛している」と彼は耳元で甘く囁いた。

 思ってもいなかった言葉に、私の胸はキュンとした。


 思い起こせば、「愛してる」なんて言われたのは初めてだ。しかも、愛称呼びなんて…

 ダメよ。こんなの反則だわ…


 否が応でも私の胸は一気に高鳴った。


 そして…

 私は無事に処女を喪失した。


 事前に痛いだの、大変だのといろいろな話を人から聞かされ、不安もあったが、思っていたよりもずっとスムーズにことは運んだので、少し拍子抜けしたくらいだ。


 こんなことまで卒がないのかと、ラパンツィスキ様を少し小憎らしく思った。


 深夜まで愛し合い、気怠さを感じながら、私はラパンツィスキ様に聞いてみた。


「ホラント王国へはいつ出立するのかしら?」

「そうですね…いつにしましょうか…」


 そんな悠長なことでいいの?

 疑問に思いながらも、私は深く考えずにスルーしてしまった。


 ところが、翌日。

 私は驚かされる事実に直面した。


 お父様が退位し、帝位をラパンツィスキ様に譲ると突如宣言したのだ。

 お父様とラパンツィスキ様は事前に示し合わせていたらしい。


 ラパンツィスキ様は最初から二兎を追い、二兎を得る戦略を考えていたのだった。


 帝国臣民は、降って湧いたサプライズイベントに熱狂した。彼らは一度落胆していただけに、喜びもひとしおだった。


 一方、完全に意表を突かれ、出し抜かれた形になったビンデバルト大公は、地団駄を踏んで悔しがったという。


「どうして事前に教えてくれなかったの?」と私は苦情を言った。

「こういうことはサプライズじゃないと面白くないでしょう」


 それは…不安が一挙に解消されて嬉しいけれど…

 ずっと彼のてのひらの上で転がされていたと思うと少し癪に障る。


 そして、皇帝に就任し、ベルメン帝国皇帝とホラント国王を兼任することとなったラパンツィスキ様は、両者を合併してベルメン=ホラント二重帝国とすることを宣明した。


 両者は対等の立場での合併とされ、私の名前は夫との複合姓のイレーネ・フォン・ビンデバルト=ラパンツィスキとなった。


 この際、私は前々から疑問に思っていたことをラパンツィスキ様に聞いてみることにした。


「アマンドゥスは、本当は未来人じゃないの?」

「未来人ではないけれど…似たようなものかな…」


 と言うと、彼は、自分は地球というこの世界よりも文明が発達した異世界からの転生者なのだと説明してくれた。


 この世界の宗教では、魂が輪廻転生するなどという考え方はなかったが、私は妙に納得してしまった。

 でないと、私の周りで起こった奇跡のような事実の数々の説明がつかないと思ったのだ。


    ◆


 ビンデバルト大公を始めとする高位貴族たちの中には、ラパンツィスキ様の悪口を言う者も多くいた。


「所詮奴は武官上がりで政治については素人だ。近い将来ボロを出すに決まっている」


 しかし、それは甘い認識と言わねばならない。


 彼は、荒廃しきっていたホラント王国復興の目鼻立ちをたった半年でつけるという実績を既に上げているのだ。

 貴族たちの認識は、都合の悪い事実は見ないという独りよがりに過ぎなかった。


 私だけが知っていた。

 前世において文明国で国の運営に携わる仕事をしていた彼の本分は、むしろ政治にこそあるということを…


 そして、予想どおり、彼は啓蒙専制君主として、周辺国が仰天するような新たな施策を次々と講じていくことになるのだが、それは将来のお話である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

気鬱の皇女と大賢者の孫 ~聖女と呼ばれた皇女は魔導士に救われる~ 普門院 ひかる @c8jmbpwj

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ