第14話 恋のライバル

 ラパンツィスキ様が宮廷魔導士団に復帰してから1月が経った。

 だが、私はラパンツィスキ様と触れ合う時間が激減した寂しさがいまだに尾を引いており、バルツの横腹に顔を埋めて現実から逃避することで、かろうじて精神の安定を保っていた。


「ねえ。バル君。アマンドゥスは今何をして、何を考えているのかな?」


 当然、バルツは答えてはくれない。ゴロゴロと喉を鳴らすばかりである。


 そんなある日。

 私は、メイドたちがラパンツィスキ様についてひそひそとうわさをしているのを偶然聞いてしまった。


「ねえ。聞いた? ラパンツィスキ様が妙齢の女性と仲が良さそうに腕を組んで町を歩いていたそうよ」

「えーっ! ラパンツィスキ様は皇女殿下一筋じゃなかったの? 二股をかけているってこと?」


「それだけじゃなくて、一緒にラパンツィスキ家の邸宅に入っていくのを見た人もいるらしいよ」

「えーっ! ラパンツィスキ様が結婚したなんて話は聞かないし…それって、もしかして愛妾あいしょうってこと?」


「それもあるかもね…クールな顔をしているけどやることはやっているとか…」

「でも、家族とか、親戚ってこともあるんじゃない?」


「ラパンツィスキ様は一人っ子よ」

「だったら従姉いとことか…きっとそうよ」


「でも、従姉と仲良く腕を組んだりするものかなあ?」

「中にはそういう人もいるんじゃない?」


 私の顔は青くなり、立ちくらみがして、目の前が真っ暗になりそうになったが、咄嗟とっさにしゃがみこんでなんとか卒倒せずにすんだ。


 ラパンツィスキ様に愛妾なんて…そんな不潔なこと…

 でも、男の人って、そんなものなのかしら?


 この世界では一夫多妻も認められているし、貴族の中には多数の愛妾を抱えている者もいるという…


 いや。メイドたちが言っていたようにきっと従姉よ。そうに違いないわ


 そしてその夜。

 ラパンツィスキ様が風呂のお湯張りに来てくれたときに、さりげなく探りを入れてみることにした。


「アマンドゥス。親戚の方が来ていらっしゃるんですって?」

「いえ。そのようなことはありませんが…どこでそんなことを聞かれたのですか?」

「ああ。ならば私の聞き間違いね。あははは…」


 これで私の希望的観測は否定されてしまった。

 ならば、やはり愛妾なのだろうか?


 だとすると、私に対する態度が冷たくなったり、変化があってもよさそうなのだけれど…


 しかし、その日の彼の態度に変化といったものは感じられなかった。いったいどういうこと?


 よく考えれば、ラパンツィスキ様の口からは、私が好きとか、愛していると言った言葉を聞いたことはない。

 キスをしたのも、蘇生法としてやっただけで、それっきりだ。


 それならば、彼のあの優しさは何なんだろう?

 優しい人だから、私の境遇に同情してくれているだけなのだろうか? その線も全面的には否定し難い。


 それを私は愛だと勘違いして…

 だとすると、とんだおまぬけなことだわ…


 私は不安なまま、悶々とその夜を過ごした。


 翌日のヨガの時間に、私の不安をあざ笑うかのように渦中の女はやってきた。


 20代前半くらいの妖艶な美女で、豊満なバストがそのグラマラスな体を強調していた。胸に自信のない私は、少しコンプレックスを感じてしまう。


 彼女は、「あるじ殿。来てしもうた」と言うなり、ラパンツィスキ様の腕にしがみついてベタベタとしている。


「この馬鹿者。来るなと言っただろう」

「主殿がいないと寂しいのじゃ。健気けなげと思うて許してくれろ」


 私はあきれてしまった。

 何なの? この馴れ馴れしい女は?


 私をライバルと思って、見せつけに来たってこと?

 ならば、こちらも毅然とした態度で臨まなければ…


「初めまして。私は、第1皇女のイレーネです。あなたは?」

「わらわはマーレ。主殿の召使いのようなものじゃ」


 召使い? それに主殿って…

 まさか奴隷なの?


 確かにこの世界では奴隷は禁じられていないけれど…

 でも、男の人が女の奴隷を買うのって、性奴隷なことが多いっていう話も聞いたことがあるし…


 だったら、愛妾どころの話じゃない。なんて破廉恥な!


「召使いにしては、主人に対する態度がなっていないんじゃないかしら?」

「主殿とわらわは魂の深いところで通じ合っておるゆえ、このくらい当然じゃ」


 何よそれ! 2人は深く愛し合っているとでも言いたいの?


「アマンドゥス! 何なのよ。この女は?」

「いや。これは…そのう…召使い?…のようなもので…」


 いつもはクールなラパンツィスキ様の目が泳いでいる。

 これは絶対に何かを隠しているに違いない。


「とにかく、ちゃんと教育してちょうだい」

「いや。これは面目めんぼくない…

 とにかくだ、マーレ。来てしまったものは仕方がない。一緒にヨガをやっても良いが、イレーネ様の邪魔だけはするなよ」


 いや。そこは毅然として追い返すところでしょう!

 私は突っ込みたかったが、優しい人だから、それができないんだろうなあとも思った。


 結局その日は、マーレという女も一緒にヨガをすることになり、なんだか私は集中することができなかった。


 マーレは、体が柔らかく、ヨガについては私よりも上級者のようだった。私は、対抗心を燃やしてむきになった。


 その後の朝食は、マーレの分は用意していなかったので、彼女は帰ったが、気まずい雰囲気となってしまった。


 朝食の後、私は早速バルツに逃避した。

 バルツが喉をゴロゴロ鳴らす音を聞いていると、少しだけ癒された。


「ねえ。バル君。あなたの主人は何を考えているの?」


 以来、マーレは毎日ではなかったが、数日を置かずして、ラパンツィスキ様との神聖なヨガの時間に乱入してくるようになり、その度に私は不機嫌になってイライラするのだった。

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