第13話 転生者
アマンドゥス・フォン・ラパンツィスキは、日本という国からの転生者である。
彼は、某大学法学部政治学科を卒業し、某省に入省したキャリア官僚であった。
非常に感受性が強く敏感な気質もった人間で、その点はイレーネと共通していた。
このような気質をHSP(Highly Sensitive Person)といい、人口の約20%の割合はHSPだという。
この気質の人間は、考え方が複雑で、深く考えてから行動する、刺激に敏感で疲れやすい、人の気持ちに振り回されやすく、共感しやすい、あらゆる感覚がするどいといった特徴を持ち、深い思考、協調性等から仕事をするうえで有能であったりするが、ストレスの発散が上手くできないと
霞が関のキャリア官僚の激務ぶりは周知の事実であるが、中でも超過勤務三悪と呼ばれるものがある。
国会対応、予算要求、法令業務の3つであるが、彼の場合は法学部出身ということで、法令業務を任せられ、その才能を発揮して周囲からも高い評価を受けていた。
また、その共感能力の高さから、同僚の仕事を助けることも多く、周りから頼りにされる存在となっていった。
だが、このような高評価故に、仕事が仕事を呼ぶという悪循環に
さらに、彼が異動する部署に限って、数十年に一度あるかないかという大きなプロジェクトが巡ってくるという意味で、運の悪さにも
若手であった時代は体力に任せて乗り切ることもできたし、環境によって鍛えられるという面もあったが、歳を経て課長補佐に出世し、30歳を過ぎて管理職である課長への昇進が目前という時期になって鬱病を発症し、休職を余儀なくされた。
管理職になれば、常軌を逸した激務からは解放されると期待していた彼は意気消沈した。
さらに、この時期での病気休職というのは、出世街道から外れたことも意味していた。
休職した彼は、休んでいる罪悪感や将来のキャリアパスに関する不安から気分が晴れず、医師から処方された抗うつ薬の効き目も薄かった。
そこで彼は、ヨガなどの自律神経を緩め、鬱病に効果がありそうなことあらゆることを試した。
そのかいもあって、2年後には復職したが、1年を経てまた鬱病が再発してしまう。
そして集中力を欠いて道を歩いていたところに、暴走トラックが突っ込んできて、これを避けられずに亡くなった。
◆
アマンドゥスがこの世界に転生して、物心がついたのが3歳の時。
前世の記憶をそっくりそのまま保持していることに気づいた。
そして自分の環境を知るうちに、この世界は地球とは違う異世界なのだということがわかってきた。
アマンドゥスの父は物心がつく前に戦死しており、母も彼を産んだ時の
祖父は、幼いころから異常と言えるまでの知能を持ち、ハイレベルな魔法の才能を持つ孫の誕生に狂喜し、自らの後継とすべく、厳しい教育を施し、祖母もまたその持てる全てを孫に承継させようとした。
ハイレベルな魔法の才能は、どうやら転生者特典とでも呼ぶべきもののようだった。
アマンドゥスの深い思考や感受性・第六感の鋭さは、魔法や錬金術を学ぶのに最適なパーソナリティであり、彼は海綿が水を吸うがごとくその力量を上達させていった。
一方で、アマンドゥスは、前世での苦い
ヨガによる瞑想は、自らの内なる魔力の存在を鋭敏に感じることにも通じるものであり、これが彼の魔法や錬金術の上達を更に加速させた。
アマンドゥスが成人をむかえた14歳の頃には、祖父母の持つ技術は全て習得し、あとは実践を積むばかりとなっていた。その流れからごく自然に宮廷魔導士団に入団する。
そしてアマンドゥスが16歳になったとき、第1皇女のイレーネと出会った。
ふと気が向いて、深夜の皇都郊外の荒れ地で大規模
彼でなかったら、早春の
それもふと気が向いての行動であったのだから、まさに第六感が働いたとした言いようがなかった。
それくらい2人の出会いというのは、奇跡的で運命的なものだったのである。
◆
最近になって宮廷魔導士団に復帰したアマンドゥスは、祖父に呼ばれた。
「おまえもまたレベルを上げたようだし、そろそろ新しい従魔を召喚してはどうだ?」
「そうですね。バルツもイレーネ様のところに張り付かせていますし、頃合いかもしれません」
アマンドゥスは、邸内の内弟子用の魔法訓練場で従魔を召喚することにした。
ここであれば、召喚した従魔が多少暴れたとしても収拾がつく。
アマンドゥスは、祖父や内弟子たちが興味深く見守る中で従魔を召喚する。
「闇よ。我が配下となるべき従魔を呼び寄せよ。アマンドゥスが命じる。サモン!」
すると魔法陣が
黒い霧が薄れ、召喚した従魔の輪郭が見えるにつれ、見守っていた一同は
召喚した従魔は人型をしていた。
人型をとる従魔は亜神に準ずるような至極高位なものに限られていたからだ。
黒い霧が晴れてみると、歳の頃は20代前半と見える妖艶な美女が立っていた。
異国情緒あふれる古風な服を着崩して胸を
アマンドゥスは最大限に警戒しながら話しかけた。
「おまえは?」
「わらわはマーレ」
「それはその人型の仮の姿のときの名前だろう。
「ティアマトさ」
「ティアマトだと…あの邪龍ティアマトだというのか?」
「その呼び方は人族が勝手に読んでいるだけで好きじゃないんだけれど…まあ、そのとおりさ」
ティアマトは、メソポタミア神話における原初の海の女神で、淡水の神アプスーと交わり、より若い神々を生み出した。
その真の容姿は龍の姿をしている。ドラゴンではなく、蛇のように長い東洋風の龍だ。
だが、新しい神々と対立したため邪龍などと呼ばれる。
また、ティアマトは、神々と戦うべく、自らが生み出したムシュマッヘという七岐の大蛇ほか10の怪物からなる武装集団を率いていた。
「本当に私の呼びかけに応えて来たのか?」
「もちろんさ。いい男の匂いがしたから来てみたんだけど、想像の上を行くいい男だねえ」
「従魔の契約をするには、主人の実力を測って納得する必要があるのだろう。どうすれば納得してくれる?」
「あんたを一目見て気に入ったからじゃダメなのかい?」
「それでは実力を測れていないではないか。おまえはそれでいいのか?」
「わらわくらいになると、あんたの実力なんか一目見ただけで測れるのさ。実力も込みでいい男だと言っているんだ」
「なるほど…承知した。では、これから従魔の契約をするが、よいな」
「ああ。やってくれ」
「我が召喚せしティアマトよ。我に従い、
ティアマトの足元に眩い魔法陣が生じた。
あとは従魔の体の一部にアマンドゥスがキスをすれば、契約は完了である。
アマンドゥスは、その手にキスをしようとしたのだが、ティアマトは突然アマンドゥスに抱きつくと、いきなり唇を重ねてきた。
不意を突かれ、アマンドゥスは驚きを隠せなかったが、これでも契約は成立する。
アマンドゥスはあえて抵抗はしなかった。
ティアマトはそれをいいことに、濃厚なキスを続ける。
こうしてマーレことティアマトは、アマンドゥスの従魔となったのだった。
しかし、このような超強力な従魔の存在は過剰戦力も甚だしい。
ことが知れたら、周辺国の軍事バランスを崩しかねない。
このため、ラパンツィスキ家は、今回の従魔召喚については厳重な箝口令をしいたのだった。
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