第2話

「だから、これが『どこの誰なのか』を調べて来いって言ってんだよ!」


 編集長は僕に向かって書類の束を投げつけた。

 それは僕が睡眠時間を削って書き上げた企画書だったんだけど、紙を止めていたクリップが情けなく外れ、ただの文字を書きなぐったコピー用紙となって僕の上にパラパラと振りかかった。

 編集長の怒りはそれっぽっちではおさまらなかったようで。


「確かに『ハナサカG子』は、二年もランキングトップに居座っている人気作家だ、投稿作は一作だけ、SNSにも足跡は一切ない謎の作家……これが書籍化となれば話題性は十分だろうよ。だがなあ、これがどこの誰なのかわからなかったら、まず契約書が作れないんだよ!」


 僕はいま、ハナサカG子の『君の隣にいきたくって』を書籍化するためのチームに加わっている。


 僕が現代向きではないと切り捨てたあの作品は、逆にそのレトロ感が話題となってあっという間にランキングトップに上り詰めた。あとは読みに来た者たちが勝手に盛り上げてくれる。『ハナサカG子』は、いまや二年もの間、誰にもトップの座を譲らぬ強者の名としてネット小説界隈に知れ渡っている。

 今やどの出版社も『君の隣にいきたくって』の出版権を狙っている状態であると。

 しかし僕は、このあたりを少し気楽に考えていすぎたようだ。


「メールは出したんですか、サイト内のメールではなくジカに。まさか返答すらないってことはないでしょう」


 編集長は渋い顔で僕をにらみつけたままだ。


「返答無しだよ」


「ええっ、まさか! そりゃあ、名もわからない弱小出版社相手ならそうでしょうがね、うちみたいな大手出版社相手に、それはないでしょう」


 編集長が怒りに任せて僕の名を呼んだ。


「松戸!」


「は、はい!」


「大手も弱小も関係ない、どの出版社に対しても返答は一切しない、それが『ハナサカG子』のスタイルだ。他社を弱小だと見下すお前よりもよっぽど公明正大だよ」


 僕は自分の失言に気づいて俯く。

 編集長は大きなため息をついた。


「ともかくお前、どんな手を使ってもいいから『ハナサカG子』を探して来い」


「僕一人でですか?」


「そうだ、もちろん必要なら手を貸すし、金もいくらでも使っていい。だけど、この件はお前に任せる」


「そんな! 本名もわからない相手をさがすなんて、できませんよ」


「『できない』のと『やらない』のは違うだろう、とりあえず、探しに行け」


「いったい、どうすれば……」


「そんなことは自分で考えろ。あ、そうそう、他の出版社も今頃は血眼になって『ハナサカG子』を探しているだろうな。もしかたら、お前のいう『弱小出版社』に先を越されたりするかもな」


 さすがの僕も、これがイヤミだと気づかないほど鈍くはない。つまりは『弱小出版社』呼ばわりした相手に負けるようなことがあったら、さんざ笑い倒してやるぞ、ということだろう。

 どんなに名の知れた出版社にも等しく返信を寄越さないという『ハナサカG子』の性格を考えたら、それは逆に電子出版のみで細々と食いつないでいるような小さな出版社相手でも心惹かれるようなことがあれば契約を交わす可能性があるということで……『大手出版社』が『弱小出版社』に負ける可能性も十分にあるということだ。

 まずは他の誰よりも早く『ハナサカG子』を探し出し、とりあえず一度対面で話をする必要がある。


「わかりました……やります」


 僕の言葉に、編集長はとどめのイヤミをかえしてくれた。


「おお、いい心意気だね、ぜひとも『大手出版社』の力を見せつけてやってくれたまえ」


 僕はそのイヤミを背に、まずは今回のメールを担当した牧之原に話を聞きに行くことにした。

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あの風を探しに 矢田川怪狸 @masukakinisuto

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