第7話:留守中の来訪者

「『使命』が光ったところまでは覚えているな。あの後、学校にいた『シン』の人間全員が空間転移の術で屋敷に集められて、新しい『使命』が渡された」


 車が発車し、吾良千輝が説明を始める。

 さっきまでいた屋敷は退治屋『シン』現当主のお屋敷だったらしく、吾良千輝の家まで『シン』お抱え運転手に送ってもらっている。

 当主様に直接挨拶することはできなかったので、今度改めて布団を借りたお礼を言いに行こう。


「新しくですか。なんでまた」


「赤い『使命』に、咲姫に聞けって書いてあったんだ。聞きに行ったら、最初からやり直してっていうから」


「『使命』って『シン』の当主に関わることですよね。そんな重大な勝負を咲姫ちゃんの一存でどうにかできるってことは、咲姫ちゃんはやっぱりすごい妖怪なんですか」


「咲姫ちゃん……」


 私の呼び方に一瞬怪訝な顔をするが、深くは突っ込まず私の質問に答えた。


「咲姫は『シン』が契約している妖だ。能力を使うための呪具を生み出すから、万一機嫌を損ねたら『シン』は退治ができなくなる。『シン』は咲姫中心にまわっているんだよ。この勝負だって咲姫好みの強くて面白い人間を発見するためのものだからな」


 なるほどなるほど。

 じゃあ次期当主筆頭候補の吾良千輝は超つよ面白人間だと。


 面白いかどうかはともかく、力は強いし咲姫ちゃんのお世話も上手そうだよね。


「新たな『使命』はどんな――って、これ聞いちゃダメなやつでしたね。私がやることだけ教えてください」


 うっかり地雷を踏みそうになり緊急回避する。


「お前にはこれを守ってほしい」


 言いながら吾良千輝は付けていた腕輪をはずし、私に渡した。

 四色の紐と三つの透明な丸石を編み込んで作られた腕輪。


「これ、術を出すのに必要な呪具ですよね。いいんですか、私が持っても?」


「ああ。俺のはもう一つ別にある。詳細は言わないが新しい『使命』に三日間コレを守り通せと書いてあった。敵の目を欺くために持っててほしいんだ」


「カモフラージュってやつですね」


「そうだ。目立つと敵にバレるからひっそり大人しくして護りとおしてほしい」


「わかりました。必ずお守りしてみせます」


 『使命』の話を嫌がっていた吾良千輝が私を頼るくらいなんだ。

 何が何でも護りぬいてみせる。


「頼んだぞ。くれぐれも大人しく、絶対に大人しく、勝手な行動をしないように」


「はいっ」


 心配する吾良千輝を安心させるため力強く返事する。


「……頼むから大人しくな」


 なぜか吾良千輝はより一層心配そうな顔をした。


 私は腕輪をなくさないよう自分の左腕へとつけながら、何気なく尋ねる。


「これを使えば私も吾良様たちのような術が使えるんですか」


「呪文さえ唱えればな。――――怪我は治さないのか」


「怪我?」


 一瞬何のことを言われてるのかわからず首をかしげたが、すぐに手の甲にできた傷のことを言っているのだとわかった。


 小学校で美少女に氷柱で刺されたところだ。


 もう痛くないし血も止まってるから忘れてた。


「私の回復術、自分には使えないんですよね。まあそのうち治ると思いますよ」


 えぐられてるわけでなし。

 気にするほどのものではない。


 が、吾良千輝的にはそうじゃないらしく、左手を掴まれる。


「ご、吾良様?」


「『回帰する泉』」


 吾良千輝が何事か呟くと私の手元がぱあっと黄色に光り、みるみるうちに傷がいえていった。


 あ、今の回復術か。


 急に手を掴まれるから何事かと思っちゃった。

 『シン』の呪文は多種多様だね。


「ありがとうございます」


「いい。……俺を助けようとした礼だ」


 吾良千輝は私の手を放しそっぽを向いた。

 お礼かあ。……私、助けるどころか助けてもらった立場なのに。

 下手にやさしくされると罪悪感で押しつぶされそうになる。


 ちょうど吾良千輝の家についたので、胸の痛みに耐えながら車を降りた。


「送っていただいてありがとうございました」


 運転手のお兄さんにお礼を言うと、お兄さんはひらひら手を振って返す。

 二人とも降り、車が発進するのを見送ってから家の中に入ったわけですが、


「なっ、なっ、な――――!」


 家の中は言葉にならないほど荒らされていた。


 破れた障子。

 倒れた家具。

 水浸しの床。

 ひび割れた壁。


 こんなの偶然で起こりうるわけがない。


「けっ、けっけけ、警察、警察に電話、スマホ」


「落ち着け、誰かが家探しをして暴れただけだ」


「そんなの見りゃわかりますよ! 誰かが家探しして暴れたのが問題なんですよ!」


 あくまで冷静な吾良千輝に腹が立ち、地団太を踏む。

 吾良千輝は呆れたようにため息をついた。


「警察に行ったとして退治屋内部のごたごたによる騒動なんてどう説明するんだ?」


「え」


「下手すりゃ、妖怪退治と銘打ち子供に変な術を使わせて働かせるやばい組織ってことで『シン』が取り潰されるぞ」


 吾良千輝は土足で家の中にあがり、水がぶちまけられた床から何かをひょいっと拾った。


 服で軽くぬぐって私の手に乗せる。


 吾良千輝から渡されたのは白くて丸いきれいな石だった。


「咲姫の力を結晶化した石だ。一個につき一回限りの大技が発動する」


 つまり犯人は退治屋『シン』の人間だと。

 昨日も襲撃してきてたし、なぜそんな気軽に人の家に襲いに来るのか。

 腹は立つが、犯人に目星がついたのはありがたい。


「そんな大切な物落としていくなんてバカですねえ」


「もう発動した後だから捨てていったんだろう。発動してない石は透明だからな」


「ごみをごみ箱に捨てることもできないなんてバカですねえ」


 暴れたんなら後片付けぐらいしていってほしいよ、まったく。

 怒りは収まらないけど、落ち着きは少し戻ってきた。


 警察はなしだ。


 私も服の袖をまくり、靴のまま家の中に上がる。


「どこまで荒らされたのかと、けが人がいないかと、盗まれた者はないかの確認をしましょう。あと、片付けも」

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