第2章

第6話:お屋敷にて

 ――ん、ここは?

 目を開けたら布団の中にいた。


 なぜ?


 むくっと上半身だけ起こして部屋の中を見回す。

 知らない部屋だ。


 んー? うーん?

 私はなんでここにいるんだっけ?

 春休みの間、吾良千輝ごりょうかずきを護衛する依頼があって、吾良千輝と学校に行って、でもここ学校じゃないよな。


「……、……、……よしっ、起きよ」


 一人で考えてたってわかんないものはわかんない。

 知ってる人に聞くのが一番だ。


 部屋を出て探索を始める。


 長い廊下に障子戸。ここはどっかのお屋敷なのかもしれない。

 右に行くか左に行くか悩み、右に行くことにした。

 理由は「なんとなく」だ。

 なんとなく右に行ったほうがいいような、なんとなく誰かから呼ばれているような、なんとなく何かが起こりそうな、そんな感じ。

 誰にもすれ違うことなくはひたすら奥へと進み続ける。


 広い家だよなあ。

 本当ここどこなんだろ。


 のんきに歩いてるけど、よく考えりゃこれ、非常にマズイ状況なのでは。


 誘拐。


 ふいにこの言葉が頭に浮かぶ。

 念のため防御術を――。


「ねえ」


「ぎゃああ! 『二藤ふたふじ』ぃ! 『一薙ひとなぎ』ぃぃ!」


 突然肩を叩かれ、恥も外聞もなく叫び術を発動させる。

 赤と青、合計十二発の弾丸が私の周りに現れた。

 発射っ、と相手に指先を向けたところで、思いとどまる。


 そこにいたのは小学校一年生ぐらいの女の子だった。


 真っ黒の長い髪をした着物姿の女の子。なんだっけ、十二単じゃないけど平安時代の女の人が来てそうなこの格好の名前、う、う……、あっ、袿!

 袿姿の女の子がいた。

 お人形さんみたいにかわいい子だ。


 でもなんでここに?


「私、莉子りこっていうの。お名前教えて?」


 目線の高さを合わせて女の子に話しかける。

 女の子は目を細めて笑った。


「ソレ使わないの?」


 おっと、無視されたぞ。


「使わないよ。当たると痛いし」


「使って」


「だーめ」


「使って」


「だーめ」


「使え」


「!」


 女の子がカッと目を見開いた瞬間、得体のしれない感覚が私に襲い掛かった。


 なんで気づかなかったんだろう、私。


 この子、妖だ。


 術を使おうと口を開くが、出たのは掠れた息だけだった。


「――、――」


 声が出ない。


「っ、っ」


 体も動かない。


「ソレよこせ」


 逃げられない。


 私に伸ばされた手は小さいはずなのに、まるで私をすっぽり握りつぶせてしまいそうな威圧感がある。

 本能が、捕まったらだめだと叫んでいる。

 ぐぅぅっ、悔しい、悔しい、悔しいぃっ。

 なんで何もできないの。

 捕まってしまう。


 ――――誰か、助けて。




「気をお鎮めください、さき姫様」




 吾良千輝の声がして、ふっと体が軽くなる。


 私を縛っていた力が緩くなったようだ。

 それまで逃げようと踏ん張っていた私は急に抑える力が抜けたことで、後ろにぶっ倒れる。


「ぎゃあ」


ポスッ


 床に激突、かと思いきや、後ろにいた吾良千輝が支えてくれて大事にならずに済んだ。


「ありがとうございます」


 顔を上げ、お礼を言う。


 また吾良千輝に助けられてしまった……。


 吾良千輝は私を立たせ、妖少女の前でひざまずく。


「咲姫様、この場は俺の力だけでご容赦を」


 吾良千輝が敬語を使ってる。

 もしかしてこの女の子は偉い人、じゃなくて偉い妖なのかな。

 退治屋の中にはあえて妖怪と契約することで強い力を得ることもあるって聞いたことがあるぞ。私だって似たような術使うし。


 妖少女は待ってましたと言わんばかりの勢いでギュッと吾良千輝にだきついた。

 ぐりぐりと吾良千輝の腕の中で頭をうずめる妖少女の姿は、甘えん坊の妹がお兄ちゃんにじゃれているようでなんかかわいい。

 私には襲い掛かってくる雰囲気だったのに、この差。

 吾良千輝の方は不慣れなぎこちない動作で妖少女の背をポンポンと叩く。

 妖少女は満足したようで吾良千輝からスッと離れた。


「莉子」


「は、はいっ」


 妖少女に突然名前を呼ばれかしこまった返事をしてしまう。

 妖少女の目は吸い込まれてしまいそうなほど黒々としている。

 何を言われるんだろうか。

 なんか緊張してきた。無駄にドキドキしてしまう。

 妖少女は目を細めてニコッと笑った。


「またね」


「へ? あ、はい、また」


 普通に普通の挨拶だったので拍子抜けしてしまった。

 私が手を振ると妖少女は楽しそうに先の見えない廊下の奥へと去っていった。

 妖少女の姿が見えなくなったところでようやく手を下し、吾良千輝に尋ねる。


「また、と言われましたけど次の機会があるんでしょうか」


「お前が今みたいにふらふらほっつき歩けばあるんじゃないか」


 ……気のせいか、やけに言葉がとげとげしい。


 でも吾良千輝ってもともと不愛想だしこれが通常運転な気もする。

 怒られるとしたら――、やっぱり護衛のくせに二度も助けてもらうような役立たずだから、かな。


 うぅっ、自分で言ってて情けなくなってくる。


「あの、吾良様。次こそはちゃんと護衛の役目を果たして見せますので」


 だからクビだけはご勘弁を。


 吾良千輝の袖を引っ張り目で訴える。


「――ハア」


 吾良千輝は深い深いため息をついた。


 それはどういうため息?


「体調は?」


「え、あ、万全です。依頼続行に支障ありません」


「ならいい。お前にやってもらうことがある。ついて来い」


「はいっ!」


 良かった!

 見捨てられずに済ん――、あ。


「あのっ」


 私は歩き出した吾良千輝の手をはしっとつかむ。


「もしかしてお加減悪いのでは?」


 吾良千輝の目をじっと見る。

 吾良千輝は眉根を寄せた。


「何言って」


「私そういうのわかるほうなんです。ちょっと待っててくださいね」


 吾良千輝から手を放し、力を練る。


「『三刻みとき 二藤ふたふじ 一薙ひとなぎ 以ってすべてを癒す風となれ』」


 私の呼びかけ答えて三体の精霊が現れ、吾良千輝の体を包み込む。

 精霊たちは子供をかわいがるようにワシャワシャと吾良千輝の頭をなで、消えるように戻って行った。


「召喚術か」


 特に抵抗もせず三体全員に頭をなでられた吾良千輝は乱れた髪を適当に整えながら、冷静な分析を口にする。


「その通りです。九体の精霊と契約してて、一体召喚なら単純攻撃、三体召喚で特殊合体技、九体召喚だともっとすごいのが出せます。『三刻』『二藤』『一薙』の合体技は回復なんですよ。どうですか。ちょっとは体が軽くなったでしょう?」


「ああ、まあ」


「ふふーん。得意なんです、この術。これでもう死神だなんて言わせませんから」


 私は得意げに笑う。


「咲姫にとられた力も戻るとはすごいな」


 えへへ、褒められた。


 にしても妖少女、咲姫ちゃんは人の力を吸い取る妖怪なのか。

 さっきのかわいかったじゃれつきが吾良千輝の力を吸収してるだけだったとかだと、一気に殺伐としたものになる。

 咲姫ちゃんはやっぱり怖い妖怪だ。


 できれば、またの機会がありませんように。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る