2・高級和牛丼

 橘樹(たちばな)と自分はフードコートに行った。


「直本(なおもと)は何食う? 遠慮しなくていいんだぞ」

「ええっと……」


 券売機の近くで迷いに迷う。丼ものや定食や麺類など、王道ものがひと通り揃っている。うどんにしようかそばにしようか。


 ……いや、本当なら高級和牛の牛丼を食べたくて、チラチラ半無意識に目線が行ってしまうのだ。だけど、二千円近くも払わせるのもどうかと思った。さすがにわきまえるところはわきまえたかったのだ。


「まだ決まらんか? 先にアタシが買うわ」


 橘樹の指がためらいなく高級和牛丼のボタンに触れた。券売機にスマホを近づけて決済を完了する。


 ああ、いいなぁ。奢りじゃなければ、絶対それにしてたんだけど。


 橘樹はまだ食べるものがあるみたいで、こっちに戻って来ない。出てきた食券をポケットに押し込み、またしてもさっきのボタンを押して、決済をしてしまった。


「ほらよ」


 橘樹から食券をもらって、嬉しいやら恥ずかしいやら複雑な気持ちになった。


「あ、ありがとうございます。でも、どうして?」

「明らかに和牛丼を見てただろ? わかりやすい奴だよな。笑いをこらえるのに必死だったわ」

「……恥ずかし……」


 顔を両手で覆う。火が出るように熱いから、真っ赤になっていることだろう。


「まあまあ、いいじゃねーか。アタシはたくさん食べる奴も好きだぜ?」

「そりゃ、ありがとうございます……」


 空いた席に着いて呼ばれるのを待っていると、橘樹がハッとして至るところのポケットをまさぐった。


 まさか食券を落としたのか? 買ったばかりなのに?


 目的の物があったらしい。ニヤリとしながらカードらしきものを引き抜いた。


「ほら、これ」


 見覚えのあるカードケース。自分の免許証だ。


「あれ、いつ落としたんだろ」

「ドライヤーの所に落ちてたんだ。気づいたときにはお前がいなくて、ロッカーに行くおばちゃんに呼んで来るように頼んだんだがな」

「あらら、そうだったんですか。戻らなくてすみませんで――」


 急に手で制された。免許証がピッと抜かれる。橘樹は自分の免許証とこっちの免許証を並べ置いた。よくよく見比べてみると、あることに気づいた。


「アタシらはタメで、誕生日も一日違いだ。敬語や丁寧語は今この瞬間ナシにしようぜ」


 橘樹はそう言って満面の笑みを浮かべる。コッテコテのヤンキーメイクの中に、かわいい女の子らしさが垣間見えた気がした。


 ……橘樹ってヤンキーメイクをしなければ、昔ながらの大和撫子みたいなすっぴんなのかもしれない。


 まあ、メイクを取ってやろうって気にならないけど。怖いし。




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