ショート:女性の些細な変化に気づきたいだけの人生だった……。彼には無理ですね。

 ……わからない。


 悠は昨日、友人たちと冬服を買ってくると言っていた。だからてっきり、冬服の悠が見られるものだと思っていたが、いつも通りの服を着ている。

 今日は雨が降っているせいで、かなり寒いはずだ。


 わざわざ、俺の上着を借りて羽織っているということは、彼女も寒いと思っていることは間違いない。だが、なぜ買ってきた服を着ないのだろうか?服屋の袋をぶら下げて帰ってきたので、買っていないわけではないはずだ。


 正直、ニットやセーターを着ている悠を楽しみにしていたというのに……。


「量さん、夜ご飯は何がいいですか?」

「え、あー。うーん。」


 彼女を目で追っていると、不意に話しかけられドキリとする。

 頭を支配するのは、暖かそうなもこもことした服に身を包む悠で、今の彼女の言葉が入ってこない。ぼーっと見つめていると、だんだん怪訝な目つきへと変わっていく。


「どうかしましたか?」

「ああ、いや。なんでもないよ。夜ご飯は……。」


 正直言って夕食より冬服だ。

 いや、それもそれでおかしいのだが。どうしてこんなにも冬服に執着するのか、自分でもわからない。


「食べたいものが無ければ、シーフードチャーハンにしますよ。」

「うん。それでいいよ。」


 冬服に何か思い入れがあっただろうか?

 特に何も覚えていないが……。悠の冬服に執着する理由があったはずだ……。


「量さん、今日おかしいですよ?大丈夫ですか。」

「ああ、ごめん。ちょっと考え事してて。」


「……覚えてないのかな」


 悠が目を伏せて小声で何かを言う。呆けている俺に対する小言だろうか。

 唸り声をあげながら考え込んでいると、俺を放っておいて悠はテレビを見始めた。フリフリのドレスを着たアイドルが、食レポをしているが、リアクションが大きいばかりで伝わらない。


 悠の隣に座って、テレビを眺める。別に見たいわけではないが、彼女の近くにいれば何かを思い出せるかもしれないと思ったのだ。


『続いてのニュースです。世界的に有名なファッションデザイナーの……』


 高齢の女性がテレビに映し出され、彼女が主催のショーが開催されたことを伝えるニュースが流れていた。ランウェイをきびきびと歩く女性たちを見ていると、ふいに記憶が引っかかる。


「あ、ファッションショー!!」

「……!?」


 それは、悠が服を買いに行く前の日。


「買ってきた服使って、ファッションショーでもやるか。きっと似合うぞー。」

「アハハ、いいですね。モデルさんみたいです。」


 そんなような話をしていたのだ。単なる雑談程度だったし、すっかり忘れてしまっていた。


「もしかして、そのために……?」

「はい、ちゃんと見せるようにコーディネートして買ってきたんですよ。」


 自惚れたことを言わせてもらえば、それは、俺のためということだ。

 どこか気恥ずかしさを抱きながら自分の部屋へ戻る悠を見送る。着替え終わったのかゆっくり部屋から出てくる彼女は、まるで雪の精霊のようだった。


 白を基調としたセーターにふんわりとしたロングスカート。どことなく子供っぽい印象を受けるが、すらっと伸びた長い脚にはストッキングが纏われており、なぜか『清純ないやらしさ』という形にまとまっている。


 それなりに伸びた髪をあえて結ばずに下ろしているせいで余計にそう見えるのだろう。


「どうです?大人っぽいですか。」

「ああ、すごい、綺麗だ……。」


 思わず正直な感想を漏らすと、悠はくすくすと笑った。


……to be continued

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