第六夜

第21話 星の味

 一行は『星の国』へ向かうため銀河鉄道に乗る。


 今日はあれからちょうど一年後の『星の祭典』の日なのだ。


 それをわかっていて、今年は俺たちのためにリゲルさんはゲストを呼ばなかったらしい。感謝してもしきれない。それにしても、リゲルさんはスラファトとベガさんと何か話している。さっきからずっとだ。大人の話というやつだろうか。もしかしたら、大人たちが俺たちふたりを邪魔しないように、リゲルさんは気を遣っているのかもしれない。


 せっかくのリゲルさんの気持ちだ。受け取って今は琴との時間を楽しもう。


「私たち、色んな所に行ったけど、お祭りだけは行ったことなかったよね」

「ああ、そうだったな。約束したのに、琴が消えてしまうから」

「言い方酷いなあ」

「事実だろ。とにかく初めての祭りデートなんだから、もう少しはしゃいでもいんじゃないか」


 デート、という言い方に自分でも不慣れさが出ているなと感じる。しかし、今はまた琴と楽しい時間を過ごせるということに興奮していた。それはきっと琴もそうだろう。


「楽しみだな」

「うん」


 そうこうしているうちに、銀河鉄道が『星の国』に着く。降りる際、ウィリアミーナがあのドS顔で「楽しんで」と言って来た。やはり、この人は少しウザい。祭りの途中で会ったら、絶対に何か奢ってもらおう。


 駅に降りると、先に琴が扉に手を掛けた。


「初めての二人でのお祭り。楽しまなきゃね」

「一年に一度だしな」


 そう言って、琴の手に俺の手を重ねた。そして、二人で扉を開く。


 一年前と変わらない、あの愉快な空気が俺たちを包んだ。


「「昴介青年!」」


 真っ先に俺を出迎えてくれたのはあの二人だ。


「イザールさん! エニフさん! 一年前は本当にありがとうございました! 助かりました」

「私からも、ありがとうございました」


 相変わらず声が大きな二人は、


「おお、覚えてくれて光栄だ! いいんだよ、一年前のことは! 俺たちは全然力になれていないしな! 今は祭りを楽しめ!」

「そうだそうだ」


 と、場を和ませる。


「わかりました」


 琴もそれにつられて笑顔で答えた。


「いやあ、今年も昴介青年がゲストだと聞いて、頑張って駅前出店の権限を勝ち取ったんだ。早速うちのチョコバナナを食いに来てくれよ! もちろんシェリーも一緒にな!」

「おいおい、そりゃないぜイザール。もちろん、うちの七面鳥が先だよな?」


 と、俺たちに判断を委ねてくる。相変わらずの仲の良さに俺たちは笑いを隠せなかった。


「琴、どっちにする?」


 俺が琴に訊くと、「うーん」と数秒考えたのちにイザールさんの方を見て答えた。


「チョコバナナ!」


 その回答を聞き、イザールさんは拳を突き上げ、エニフさんはその場に崩れた。そんな様子のエニフさんの所へ琴は近づくと、


「もちろんあとで七面鳥も食べに行きます」


 その瞬間、エニフさんの顔が子供のように明るくなった。


「そう来なくっちゃな!」

「よし、早速来てくれ。先月、地球から仕入れた新鮮なバナナを使ったやつだ。エニフの奢りだぞ」

「はあ? 俺かよ」


 エニフさんはそう言いながらも、財布を取り出す。


「おい、三人分払うから俺にもくれ」

「お前の分は料金二倍だ」

「調子乗んなよ」


 エニフさんも冗談だとわかっているのか、三人分だけの料金をイザールさんに渡し、イザールさんは三本のチョコバナナをこちらに差し出した。


「ありがとうございます」


 二人に礼を言ってから、チョコバナナを見る。綺麗な茶色のチョコレートの上に星型の小さなホワイトチョコがかかっていた。宇宙に似合うチョコバナナだ。


「いただきます」


 まずは、琴が一口かじると、「ん!」と目を輝かせた。


 俺もそれに続き、口の中にチョコバナナを入れる。


「美味っ」


 地球で食べたチョコバナナとは全く違う。とんでもなく美味しかった。何が違うのかはわからないが、舌に染み込む感覚が全く違った。


「隠し味として、チョコレートに星屑のジュースを混ぜてんだ。まさに地球文化と星文化のミックスだな。この祭りのテーマだ」

「よく考えたな。うちの七面鳥にもかけてみるか」


 エニフさんも美味しそうに食べながら言う。すると、イザールさんが、


「鶏にチョコはねえだろ」

「アホ。星屑のジュースだよ」


 この人たちは漫才をした方がいいんじゃないかと思った。


 次はエニフさんの七面鳥の屋台だ。


「へい、お待ち。代金はいらねえよ。俺の奢りだ」

「おい、待てエニフ。俺に払わせろよ。俺一回も財布出してないんだが。ケチみたいに思われるだろ。やめてくれ」

「うるせえ、商人はケチくらいがちょうどいい」

「さっき三人分払っておいて何言ってんだお前」


 そんな二人の会話を聞きながら、俺はエニフさんから二人分の七面鳥をカットしたものを受け取る。そのうちのひとつを琴に渡してから、自分の分を食べようとすると琴が咳ばらいをした。


「ん、何?」

「やってみたいことがあります」

「ほう。何だい」

「あーん」


 琴はそう言って、俺の口に七面鳥の肉を向けてくる。


「え、まじ?」

「まじだよ」

「さすがに恥ずかしくない?」

「いいから」


 押し負けた俺はゆっくりと琴の七面鳥にかぶりつき、噛みちぎった部分を味わう。


「うん。美味しい!」 


 琴のあーん効果で補正がかかっているが、そうじゃないとしてもすごく美味しい。『星の祭典』の料理、レベル高過ぎだろ。


「よかった」


 と琴も俺が持っている七面鳥にかぶりつく。


「ちょっと、シェリー? 『よかった』って、それ作ったの俺だからね? ね?」


 すかさずツッコミに入るエニフさんの顔が面白くて、俺と琴とイザールさんはお腹を抱えて笑う。


「ええ、なんだよお前ら」








 イザールさんとエニフさんと別れ、俺たちは中央の大通りを塔に向かって進む。


 歩いていると、俺は見知った顔を見つけ、彼の名前を呼んだ。


「ウィリアミーナ!」


 俺が手を振ると、彼もこちらに気づく。口に咥えていた白いものを手に取り、近づいてきて、


「本当に会えましたね」


 と微笑んだ。


「何食べてたんですか?」


 と琴が訊くと、ウィリアミーナは口の周りについたクリームを舌で舐めながら答えた。


「ソフトクリームです。僕、そこの店のソフトクリームが大好きなんですよ。何しろ地球産のミルクを使っているらしいのです。あ、そういえば、もしも祭りの中で出会ったらご馳走すると約束してましたね」

「やった! ありがとうございます!」


 喜ぶ琴を横目に見ながら、ウィリアミーナは手に持っているソフトクリームを食べ終えると、その店へと案内してくれた。


 彼は財布の中を確認し、「おっと」と呟くので、


「どうかしたか?」


 と、俺は訊いてみる。


「もう一人分のお金しか残っていないようです」

「ええ!」


 まだ祭り始まって間もないだろ……。何をどれだけ買ったんだよ。


「これはシェリーさんの分だけお支払いするしかないですね」


 まあ、確かにどうせ払ってもらうなら俺より琴の方がいい。琴は「遠慮する」と言うが、彼女にとって今日は、心から楽しめる初めての祭りだ。我慢なんてしないでほしい。


「そうしてくれ。俺の分はいいから」


 俺がウィリアミーナにそう伝えると、彼はもう一度、財布の中を確認する。


「あれ、もう一人分ありますね」


 二枚のお札を取り出しながら、あの嫌な笑顔で俺の顔を見てくる。


 こいつ……。変わってねえ……。


「私は冗談が好きなんですよ」


 ウィリアミーナはその二枚の紙幣を店員に渡し、コーンに入った二つのソフトクリームを俺たちに渡してくれた。


「「いただきます」」


 と、俺と琴は声を揃えて言う。


 一口食べると、口の中に濃厚なバニラの香りが広がる。宇宙にもこんなに美味しいソフトクリームがあるなんて信じられない。


「美味しいな、琴」

「とんでもなく美味しい」


 そうだ、とウィリアミーナが俺の方を見る。


「昴介さん、写真が撮れる薄い板持っていますか?」


 何だそれは、と少し思索していると、ウィリアミーナが両手で小さな長方形を宙に絵描き、すぐにスマホのことを言っているのだとわかった。


「あ、スマホか」

「そうそれです。地球にいたとき、使っていたんですけど、年のせいか、物忘れが酷いんです」


 そんなに年には見えないのに自虐の年齢が速い。いや、何歳なのか知らないけど。


 スマホならショルダーバックに入っている。しかし、こんな圏外過ぎる場所で何をすると言うのだろう。


「あるけど、どうするの?」

「お二人の写真を撮って差し上げますよ」


 それを聞いた琴はソフトクリームがたくさん入った口を動かして喜んだ。


「んひん? ほひたいです! あはひはひはひんほっはほほはひんへす!」

「飲み込んでから言えよ」


 おそらく、「写真? 撮りたいです! 私たち写真は撮ったことないんです!」って言ってるのだと予想はついた。確かに、地球にいた頃、LINEなどでのやりとりは何度もしたが、一緒に写真を撮ったことはなかった。これから一年に一度しか会えないのなら、写真を撮る機会も少ない。絶対に撮っておくべきだ。


 俺はスマホを取り出し、ウィリアミーナに手渡す。


「使い方わかるか?」

「使用したことはありますので、操作方法は覚えていますよ」


 と、器用にカメラアプリを開く。それに安心した俺は食べかけのソフトクリームを持ったまま琴の横に並ぶ。


 琴も顔の横にピースサインを作り、いつでも撮られていいように準備をすると、


「それでは撮りますよ。セイ、チーズ」


 なぜか英語で合図がかけられ、シャッター音が鳴る。


「確認してください」


 俺はウィリアミーナから見せられた写真を見て、笑うしかなかった。「どうしたのよ」と、琴も画面を覗き込んで吹き出す。


「ちょっと、なんで二人して目を瞑ってるの」

「これはウィリアミーナが写真撮るの下手くそな可能性もある」

「え」


 珍しく動揺したウィリアミーナが面白くて、俺と琴はさらに笑いを抑えられなくなった。

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