第18話 母と子と


 家に帰って琴にしたLINE、


『大丈夫?』


 に返信は来ない。それどころか、翌日には琴のLINEのアカウントが聞こえていた。チャットの履歴はまるで俺が存在しない人と会話したみたいになっていた。


 その日、琴は学校に来なくて、先生もそのことについて何も言わない。その次の日も、また次の日も来なかった。それなのに、先生もクラスメイトも琴のことを話さない。


 琴なんていなかったんじゃないか。 


 俺が辛い現実に耐え切れずに創り出した幻だったんじゃないか。


 何度もそう思った。


 だけど、スマホには琴と一緒に聞いた曲が入っていたし、一緒に買った服もクローゼットに確かにあった。


 琴は絶対にいたはずだ、と。


 俺はもう一度琴に会いたい、とそれだけを生き甲斐ににして、再び訪れたつま

らない日々を生きていた。


 そして、ようやく再会できた。


 幻なんかじゃなかった。琴はちゃんといた。


 今なら琴が言っていた言葉の意味がわかる。


 「ありがとう」も「織姫への感情移入」も全てわかる。


 もう離れ離れにはならない。させない。


 俺のために、琴のために。


「ふぅー」


 人生で一番深いんじゃないかという深呼吸をして、目を開ける。


 揺れる地面。凄まじいスピードで動いていく空の星。


 さあ、スラファトを止めよう。


 俺は脚に超パワーを集中させ、今まで一番高く飛び上がった。


 そして迫りくるスラファトから距離を取り、今度はそれを受け止める腕に超パワー溜めて準備をした。


 だんだんと視界のスラファトが大きくなっていく。そして、俺の体にぶつかった。


 今まで感じたことがない衝撃が体を痛めつける。超パワーがなければ死んでいるところだっただろう。


 スピードが緩められていないので、俺は自分が出せる最大出力の超パワーを発動させる。


「おらあああああああ!」


 大の字になっている体全体で力を使っている。


 体が痛い。腕や足が千切れてバラバラになってしまいそうだ。力の強さに体が絶えられていない。


 そして熱い。


 クソ……。あんなに鍛えたのに……。


「諦めが悪いな」


 またスラファトの声が聞こえる。


「もっと速度を上げてもいいんだぞ」


 すると、すぐにスピードが上がり、俺の体にさらなる負荷がかかる。


「あああああああああああ!」


 燃えるように熱い体を、俺は氷結魔法で冷やす。これだけ超パワーに力を費やしている状態での二重使用はかなり体力を削られる。それでもやるしかない。


 宙に浮遊する岩石がすごい速さで俺に当たり、それがまた俺を痛めつける。


 スラファトの勢いはまだ止まない。むしろどんどん加速しているように思えた。


「まだだ! 俺は諦めない!」







 昴介が奮闘している間、リゲルとシェリーはベガの治療を続けていた。


 もう何度もヒーリングをしているが、意識を取り戻さない。もう一度やってみて駄目なら、もう助からないだろう。リゲルはそう思っていた。


 ベガの体に手を当て、治癒魔法を発動。薄桃色の光がベガを包む。すると、


「うっ」


 という声と共にベガが意識を取り戻す。それに気が付いたシェリーはすぐに母親の名前を呼び掛けた。


「お母さん? わかる? 私! シェリーよ!」

「ん……。シェリー……?」


 目を開けたベガの顔をリゲルも覗き込む。


「ベガさん、気分はどうですか」

「……あなたは?」

「魔法使いのリゲルです。ベガさんの治療に来ました」

「それは、ありがとうございます」


 ベガはまだきつそうな様子だが、ゆっくりと体を起こし、辺りを見回す。


「あの……、これは幻覚でしょうか……」

「どうされました?」


 何が言いたいのか大方予想がつくが、リゲルは一応尋ねてみる。するとベガは天を指差して言った。


「星が猛スピードで動いています」

「それは、残念ながら現実です。今、状況がすごく悪いんですよ」


 私はシェリーにこの三年間で何があったかを全て説明させた。


 ベガはシェリーの話を黙って、時折頭を抱えながら最後まで聞いていた。


「シェリー、あなたがいつか人間になる魔法を学びに行くだろうとは薄々思っていたわ……」

「え、そうなの?」

「そもそも、私はお父さんの考えにあまり賛成ではないの……。だから、あなたのこともひそかに応援していた。……だから、私もお父さんを説得するべきだったわね。初めからそうしていればあなたが背徳感を感じることもなかった。ごめんね」

「ううん、お母さんは悪くないよ!」


 ベガが立ち上がろうとするのを、リゲルは慌てて制する。


「ベガさん、まだ体が」

「確かにまだ完全に優れてはいませんが、娘の大切な人と大切な世界の危機なのでしょう。今、母親としてできることがあるなら、やれるだけやります。助けて頂いたお礼です」


 母親として、なんて言われたら、リゲルはもう何も言えなかった。しかし、シェリーはまだ「大丈夫なの?」と母親に問う。


「ええ、大丈夫よ」







 この方法しか残されていない。


 俺はそう思った。


 本当に死ぬかもしれない。もし俺が死んだら琴はどれだけ悲しむだろうか。白

川おじさんも俺が帰って来なくて心配するだろう。だけど、地球が滅びてしまえば、琴だけでなく、良くしてくれた『星の祭典』協会の人たちも悲しむだろう。


 だからやるしかないのだ。


 一年前、エニフさん、イザールさん、ミラさんの助けを無駄にしてしまった。だから、今度は無駄にしたくない。リゲルさんやネカルに教えてもらったこの力も、無意味にしたくない。だから、彼らのためにも、リゲルさんのためにも、俺のためにも、琴のためにも、なんとしてでも、スラファトを止めて、地球を守る!


「らあああっ!」


 俺はふと、後ろを向く。もう太陽系が見えていた。


 スラファトが加速を続けていたせいで、予定よりも早く着いてしまいそうだ。


 ここで止めなくては!


 背中に力を込め、火炎魔法を最大出力でジェット噴射させる。三重使用だ。もはや痛みは感じなくなっていた。


 氷結魔法で辛うじて保っていた体温も火炎魔法の追加使用でどんどん上がっていっているだろう。しかし、だからといって氷結をやめれば体が燃え尽きる。


 スラファトの勢いは止まない。


 もう全てのカードを使った。


 息ができない。まるで体を失くしてしまったような感覚だ。


 俺は負けたのだ。


「昴介君!」


 その瞬間、頭上から声が聞こえる。聞きなれぬ声に反射的に顔を上げると、ベガさんがこちらを見下ろしていた。


 ベガさん! 体は大丈夫なんですか? 


 それさえも声に出せない。


「もう少しだけ耐えてください! 私がスラファトを説得します!」


 ベガさんの声は頭に入って来たが、一瞬だけ意識が飛んだ。本当にあと少ししか耐えられそうにない。


「あなた! 聞こえますか! 私です! ベガです!」

「ベガ?」


 スラファトが返事をすると、心なしか速度が落ちたように感じた。会話に意識

を向けたためだろうか。


「いつまで地球を嫌っているつもりですか! 人間全員が極悪非道じゃない! 昴介君のような、愛する人のためにここまで出来る人間もいるじゃないですか! 星だって同じでしょう! 色々な星がいる! 人間と星は似た者同士! 仲良くすべきです!」


 スラファトは何も返事をしない。


「二人を認めましょうよ! 人間は愛する人のためにここまでするのですよ! 素晴らしいではありませんか!」

「それは頑固ということではないのか? 自分の力をどこまでも過信し、挙句朽ち果てる! 愚かだ! この状況を見てみろ! もうすぐ地球なのにこいつは何もできなかった!」

「頑固なのはあなたの方ですよ! 話を聞くに一度負けたそうじゃないですか! それなのに星として人間を攻撃するなんて子供がするようなズルと変わりありません!」

「俺だって愛する人のためにやっているんだ」

「私のためだって言うんですか!」

「そうだ! お前の病気が悪化した原因は人間たちにもある! 人間と星が似ている? それは確かにそうかもしれない! おい、人間! お前さっき『いくら父親でも俺の好きな人を傷つけるなら許してはおけない』って言ったな! 俺も一緒だ! たとえ娘の好きな人であろうと、俺の愛する人を傷つけるなら許せない!」


 は? この人は何を言っているんだ。もう何も理解できない。どうやらここまでのようだ。


 そこで俺の意識が途切れた。


 体の力が全て消え去る。


宇宙空間での活動を可能にしていた魔法も同時に解除される。


 最後に見えた景色は俺に向かって手を伸ばすリゲルさんとベガさん。


そしてこちらに向かって飛んでくる琴の姿だった。

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